列車の中は、勝山にある福井県立恐竜博物館に行く親子連れで“期待感”というか、子供たちの“ワクワク”が充満していて、春の野原に居る様なホンワカした空気です。いいなぁ、劫を経た爺さんにはワクワクを感じる対象が摩耗してしまっているのです。

さて、下志比駅です。線路の北側には、離れていて見えませんが九頭竜川とその向こうに山並みが続いています。

光明寺駅も同じ様な風景が北側に広がります。山並みにかかる低い雲は霧でしょうか。

月並みですが、ちょっと幻想的です。車内は子供たちの期待感で明るく膨らんでいますが、車窓は閑かで、見とれてしまいます。

1月の水田に水が張られているのは不思議な光景です。

山王駅。駅の南西5〜6kmに永平寺がありますが城山や大佛山があって道は通じていません。永平寺口まで戻って国道364号線で行くしかないのです。かつては鉄道が走っていました。

ところで山王駅には「ニンキーの里」ってあります。ニンニクが採れるのでしょうか。永平寺は曹洞宗の本山ですが、曹洞宗の寺の入り口には「禁葷酒」つまり葷(五葷、ネギ・ニンニク・ニラ・ラッキョウ・アサツキ)と酒は持ち込むな、と書いてあります。あるいは「不許葷酒入山門」と石に彫ってあります。この五葷は、古代中華の陰陽五行説から来ているのですね。五行は天地の間を循環する五つの気(土、木、火、金、水)です。五臓六腑の五臓(脾・肝・心・肺・腎)や、五戒(妄・殺・淫・盗・酒)、五穀豊穣の五穀(胡麻・麦・米・黍・大豆)などの言葉は人口に膾炙していますね。ちなみに精進料理には、この五葷を用いてはいけません。精力がついちゃ困りますからね。

精進料理の「精進」は仏教用語「六波羅蜜(布施=檀那・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧=般若・)」の精進で努力すること、雑念を去り一心に仏道修行することです。おそらく禅宗は中華が起源ですからそこから陰陽五行説が流入したのでしょうね。

山王駅は相対式2面2線、雪深いエリアなのでポイントの部分にスノーシェルターがあります。

余談ですが、般若心経に出て来る五蘊(人間を成り立たせている五つの要素。色(しき)(=肉体)・受(=感覚)・想(=想像)・行(ぎょう)(=心の作用)・識(=意識))は五行説とは関係ありません。陰陽五行説は古代中華起源、仏教はインド起源なので出発点が違うワケです。キリスト教では十戒だし、ややっこしいですよね。

小舟渡駅の手前、九頭竜川を国道が渡る「小舟渡橋」です。大正3年に鉄道が開通した時に対岸との交通も必要として大正12年(1923年)に作られた鉄橋です。写真では読めないのですが橋の上部に「橋渡舟小」という右から書かれた扁額がかかっています。もうすぐ架橋から100年という橋です。

発坂駅。

発坂駅は相対式2面2線で福井方面(左側)に木造駅舎がありホーム上の屋根は駅舎の屋根でもあります。面白いのは勝山側のポイントにはスノーシェルターが在るのですが福井側には無いのです。

終点の勝山駅に着きました。福井口から50分位です。

相対式ホームの北側に立派な駅舎があります。

構内踏切を渡って駅舎の駅出入り口に行きます。右側は福井口から乗ってきた車両。正面が終端部です。

終端部。1974年(昭和49年)に廃止されるまで、この先に京福大野駅までの線路8.5kmが在りました。大野市と唯一連絡する鉄道として長らく重要な役割を担ってきましたが、1960年(昭和35年)旧国鉄の越美北線が大野市内に開通後は利用客が減少し、同時にモータリゼーションの進展もあって廃止されました。

駅舎内、改札口辺り。

駅舎から出ました。1914年(大正3年)に駅が開業した当時以来の建物で2004年(平成16年)に登録有形文化財に登録されました。2013年(平成25年)に改修工事が行われ綺麗になっています。

駅舎外観。たくさん乗っていた親子連れはサッサとバスで福井県立恐竜博物館に行ってしまいました。駅の周囲には特に何も無いので人も居ません。勝山町の中心部は九頭竜川を越えた1.5kmほど北東になります。

駅の西側にテキ6形電気機関車が動態保存されています。1920年(大正9年)に作られた木造車体の車両です。1965年(昭和40年)に老朽化した木造車体を半鋼製車体化されました。日本国内に現存する現役最古の電気機関車です。えちぜん鉄道のイベントなどで運転されます。

テキ6形電気機関車には、京福電気鉄道福井支社最後の在籍貨車となったト61形ト68が連結されていました。右奥に勝山駅のホームが見えます。

さて、これから福井駅に戻って、福井鉄道に乗ります。「私鉄に乗ろう 14 えちぜん鉄道 勝山永平寺線 その4」に続きます。

(写真・記事/住田至朗)