念願の「11」を手に入れて笑顔を見せていた森慎二

 つい数日前まで一緒に戦っていた森慎二投手コーチの悲しい知らせが届いたのが6月28日の沖縄セルラースタジアム那覇でした。辻発彦監督にはロッテ戦の試合前に報告が入っていましたが、ナインの動揺を避けるため選手たちには試合後に伝えられました。その3日前、福岡で体調不良のため入院したばかりで、まさかの知らせにショックの大きさははかりきれません。翌日帰京し、30日からのオリックス3連戦にひとつも勝てなかったのも、よく分かります。しかし、7月3日の通夜が行なわれた当日の日本ハム戦から、森さんへの良い報告が続きました。

 1997年ドラフト2位で入団した長身の右腕は、社会人(新日鉄君津)出身でしたので、即戦力。4月27日の日本ハム戦(西武ライオンズ球場)で先発デビューし、3回を投げて被安打4、3失点の内容でしたが勝ち負けはつきませんでした。初勝利は2か月後の近鉄戦、中継ぎ2番手としての結果でした。その後、勝ち星を重ねルーキーイヤーは6勝2敗9セーブと立派な数字を残し、チームの優勝に大きく貢献しました。

 投球動作は全然違いますが、野茂英雄(近鉄、ドジャースほか)に憧れて社会人の新日鉄を選んだ森さんは、地元の新日鉄光に入社しましたがのちに休部となり、新日鉄君津に移りました。なので、当然ながらプロ入りしての希望の背番号は野茂がつけていた「11」。しかし、入団時は石井丈裕がつけていたため、とりあえず「19」をつけました。ところが、このオフ日本ハム・西崎幸広と石井丈、奈良原浩との交換トレードがありチャンスが到来しましたが、その背番号はドラフト1位の安藤正則に持っていかれてしまいました。そして、安藤が退団した2003年から念願の「11」が手に入りました。この時の森さんの笑顔は、ちいさい子が欲しかったモノが手に入ったような表情だったのを記憶しています。

 189センチの長身投手の入団時の愛車が「ミニクーパー」。体を折り曲げ、窮屈そうに運転していた姿は微笑ましかったものです。数年後、今度はその何倍もの大きさを誇る「ハマー」に乗り換えたのです。このギャップが何とも言えません。狭い所沢市内を走るにはあまり適していると思えないクルマでしたが、大柄の森さんにはぴったりハマっていました。


球場入りし練習に向かう森さん(左は土肥コーチ) ©中川充四郎

 あまり口数が多いタイプではありませんでしたが、ある日お国自慢の話題になりました。山口・岩国出身なのでまず、最初に挙がったのが木造のアーチ橋「錦帯橋」でした。これは有名ですから説明はいりません。続いて出たのが「岩国れんこん」でした。

「普通のれんこんより穴が1個多いんです」との話。その時は、あり得ない話と決め込んで、深く聞くこともなく「シンジも冗談を言う時はいうもんだなぁ」という思いだけで、聞き流していました。ところが、先日文化放送での追悼番組でその話をしたところ、スタッフが調べて実在することが判明しました。通常のれんこんの穴は8個なのに対して、岩国れんこんは9個あるそうです。思い込みはいけません。

気持ちを表には出さない「美学」

 現役時代、あの足を高く上げて投げる姿が特長でした。マウンド上では常に冷静で、熱くなることもなく淡々と投げることに終始して相手打者も何となくかわされていると感じたことでしょう。話し方も温厚で、時々「野球選手なの?」と疑問を持つほど穏やかな性格でした。ところが、ある日の試合後。

「ナニー! このヤロー! 降りてこいっ!」の怒声が球場のロッカー入口に響き渡りました。声の主は森さん。私も含めた報道陣が体を抑えてその場から離れました。

 通路の上から心ないフアンに強烈なヤジを飛ばされたのでしょう。それにしても、普段の行動を目にしていて信じられない光景でした。ファンの声は何を言ったのか聞こえませんでしたが、あれだけの憤りをみせたのでかなり辛辣だったのかも知れません。でも、直後に森さんの「熱い気持ち」を目撃し、何となくホッとした気持ちが湧きました。マウンドではこの気持ちで投げているけど、表には出さない「美学」なのだ、と。

 シーズンは数字上では折り返しにかかっています。残り試合、ホームでもビジターでも背番号「89」のユニホームがベンチ内に掲げられることになっています。また、帽子にも「89」のワッペンが貼り付けられます。パ・リーグは上位2球団が走っている形になっていますが、西武もしっかり追っています。シーズン前、森さんが絵馬に書いた文字は「日本一」。ぜひ実現してもらいたいものです。あらためて、謹んでご冥福をお祈りします。


ビジター時のベンチ内に掲げられるユニホーム ©中川充四郎

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(中川 充四郎)