親友の結婚式から東京に戻る新幹線の中、詩音はすっかり塞ぎこんでいた。新郎の地元だという神戸で行われた結婚式で、輝くような幸せオーラを全身で放つ女友達は、今の詩音には眩しすぎたのだ。

詩音にも一緒に暮らして2年目になる裕介がいる。しかし27歳になり、プロポーズが無いままの関係に不安を覚え、一度同棲をやめてみようかという気持ちにすらなっていた。

東京に着くと今にも雨が降り出しそうな空だった。スマホには、丸の内で落ち合う約束をしていた裕介から、連絡が入っている。

「今日は丸の内の『GRILL UKAI MARUNOUCHI』でね。先に入ってる。」



石造りの重厚なエントランスは、訪れる人々をあたたかく迎えてくれる。

詩音の両親は、結婚記念日には決まって、『横浜うかい亭』に仲良く連れ立って行くのがお決まりだった。だから詩音は”うかい”と聞けば、どこか懐かしい気持ちになるのだ。でも、そんな夫婦像は、自分にはまだまだ遠いものに思える。

落ち着いた店内は、騒がしすぎず、思い思いに食事を楽しむ人々の高揚感で満ちていた。



高すぎない天井とダークな色合いのしつらえで、安心感を与える店内。

店の一等席である大きな窓際の席で、英国調の庭を眺める裕介の後ろ姿を捉えた途端、ほっとして胸がときめくのを感じた。

詩音に気づいて穏やかに微笑みながら「おかえり。」と言われると、実家に戻る提案をしようとした気持ちがぐらりと揺らいでしまう。

まず初めに2人の元に運ばれたアミューズは、「雲丹と甘海老のジュレ」。華奢なカクテルグラスに盛りつけられたジュレの中には、ぷりっと瑞々しい甘海老が隠れている。

涼やかな喉越しと、添えられた雲丹の香りを感じながら、すっきりとしたシャンパンを合わせれば、じめじめした東京の夜を軽やかにしてくれる。



見た目も味わいも繊細なアミューズ「雲丹と甘エビのジュレ」

「式、どうだった?」と尋ねる裕介に、「とっても幸せそうだった。結婚っていいね。なんだか羨ましくなっちゃうくらい。」と、さりげなくアピールしてみたりする。

「そうか、そうか。」ただ頷くだけの裕介がもどかしく、意図的に結婚の話題に持っていく自分が、少し惨めになってしまう。

アミューズに続くのは、色鮮やかな「とうもろこしの冷製スープ」。糖度にこだわって取り寄せられたとうもろこしで作られたスープは、限りなくフレッシュで、自然の甘みがじんわりと染み渡る。

「秋には栗のスープになるみたいだ、その時期にもまた来ようか。」何気ない裕介の言葉にも、秋もこのままの関係なのだろうかと、また不安でたまらなくなる。



口の中でとろけるような和牛の甘さと、肉らしい旨味の凝縮された赤身、どちらも楽しめるのが嬉しい。

そんな詩音も思わず心ときめいたメインは、「黒毛和牛と赤牛の炭火焼き」。絶妙な火入れによって旨味が凝縮され、噛むたびに至福が訪れる。この店ならではのハーブマスタードや岩塩で、最後まで味わいに変化をつけていただける一皿だ。

ここ『GRILL UKAI』では、一皿一皿に合わせるお酒も楽しみの一つ。コース料理がより一層贅沢な体験になるよう、その人の好み、ペースに合わせてぴったりの一杯を見つけてくれる。

赤ワインが進まなくなった詩音には、ベルギーの名ビール「ヒューガルデン ロゼ」をおすすめしてくれた。口に近づけるだけでフランボワーズの甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。メインとビールの組み合わせは意外に思えたが、すっきりとした後味は肉料理との相性が抜群だ。

メインを堪能した頃には、しとしとと重い雨が降り出していた。せっかくの窓際なのにと外へ目を遣ると、庭園のライトアップが雨にぬれた木々に反射して、幻想的な雰囲気を醸し出している。


食事が終わると裕介がこちらを見つめていた。口を開いて語ったのは…



こだわりのプリンやシフォンケーキなどの定番をはじめ、季節のデザートを選ぶ時間は、女性なら誰もが心躍る。

華やかに並ぶたくさんのグラスデザートを前にぼんやりと外の景色を眺めていると、いつしか詩音の心は穏やかに、満ち足りた気持ちになっていった。

「詩音……。」
不意に名前を呼ばれて顔を戻すと、こちらに真っ直ぐ瞳を向ける裕介と目が合った。

「俺たちも、結婚記念日は”UKAI”にしようか。」
何のことだか分からずにいると、タイミングを合わせ、支配人が花束を持ってきて渡してくれた。裕介が頼んでいたらしい。

「待たせてごめん、詩音。俺と結婚してくれないか。」
ずっとずっと聞きたかったその言葉が、店に流れるしっとりと幸せな空気とともに、詩音に沁み入っていく。

「大切な日なのに、雨になっちゃったな。」
バツ悪そうに苦笑いする裕介を見て、自分の父親も生粋の雨男だという事を思い出し、詩音はますます暖かい気持ちになる。

スタッフに温かく見送られながら店を後にし、中庭に出る。幸せな興奮とお酒で火照った身体に、柔らかく降る雨が気持ち良い。



大切な夜に相応しい雰囲気が、店の外にも溢れ出す。

裕介に腕を絡めながら見上げると、さっきまで座っていた窓際の席が見える。

店の窓から漏れる光は、庭園に佇む2人をふんわりと包み込み、まるで祝福してくれているかのようにあたたかだった。