「80年代のデザイン」と聞いた時に思い浮かぶ派手な色の組み合わせや幾何学パターンなどは、緩やかに流行していったのではなく、1つのデザイン集団が展示会で世界に衝撃を与えたのが始まりでした。今なお衣服・雑貨・インテリアなどで見られる特徴あるデザインが、いつ、どこで、どのようにして生まれたのかが、YouTubeのムービーで公開されています。

The origin of the ’80s aesthetic - YouTube

時代によってデザインの流行はさまざま。例えば1950年代だとこんなイメージになり……



1960年代だとカラフルで繰り返しパターンのデザインが多め。



1970年代はディスコ風。



そして1980年代は幾何学、明るい色合い、ラジカセ、エアロビ、未来を感じさせる車などが登場します。



独特の髪型が流行したのもこの頃。



では80年代のトレンドが、いつ、誰が、どのようにして生み出したのかを特定することは可能なのでしょうか?



ミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザインの学芸員であり作家のGlenn Adamsonさんによると、80年代のデザインの起源はイタリアの建築家・インダストリアルデザイナーであったエットレ・ソットサス氏を中心としたデザイナー集団の「メンフィス」以外は考えられないとのこと。



写真の男性がエットレ・ソットサス氏。1980年12月16日の夜、若いデザイナーや建築家らが彼の自宅に集まってお酒を飲んでいた際に「メンフィス・グループ」は結成され、各々のデザイン作品を持ち寄って1981年の2月に再会することを約束したとのこと。



メンフィスは過去に存在したどのデザイングループよりも強い影響力を持ち、およそ10年にわたってポストモダンデザインに大きなインパクトを与えました。



メンフィスのメンバーの多くはイタリア人でしたが、日本・フランス・イギリス・オーストリア・アメリカのデザイナーや建築家も存在したとのこと。倉俣史朗氏、梅田正徳氏、磯崎新氏もメンフィスに参加していました。



「メンフィス」はアメリカ・テネシー州の都市の名前ですが、デザイナー集団「メンフィス」の活動拠点はイタリアのミラノ。メンフィスの名前はボブ・ディランの「Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again(メンフィス・ブルース・アゲイン)」に由来します。



メンフィスは1960年代からイタリアで続いていた「ラディカル・デザイン」から生まれました。



このラディカル・デザインはミニマルで実用的な美しさを求めるモダニズムに反発するものとして発生したムーブメント。



ラディカル・デザインの流行によって、デザイナーたちは、機能性から離れ、歪みやねじれを使ったデザインなど、自由な表現ができるようになりました。



当時のThe Guardianの記事によると、メンフィスの中心メンバーであったソットサス氏はデザイン界のモダニストたちから距離を置き、ルールに縛られることなく、メンフィスのメンバーが「予測不可能な」作品を作れるようにしたとのこと。



メンフィスに参加したアメリカ人アーティストのピーター・シャイア氏は「私たちはわくわくしたかったし、不安になったり、スリルを体験したりしたかったんです」と語りました。



メンフィスがミラノのデザインフェアに初めて登場したのは1981年。



その際、作品には「リッツカールトン」「シェラトン」といった一流ホテルから取られた名前がつけられていました。



もちろんこれはジョーク。プラスチックのラミネートを施し、チープな木材で作った作品にラグジュアリーホテルの名前を付けたわけです。これらメンフィスの作品はショーの参加者を魅了しました。



メンフィスが世界に与えた影響はすさまじく、自分たちの展示会に向かっている最中のソットサス氏らが窓の外を見ると、「まるでテロでも起こったのか?」というほど人があふれ、カオスが生まれていたそうです。



彼らの作品は当時の有名デザイン雑誌の数々に取り上げられ……



それからまもなくしてMTVのロゴなど、いたるところにメンフィスのデザインの影響が見られるようになります。



しかし、メンフィスの与えた影響は大きかったものの、彼らがデザインした家具が人々の家に置かれることはほとんどありませんでした。



唯一大量生産されたのは「First Chair」という作品。First Chairは小さな背もたれと、球体の肘置きが付けられたイスで、3000個ほど製造されました。



シャイア氏はFirst Chairについて、「素晴らしいアイデアによって作られた最悪のイスだった」と語っています。背もたれにもたれた瞬間に倒れてしまうようなイスだったようです。



数年後、ソットサス氏は自身のスタジオを作るためにグループを抜け、メンフィスの展示会は1987年が最後になりました。



Adamsonさんは「『ポストモダンの終焉はどんなものだったのか?』と人に聞かれたら、『だいたい1987年頃だった』と答えます。景気の後退が起こり、膨れあがっていたアート市場からいくぶんか空気が抜けたので、そこがターニングポイントのように思えるためです」と語っています。



つまり、メンフィスの活動期間は1981年から1987年まで、約6年間という短い期間で……



しかも実際に彼らの家具が一般家庭を装飾することはほとんどありませんでした。



にも関わらず、彼らはデザインやアートの歴史の中で鮮やかな軌跡を残し、その後に生まれる多くのデザイナーたちを刺激しました。



1995年に作られ、Macを購入した人に無料で配られた初代Apple Watchや……



2011年のディオールの秋のコレクション



ファッションデザイナーのカール・ラガーフェルドもメンフィスデザインの収集者であったことが知られています。



2016年10月にはデイビッド・ボウイのメンフィス家具コレクションという展示会が行われました。



メンフィスデザインの系譜を持つ衣服・家具・インテリア・雑貨などは今なお世界中に広まっており、「メンフィス」というデザイン集団の名前を知らず、それが80年代に生まれたデザインであることを知らなくても、多くの人に親しまれているというわけです。