林 信秀●みずほ銀行頭取。1957年、岐阜県生まれ。東京大学経済学部卒業後、富士銀行(現在のみずほ銀行)入行。2012年 みずほコーポレート銀行常務取締役国際ユニット長、13年みずほ銀行副頭取執行役員などを経て、14年4月より現職。

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■ピンチを支えた母校の校訓

「千仞の嶽 金華山 百里の水 長良川……」。母校の県立岐阜高校を卒業して40年以上になりますが、今も校歌はすべて歌えます。その2番の歌詞に、「華陽の健児 ここに生れて 国家の為に 明け暮れ学ぶ……百折不撓」というのがあるんですね。

座禅の姿と心を具象化した達磨大師の言葉として知られる「七転八起」は、何度失敗しても屈せず、起き上がる「百折不撓」の精神につながります。

百折不撓は校訓でもあったのですが、大学受験で失敗して浪人し、銀行に入ってからも多くのピンチや失敗を経験してきました。それでもめげずに頑張ろうと思えたのは、この言葉のおかげかもしれません。

これまでの仕事人生の中で、最もピンチを味わい、乗り越えた経験の一つが、ニューヨーク支店への赴任です。27歳のときでした。

もともと私は大の英語嫌い。それを理由に、就職先は商社ではなく銀行を選んだほどでした。当然、日系企業を担当するのかなと思っていたら、「非日系企業を担当しろ」と言われました。当時は、大学の卒業旅行と新婚旅行以外は海外に行ったこともありません。かかってくる電話は当然、すべて英語。聞き取れないのでスペルアウト(つづりを略さずに伝えること)をお願いしても、そのスペルアウトしようとした言葉も聞き取れないといった状況でした。こういうところから始めたわけです。

当時、邦銀は業容を拡大し、格付けでもトリプルAを取って元気だった時代。赴任3年目の後半には、私も非日系企業担当の課長をやることになりました。部下は日本人一人を除いて全員現地の人間でした。しかもロースクールを出たとかMBAを取った人ばかり。

そこで学んだことは、サムシング・ディファレント、サムシング・ニュー。

「おまえはほかの人と何が違うんだ」「おまえの付加価値は何だ」と絶えず問われ続けたんです。上司に能力がないと思ったら、彼らは信頼してくれません。自分の存在意義、付加価値を示し続けなければ、部下はついてこないわけです。

チームをまとめるために考えたことは、常に新しいアイデアを持つこと。そして、それをメンバーと共有し、チームを鼓舞することでした。もちろん、最初はコミュニケーションを取ることも大変で、苦労もしましたが、「林はいつも新しいアイデアがある」と前向きな姿勢を現地の部下も理解してくれ、下手な英語でも聞いてくれるようになっていったんです。

その後、4年ほど日本に戻りましたが、ふたたび海外へ行くことに。39歳のとき、香港支店に副支店長で赴任することになりました。ここでも大きな挫折を経験します。

香港での商談相手は、地元の財閥系企業のオーナーたち。華僑の彼らは、副支店長であっても、1回目は表敬訪問として会ってくれるのですが、2回目以降は会う意義を感じなければ会ってくれません。肩書だけでは、何もできなかったのです。どんな新しい案件を持ってきたか、どんなビジネスのチャンスを持ってきたか。彼らはそこに価値を置いていました。

そこで私は、一つでも多くの新しい提案を持って、彼らに会いにいきました。これまでにない事業戦略の提案であったり、日本企業とのビジネスマッチングの提案であったり、 はじめのうちは、興味を持ってもらえず、会話が数分で終わることもありました。それでも提案の内容を見直したうえで、何度も何度も会いにいく。そうすることで次第に時間をとってくれるようになり、大型の案件もまとまるようになっていきました。

その後、日本に戻って商社担当の営業部長をやりましたが、ここでもこれまでにない新しい提案を持っていこうと奔走しました。銀行の営業担当は通常は主に財務部門の担当者に会いにいきます。しかし、私は事業部門の担当者ばかりを訪問していました。各事業部門の現場でどんなことが行われていて、どんな課題があるのか。最初のうちは、「銀行が何をしにきたんだ」とはね返されることもよくありましたが、めげずに通いました。そうすることで次第に現状が見えてきて、先方が認識していなかったニーズに対する提案ができるようになっていったのです。

 

■「フィンテック」にも前向きに

頭取になった今でも、時代の変化を肌で感じ、新しい考えを毎日でも出せるようにしたい。そのために、毎朝6時すぎに出勤し、8時半くらいまで、今日すべきこと、1週間で、1カ月で、1年で考えるべきことを整理し、新しいアイデアを考えています。

銀行という業態は今、ビジネスモデルそのものが大きく変わろうとしています。ITと金融を融合したフィンテックを進める企業が、これまで銀行が担ってきた領域にも、どんどん新規参入してきている。また、いろいろな決済手段が生み出され、ATMの利用が24時間365日開店しているコンビニに移るなど、お客様が銀行の店舗を訪れる機会は減ってきています。

難しい舵取りを迫られる時代ではありますが、だからこそ、私は挑戦し続けます。挑戦をすれば、当然失敗することもあります。そのたびに、「百折不撓」の精神を思い出し、常に前を向いて進んでいきたい。そうすれば必ず道は開けると信じています。

(みずほ銀行頭取 林 信秀 構成=金井良寿 撮影=的野弘路)