2017年の東京を生きる大人の女性が、悔いなき人生を歩むために身につけるべき「品格」とは?

30歳で婚約破棄。未来に絶望した千晶は、導かれるようにして、ナンタケットバスケット教室「エーデルワイス」を主宰する高貴な妻、白鳥雪乃と出会う

ある日千晶は、幸せいっぱいの新妻・柳沢結衣が一人涙しているところを目撃。また偶然にも、彼女の夫が派手な女を連れて西麻布を闊歩しているところに遭遇し、結衣の幸せアピールに疑問を抱く。

一方、千晶は後輩・あずの紹介でイケメン弁護士・正木と出会う。

今宵は初めて正木と2人きりのデート、なのだが…。




デート服でわかる、女の熱量


女はデートに着ていく服を選ぶとき、その相手の存在がどの程度かを悟るものだ。

ナンタケットバスケット教室「エーデルワイス」から、いったん家に戻った千晶は、クローゼットからワンピースを取り出した。

胸元が深くVに開いた、濃紺色のワンピース。シルクジャージー素材で身体のラインが美しく出る。

これに赤いヒールとパールのアクセサリーを合わせたコーディネートを、涼ちゃんがすごく褒めてくれたことを思い出す。

男性受けすることは間違いなく、今宵の正木との初デートにも相応しいように思う。

しかしどうにも漂う勝負感が、千晶の気分にそぐわないのである。

千晶は首を捻り、もう1つ、首元の詰まったシフォン素材のノースリーブワンピースを取り出す。

今季の流行を押さえた長め丈だからこなれ感が出るし、何より勝負感が無いのが良い。

男性受けは微妙だが、今の気分に合うのは断然こっちだ。

鏡の前で着替えながら千晶は、自身のいまいち上がりきらないテンションを痛感する。

…まあ、それでも一応下着は、上下揃えておいたけれど。


ローテンションで臨む、正木とのデート。そこで彼から、踏み絵を強いられる?!


踏み絵を強いる男


グルメな友人たちのSNSで頻繁に見てはいたが、窓から目前にスカイツリーを望む『ナベノイズム』の店内は、期待以上に素敵だった。

これから提供される、目にも舌にも美しい料理を想像すると心が踊る。

正木はすでに着席していて、千晶を認めると会釈をし、軽く手を挙げた。

「千晶さんは、いつもオシャレですね」

開口一番、正木は紳士的にそう言ってくれたが、その社交辞令的な言い方から、褒め言葉かどうかは微妙だわ、と千晶は思った。

「千晶さん」

千晶がフォトジェニックなアミューズに歓声をあげていると、正木が急に改まった様子で名前を呼んだ。

そして彼は、唐突にこんな質問をするのだった。

「千晶さんは、子どもは好きですか?」

その質問には、柔らかな口調ではあるものの、どうしてもまず確認しておきたいことなのだ、という彼の思惑がありありと感じられた。

「え?あ、はい…好きです」

戸惑いながら答えたが、別に嘘ではない。

千晶はおそらく他の30代女性と違わぬ程度に、子どもが好きだ。

「そうですか、良かった」

しかし、満足そうに頷きながら笑顔を浮かべる正木には、小さな違和感を感じてしまう。

「そろそろ結婚して落ち着きたいのだという話は、前にしましたね?」

はぁ、とつぶやく千晶の反応を気にもせず、正木は続ける。

「僕は早く子どもが欲しいんです。1年くらいは夫婦2人の生活も良いとは思うのですが、僕も36歳ですし子どもは早めの方が良いと思っています」

何の躊躇いもなく、滑らかに理想像を語る正木。まるでそれが、千晶にとっても「幸せ」に違いないと言うかのように。

「あ…まだお付き合いもしていないのに、気が早かったですね」

彼はおし黙る千晶を、戸惑っているのだと判断したようだ。「僕はどうもせっかちで」などと言って照れたように笑った。

そんな彼に、千晶も曖昧な笑顔を返してはみるものの、心に生まれたモヤモヤは大きくなるばかりである。

たしかに「とにかく子どもが欲しいから早く結婚したい」と言う女友達も多い。30歳を過ぎ、子どもありきの結婚を考える傾向は特に強まったように思う。

婚約破棄以降はあまり覗かぬようにしていたが、千晶のSNSは結婚とともに出産報告で溢れているのだった。

しかし千晶はどうしても、そこに違和感を感じる。

子どもを得るために「手ごろ」な相手を選んで結婚する、という行為に。子どもはいつか欲しいけれど、そのために結婚するのは、何か違うのではないかと。

正木は、最初のデートの冒頭で「子どもを産んでくれる女性かどうか」を確認した。

彼には悪気などないのかもしれない。しかしそれがいくら紳士的な態度であったとしても、千晶にとっては踏み絵を強いられているように感じてしまうのだった。

36歳、大手法律事務所に勤める弁護士。彼のステータスなら、「手ごろ」な女性はきっと他にもいるだろう…別に、千晶でなくても。

そう思ったら、千晶の中でもともと熱くもなかった気持ちは完全に冷え切った。

そしてその後の時間はひたすら美食に没頭した。

夢見る夢子だと言われるかもしれないけれど、千晶は別に結婚がしたいわけじゃない。「この人と運命を共にしたい」と思える男と、巡り会いたいのだ。


正木の踏み絵に引いてしまう千晶。一人になった帰り道に、思わず…


結局、会いたくなるのは…


21時過ぎに店を出た後、清澄白河にあるのだという彼のマンションにさりげなく誘われたが、「明日朝早いので」とお決まりの文句で断った。

紹介してくれた後輩・あずには申し訳ないが、正木とはもう会うことはないだろう。

彼の要望に千晶は応えられないから、正木にとってもその方が良い。

ひとりになると心底ホッとして、隅田川沿いをのんびり、浅草駅に向かって歩いた。

馴染みのない場所だが、見覚えのある風景だと感じて、ふと思い出した。

そうだ、あれは2年前、涼ちゃんと隅田川の花火大会を見に来たことがあった。

想像を絶する混雑で駅はパンク状態、タクシーも全く拾えなくて、帰りに2駅ほど隅田川沿いを歩いたのだった。

暑さと人の多さでふたりとも疲れ切っていたけど、涼ちゃんはずっとくだらない話をして千晶を笑わせてくれた。

夜風に乗って届く水音が、センチメンタルな気持ちにさせるのかもしれない。過去に思いを馳せていたら、無性に涼ちゃんに会いたくなってしまった。




隅田川のほとりで、千晶はスマホ片手に立ちすくんでいる。

画面には、涼ちゃんのLINEトーク画面。そこにさっきから文字を打ったり、消したりしている。

もう二度と自分から連絡はしないと誓ったのだけれど、そんな誓いに意味があるのか、もう自分でもよくわからない。

結局こうして、ことあるごとに過去を振り返ってしまうのなら。

婚約期間中に不貞を働いた涼ちゃんを、決して許してはいない。しかしそのことと涼ちゃんを恋しく思う気持ちは別だから苦しい。

-涼ちゃん、今何してる?

精一杯気持ちを抑えて、一番当たり障りのないメッセージを送った。

家にいる、と言われたらどうしようか?

それとも今から家に行くよ、と言われたら?

そんな自問自答に結論を出す間もなく画面いっぱいに涼ちゃんの名前が表示され、千晶は慌てて応答する。

「…もしもし」

「千晶、どうしたの。今どこにいるの?」

わかってはいたけれど、声を聞いてしまうと情がわくものだ。

「…浅草にいる」

素直に答えてしまう。

「浅草?なんで?…ま、いいや。30分待ってて」

涼ちゃんはそう言うと、電話を切ってしまった。彼はここに来るつもりなのだろうか?

涼ちゃんのマンションは神楽坂だから確かに30分もあれば辿り着くが、30分間、千晶に夜空の下で待てというのだろうか。

しかしその、全く紳士的でない非効率で無駄な行動を、千晶は不本意にも温かく感じるのだった。

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