吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さん。先生の日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…様々な『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

心を震わせる歌謡曲のせつなさ

日本の音楽シーンにおいてJ-POPと呼ばれる『ジャンル』が登場したのは、1990年代の頃ではないかと思います。J-POP、ジャパニーズ・ポップスの総称ですが、この言葉の登場によって、いわゆるアイドル、歌謡曲というジャンルが後退していったのを、その頃音楽制作の現場にいて肌で感じていました。日本のポップスの流れにおいてこの感覚が合っているかどうかは別として、大衆に受ける歌詞の方向性が大きく変わったのは、渡辺美里の「My Revolution」の大ヒットではないかと思います。いわゆる、メッセージソング全盛時代が始まります。それまでの歌詞の中にあった情景描写や物語、心の機微を綴る歌詞が少なくなり、「夢をかなえよう」「自分を信じて」「明日に向かって」といったフレーズで占められた歌が、受け入れられるようになったのです。

バブル期が終わり、経済が不安定になり、若い人たちの先が見えづらくなってきた時期でもありました。男と女の出会いや別れをあれこれと歌うよりも、自分を鼓舞するようなポジティブな歌を求めたのは、まさに時代が変化したということだったのです。あなたと私の物語でなく、「莫とした誰か」である「君」へのエール。そして今では、AKB48などアイドル系のアーティストも含めて日本のポピュラー・ミュージックは広くJ-POPと呼ばれるようになりました。

さて、J-POPの台頭によって、影が薄くなりつつあった歌謡曲というジャンルはますます後退していきます。歌謡曲という言葉に、若い人たちは「ダサい」と感じるかもしれませんが、どんなに洋楽の影響を受けたサウンドであっても日本人の心の深いところを震わすのは歌謡曲の持つ独特のコード進行にあるといわれています。J-POPでは「カノン進行」「王道進行」「小室進行」という三つのコード進行が多く使われているのが特徴です。歌謡曲では独特の暗さから不安定なコードへ移行するコード進行が多く使われ、これが日本人にぐっとくるメロディラインを創りだしているというのです。

「スノーフレイクの街角」という杏里の楽曲があります。このデモテープを聞いた時、胸の奥をふっと触れられたようなせつなさ、歌謡曲っぽさを感じたのです。ヒットする予感がしたのです。ポップスの中に歌謡曲的要素が入る。歌謡曲の持つ日本人の心のツボを押させてしまうメロディラインは、これからもあり続けてほしいと、私は願ってしまいます。

そんな懐かしい昭和歌謡に、先日エストニアのタリンからヘルシンキへ戻る船の上で出合いました。ラウンジではカラオケ大会がはじまり、その盛り上がりにびっくりしました。その中でなんだか懐かしいイントロ、聞いたことのあるような哀愁のあるメロディライン、そしてフィン語であるのに日本語に聞こえてくる……。そして試しにその曲に適当に歌詞をつけてみると、日本の歌になってしまう…という不思議な体験をしました。フィンランドの曲ですが、歌謡曲のカバーかと思うほど、そっくりなのです。調べてみると、フィンランドのイスケルマというジャンルの音楽とのこと。そして、フィンランド語の歌詞が何となく日本語に聞こえてくるのです。

人の心の奥をふっとつかんでしまう旋律、コード進行。どこか深いところでフィンランドと日本と、アジアともつながっているのかもしれません。感性の回路を文化人類学的にたどっていくと、おもしろいことが発見できるかもしれません。

[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
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