高杉真宙×葵わかな×清水尋也『逆光の頃』鼎談 清水「力を合わせてひとつの作品を作り上げた」

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 現在公開中の映画『逆光の頃』は、1988から1989年まで『コミックモーニング』にて連載されたタナカカツキによる同名人気コミックを、『ぼんとリンちゃん』の小林啓一監督が実写化した青春映画。京都生まれ京都育ちの高校二年生・赤田孝豊が、思春期ならではの人生に対する漠然とした不安を抱えながら、一歩前に進みだそうとする模様を描く。原作は全12編から構成されており、本作ではその中から、「僕は歪んだ瓦の上で」「銀河系星電気」「金の糸」の3編とオリジナル部分を映像化している。

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 リアルサウンド映画部では、どこにでもいるような平凡な高校生・孝豊役の高杉真宙と、孝豊が恋心を抱く幼馴染・みこと役の葵わかな、考豊の友人で音楽に没頭するバンドマン・公平役の清水尋也にインタビュー。お互いの印象や、撮影秘話、タナカカツキ原作の漫画を実写化するにあたっての苦労など、じっくりと語ってもらった。

■清水尋也「みんなで力を合わせてひとつの作品を作り上げた」

ーー高杉さんと清水さんは仲がいいクラスメイト、高杉さんと葵さんは幼なじみという役柄です。おたがいどんな印象を抱いていますか?

清水尋也(以下、清水):僕は今、高校3年生なのですが、実は真宙とは中学1年生の時からの付き合いなんです。僕が初めてカメラの前に立ってお芝居をした作品『高校入試』(ドラマ/フジテレビ系)に真宙も出演していて、その撮影で出会いました。僕にとって真宙は初めてできた役者友達なんです。だからこそ、特別な存在であり、もう大好きなんですよね(笑)。

高杉真宙(以下、高杉):違う違う、そういう意味の印象じゃない(笑)。

清水:印象……。ずっと変わらないです。たくさん仕事をしてきているのに、高杉真宙という人間の芯はブレない。いつ会っても、常に真宙は優しいんですよ。初対面の人には緊張してよくどもってますが(笑)。

葵わかな(以下、葵):確かにそうですね。人見知りですか?

高杉:すごく人見知りです。みなさんそうじゃないですか? でも、尋也は違うか。

清水:真宙は仲良くなるとツッコミを入れてくれたり、気さくに話してくれたりするようになるんですよ。僕自身は真宙とはもうすごく仲がいい友達なので、気兼ねない間柄です。

葵:普段も遊ぶんですか?

高杉:それが遊んだことないんですよ。

葵:こんなに仲がいいのに意外ですね。一緒に暮らしてるって言われても違和感がないくらいなのに。

高杉:尋也とは毎回久しぶりに現場で会うんですよ。でも、お互いに久しぶりという感覚がなく、すごく自然体でいられるんですよね。沈黙も気にならない。こういう関係性って面白いよね。ってついこの間、尋也とも話してました。

清水:今回『逆光の頃』の撮影で、初めて同じ宿に泊まって、 2週間ほど生活を共にしていたんですよ。

高杉:京都の町家という、昔からある古いお家を貸し出しているところで、原田プロデューサーと3人で暮らしていました。尋也とは今回が3度目の共演なのですが、以前の2作品では演じる役柄が入れ替わっているんですよ。最初のドラマ『高校入試』では僕がいじめられっ子役で、尋也がいじめっ子役、次の映画『渇き。』では、僕がヤンキー役で、尋也がいじめられっ子役。お互いに演じている役柄が真逆なんですよね。そして今回は、普通の男の子・赤田孝豊と、バンドマンの男の子・公平という間柄。孝豊から見ている公平と、僕から見ている尋也は、見え方がすごく似ているな、と。彼にしかない独特な雰囲気とかっこよさがあって、羨ましいなと思いますね。なおかつ仲がいい役柄だったので、とても演じやすかったです。尋也は相変わらず素敵でした(笑)。

また葵さんとは、『表参道高校合唱部!』(TBS系)で共演しているのですが、お互い印象がほとんどないんですよね……。なので、ちゃんとお会いしたのは今回が初めてです。京都が舞台の作品なのですが、葵さんは本当に京都が似合う方だな、と。そして、とてもガッツがある方です。僕は小林(啓一)監督の作品に出演させていただくのが、今回で2度目なんですが、前回の『ぼんとリンちゃん』でも、今回の『逆光の頃』でも、正直のところ何度も心が折れました。でも葵さんは、小林監督の作品に初めて出演されたにも関わらず、弱音を吐かずに果敢に挑んでいくんです。なんて楽しそうにお芝居をするんだろう、と驚きましたね。尋也と同様に葵さんもナチュラルに隣にいてくれるので、安心感があります。

清水:葵さんって、思いの外すごく男っぽいよね。どっしりと構えてるというか……。

葵:え、私のことなんでそんな知ってるの? 清水さんとは同じシーンがなかったので、こんなにお話ししたのは、今日(取材時6月10日)が初めてなんですよ。

清水:今日、話しててすごくしっかりされているな、と。以前、『陽だまりの彼女』という作品でも共演しているのですが、同じシーンは少ししかなく、ほとんど記憶に残っていません。今回も現場では一度もお会いしていないので、今日一日だけの印象です(笑)。

葵:私は、高杉さんは、真面目な方だなと思いました。線は細いですが、芯は太い、という印象ですね。中身が九州男児で、「自分が頑張ればどうにかなるんで、体張ります!」という感じで責任感がとにかく強い。儚げで美しい見た目に対し、内面は男気溢れているので、そのギャップに驚きました。

ーーでは、撮影でも高杉さんが皆さんを引っ張っていく感じだったのですか?

清水:今回の真宙は、わりと追い詰められている印象でした。京都弁も難しかったため、真宙だけでなくみんなすごく苦労していたんです。それぞれが持ってるものを、ポケットが空になるくらい全て出し切って、全力を注ぐ。だから僕は、誰かひとりが引っ張っていたわけではなく、みんなで力を合わせてひとつの作品を作り上げたという感覚です。

■高杉真宙「同年代の共演者が多い作品は、すごく刺激を受ける」

ーー清水さんは劇中でギターボーカルを披露していましたよね。もともと、音楽をやっていたのですか?

清水:バンドを組んでいたので、ベースはもともとやっていました。ギター自体はちょろっと触ったことはあったのですが、しっかりと練習したのは今回が初めてです。

葵:あれ本当に弾いてたんですか?

清水:本当に弾いてます。後からギターと唄をのせると思っていたのですが、小林監督から「一発でここで撮るから」と言われ、あの場で本当にギターを弾きながら唄っています。すごく緊張しました……。

高杉:ずっと練習してたもんね。

ーー高杉さん、清水さん、葵さんが互いのお芝居を見て刺激を受けたことを教えてください。

高杉:たくさんあります。たとえば、先ほど話していたギターボーカルのシーンはすごく刺激を受けました。あのシーンの孝豊は、ステージに立つ公平を観客に混じって下から観ているという設定です。そのため、僕自身、尋也がギターを弾きながら唄っている姿を間近で観ていたのですが、本当にかっこよくて……。なおかつ、色気が凄まじいんですよ。

葵:確かに、雰囲気ありますよね。当時16歳にはとても見えなかったです。

高杉:化け物かよ……って思いましたね(笑)。あとは、葵さんは本当に京都弁が上手で、全く違和感がないんですよ。だから、僕は葵さんの自然な京都弁に負けないくらい、しっかりとお芝居をしないといけないと、改めて気が引き締まりましたね。同年代の共演者が多い作品は、どうしてもお互いを意識してしまいます。相手にも自分自身にも敏感になっているので、些細なことでも気づきがあるんですよ。だからこそ、すごく刺激を受けますね。

清水:僕は、真宙と葵さんを見ていて、とても落ち着いた質感があるお芝居をされているなという印象を受けました。もともと『逆光の頃』という作品自体が、あまり起伏がなく、淡々と物語が紡がれていくと言いますか、ゆったりと上品な時間が流れていくイメージです。そんな本作を通して、気づいたことは、うまい芝居をするよりも深い芝居をすることが大事だということです。特に、孝豊のお父さん役を演じた田中壮太郎さんのお芝居を観て感銘を受けましたね。もちろん、うまい芝居をするために技術を磨くことも僕たち役者にとっては必要なことです。ですが、もっと内面的なもの、目に見えないものが芝居にはあると感じました。感情や知識、人間性、培ってきた経験など、その人自身の豊かさが深い芝居に繋がるのではと思います。新しい発見と言いますか、以前よりも役者としての幅が広がった気がしますね。

葵:『逆光の頃』は原作があるため、もともとある世界観のイメージを壊さないようにお芝居をするのがとても難しかったです。でも、高杉さんと清水さんは原作の空気感を大切にされた上で、型にはまり過ぎないお芝居をされていました。孝豊なんだけど高杉さんでもあり、公平なんだけど清水さんでもある。おふたりとも自分らしさを出しつつ、しっかりと役柄を全うしていて、そのバランス感覚がとても上手なんですよね。孝豊も公平も原作の漫画とは、ビジュアルがだいぶ違うのですが、キャラクターのイメージは崩さずに再現されていて、とても驚きました。

■葵わかな「“原作を忠実に再現すること”に重きを置いていた」

ーー特に印象に残っているシーンを教えてください。

高杉:僕は印象に残っているシーンが本当に多過ぎて、ひとつには絞れないんですよね(笑)。どのシーンも大切にしながら丁寧に撮影を積み重ねていったので、僕にとってこの作品自体、とても思い入れが深いです。今、パッと思いついたのは“大文字の送り火”のシーンですね。公平を想ってというのもありますが、孝豊がどんな考えを持って生きている人間なのかが描かれています。孝豊という人物の内側、根っこの部分が垣間見えるので好きですね。その繋がりで言うと、孝豊が「宇宙人は絶対いる」と思いながらみことと一緒に月を眺めているシーンも印象深いです。ファンタジー要素が混ざっているため、映像自体も幻想的で素敵なんですよ。

清水:僕は、公平と孝豊がふたりで河原を歩いているシーンですね。実はあのシーン、様々な場所で何テイクも撮影しています。セリフ以外の視覚的な要素として、京都の街並みや色合いの美しさがしっかりと映えているところが好きです。僕も真宙も特に意識はしていなかったのですが、歩いてるふたりの距離感が絶妙なんですよ。実際に無意識のうちに、仲が良い人とは距離が近く、あまり親しくない人とは距離が遠いじゃないですか。だから、あのシーンは公平と孝豊の関係性が最も表されているように思います。

葵:私は、孝豊がいる教室にバトミントンのシャトルを拾いに行くシーンですね。髪型を変えて何度か撮り直しています。すごく苦戦したシーンなので、その分思い入れも深いです。最初は3月に撮影して、髪型はポニーテールだったのですが、なかなかオッケーが出ませんでした。でも当時は、何がダメなのかがわからなかったんです。そして、9月にもう一度撮影をし直したのですが、そのときは髪を下ろして挑み、すぐにオッケーが出ました。髪型もあると思いますが、それ以上に自分自身が半年の月日を経て役に馴染むことができたのかな、と。この作品は全体的にあまりセリフがないのですが、あのシーンはセリフも多かったので、余計に印象に残っていますね。

高杉:初めてふたりで撮影したシーンだよね。だから、9月に撮影し直したときは、あっさりオッケーが出て、少し拍子抜けしてしまいました。

ーーでは、タナカカツキさん原作の世界観を実写化することに対しての難しさや面白さなどはありますか?

高杉:漫画を読ませていただいたのですが、本当に独特だなと思いました。世界観はもちろんのこと、詩的なセリフや、絵画のような絵、漫画というよりも芸術的な作品という印象です。どうやってこの雰囲気を崩さずに実写映画化するのか、正直不安でしたね。ですが、京都という独自性が強い地域でオールロケを行ったからこそ、原作をしっかりと生かした作品を作り上げることができました。

清水:すでに形があるものを実写化するのは、どんな作品であれ強いプレッシャーがあります。特に『逆光の頃』は真宙も言っていましたが、とても芸術性が高く、娯楽という枠組みでは括れない作品という印象です。色々な制約がある中で、どこを壊しどこを残すのか、何を足し何を引くのか、そういった塩梅を自分の中で明確に定めなければいけないな、と。同時に、娯楽だけでは形容しきれない何かを本作の中に散りばめたいとも思いました。実際に完成した映画をみたときに、映画なんだけどアート的な要素が強く、形は違えどしっかりと原作を引き継げたのかなと思い、安心しました。

葵:小林監督が、“原作を忠実に再現すること”に最も重きを置いていました。みことに対しては特にキャラクターを求められているという印象です。最初に小林監督から「手を振るにしても、手の角度や振る早さなど、そういう動作ひとつ一つでみことを表現してほしい」と言われていました。みことは男性の視点から見た女の子なので、女性の私からしたらあまり現実味がないキャラクターです。でもだからこそ、絶対的ヒロインのみことでいることで、原作の世界観からはみ出さないのかなとも思いましたね。細かい演出が多く、可愛らしさをとにかく求められました。生身の私が、二次元のみこと像を壊さずに演じるというのはすごく難しかったですね。

(取材・文=戸塚安友奈)