『水族館哲学 人生が変わる30館』(中村元著)

 水族館のすべてを知り尽くす敏腕プロデューサーが、全国の水族館から30館を独自の哲学で選んだ『水族館哲学 人生が変わる30館』が刊行されました。今回紹介する新江ノ島水族館は、中村さんが水族館プロデューサーとして独立して初めて手がけたところ。いまやメジャーな展示であるクラゲや、ショーアップされたイルカショーなど、この水族館発で有名になったものがたくさんあります。

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挑戦的・先進的展示法の先駆者

 60年間にわたって日本の水族館業界を牽引してきた江の島水族館に代わり、2004年、新江ノ島水族館としてリニューアルオープンした。それから10年余経った今、スタッフの努力で、江の島水族館の時代に劣らず、新しい水族館の時代を切り開いている。 

 新江ノ島水族館は、目の前に広がる相模湾について展示することにこだわった水族館だ。水族館の主な部分が、相模湾をテーマに展示がなされている。そのため、川の展示も相模川の上流の展示一本に絞られている。 


陽光にきらめきながら形を変えるイワシの大群、岩の隅々にナニモノかが潜むような暗がり。江の島沿岸を再現した大水槽は、日本人の感性を呼び覚ます水塊だ。

 また、江の島水族館時代の長い歴史の間に積み上げた技術を存分に活かした、新感覚の展示も見所だ。日本で初めてクラゲ展示を始めた誇りが、クラゲ展示に特化した癒しのホールの設置に繋がり、長いイルカショーの歴史が、日本初のミュージカル仕立てのイルカショー「ドルフェリア」の上演へと結びついた。いずれも挑戦的かつ先進的な展示として、今後の水族館の歴史に残るだろう。


波しぶきの向こうの富士山を背景に、イルカがジャンプ! 新・富嶽三十六景。

私がプロデュースするうえで、本当にやりたかったこと 

 実は私にとっても、水族館プロデューサーとして独立して初めて展示を監修監督させていただいた水族館であると同時に、展示に「観覧者起点」の理念や「水塊」の概念を初めて実践した水族館で、感謝の念が尽きない。 

「水塊」を導入したのは、展示テーマとした「相模湾」と「クラゲファンタジーホール」の展示においてだ。狙いは、縄文時代から人の暮らしに恵みを与えてきた相模湾を、日本人が海に対する感謝と畏れの気持ちを持てるような水中世界として展示すること。そして、「全ての命に魂が宿る」と考える日本人の世界観に訴えかけ、クラゲの浮遊感の儚げな美しさを感じさせることだった。


クラゲの展示では、他の水族館を牽引してきた先駆者だ。写真はベニクラゲ。

 1990年前後より国内で始まった水族館の建設と建て替えラッシュでは、そのほとんどが一様に、米国のリゾート開発や水族館の展示技法に学び追いつこうとする、まるで明治時代の欧化主義が甦ったかのような様相だった。 

 そこで、新江ノ島水族館が相模湾にこだわるのなら、日本の風土文化にもこだわり、日本らしい展示を世界に発信すべきであると考えたのだ。理由の一つには、それが、欧米リゾート的な水族館の続出にそろそろ食傷気味の日本人には、きっと新鮮に映るであろうという狙いもあった。


世界初の展示を常に追求。


世界初のクラゲ展示は、美しい「クラゲファンタジーホール」で見ることができる。

 しかし、本当にやりたかったのは、アニミズムを発信する世界初の展示を実現すること。水槽の中に世界をつくる「水塊」でならば、生物学以上のもっと大切な何かを発信できるはずだという期待があった。大切な何かとは、欧米人が失い、日本人が忘れかけている自然への感謝と畏れの気持ち、つまりアニミズムの世界観だ。そうした思いによって実現した水塊展示とは、水中のそこかしこにナニモノかが潜んでいるような水槽づくりだ。岩陰を暗く強調した擬岩や、揺らめく海藻による動く水塊、海が生きているような造波など、日本人の心に潜む畏怖心を呼び起こすことで、今までの水槽では生まれなかった想像力を活性化させることができる。


ジャンプ遡上する川魚を見せる世界初の展示。

 当初は、アニミズムなんて宗教的なことは自然科学に反していて、科学系博物館のやるべきことではないなどと言われて理解されなかったが、徐々にスタッフの理解が得られ、自然科学系博物館から、人文科学系博物館あるいは総合博物館への進化というスタンスが生まれ、キャッチコピーには、私の提案した「ニッポンの水族館」を採用してもらった。 

 現在の新江ノ島水族館はとりたてて日本のアニミズムを展示しているわけではないが、相模湾の文化や暮らしに根ざした展示の数々は、その当時の長く深い議論を根底に持っているからこそのこだわりであると感じる。

博物館を系統化するのは愚の骨頂! 

 それにしても、博物館施設を、自然科学系博物館と人文科学系博物館などと分ける概念が、どうにも理解できない。


潜水船「しんかい2000」の実物展示。

 利用者から見れば、科学というのはすべて、人の生活の向上のため、もしくは、人の思考や存在の根源を探求する哲学のために生まれてきた道具としての知識ではないか。つまり、自然科学なんていう独立したものはなく、全て人文科学なのだ。 

 そして、このように分けたがるのは、主に水族館や動物園など自然科学系博物館の側だ。ちょっと強引に結論づければ、おそらく人間に対する興味が薄い人が多いからだろう。もちろん、人文系を大切にする学芸員もいるが、少数派だ。 

 かなり以前より、日本人の科学離れが心配されているが、その大きな原因は、自然科学や科学技術の博物館を、科学系博物館として特殊化しているからではないだろうか。衣食住や文化、芸術、信仰などから自然科学に入っていけば、人々の知的好奇心は活性化する。本来、それが水族館など博物館の役割だと思うのである。


3Dプロジェクションマッピングを世界で初めて水族館に持ち込んだ。

CHECK!
最近の「えのすい」は、またさらなる進化を遂げた。入館者を驚くほど増やし水族館業界に強烈な影響を与えたのが、プロジェクションマッピング(PM)とのコラボレーションだった。水族館の暗さを利用し、生きた映像装置でもある水槽と組み合わせることで、一般的なPMとは一味違う世界を創り上げたのだ。あまりの人気に多くの水族館が真似て追随したが、いずれもえのすいのPMコラボには及ばない。

DATA

新江ノ島水族館 
TEL.....................0466-29-9960
住所....................神奈川県藤沢市片瀬海岸2-19-1
URL.....................http://www.enosui.com/
開館時間.............9:00〜17:00(時期により変動あり。要確認)
休館日.................なし
入館料.................大人2100円、高校生1500円、小中学生1000円、幼児(3歳以上)600円
交通....................小田急線片瀬江ノ島駅から徒歩約3分、江ノ島電鉄江ノ島駅から徒歩約10分
車=横浜新道戸塚料金所から約30分

データは2017年5月現在のものです。

文・写真 中村元

(中村 元)