男性から食事に誘われたら、必ずこう答える女がいる。

「メニューによります」

男をレストラン偏差値で査定する、高飛車美女ひな子が、中途半端なレストランに赴くことは決してない。

彼女に選ばれし男たちは、高飛車に肥えた彼女の舌を唸らせるべく、東京中の美食をめぐり、試行錯誤を繰り返す。

最近は、セレブ王子・久保と『Naveno-Ism』、『茶禅華』での2on2を楽しんだ。




『茶禅華』での2on2の会食以来、慶子カップルに紹介された慎太郎からの連絡は、うんざりするほどしつこかった。

「この男、嫌いじゃない」

そう直感した自分の勘は、果たして鈍っていたのだろうか。

朝昼晩と毎日のように鳴りやまない、慎太郎からのどうでもいい内容のLINE通知。ひな子はそれを、綺麗に整えたフレンチネイルでサッとスライドして非表示にする。

こちらの空気も読まずに何度も連絡をよこすような男は、そもそも好みでない。

それに慶子のお墨付きとはいえ、たかが2つ年上のサラリーマンに遠慮なくガツガツと食いつかれるほど、自分は敷居の低い女ではないはずだ。

とにかく高飛車気質のひな子は、慎太郎の無謀さに不快さを隠せなかった。


美女はモテる必要なんてない。その心は...?


「モテ」を捨て、高飛車を貫く美女。ひな子


「美しい女=モテる」

という公式は、世間一般的に、実はそれほど成り立ってはいない。

“噂の美女”として自分の知らない場所で名前や顔が知れ渡っていたり、学生時代には知らぬ間にファンクラブのようなものができていたことはある。

だが、実際にひな子が属するコミュニティ内では“高嶺の花”として腫れ物に触るような扱いをうけることが多かった。

いわゆる“お食事会”などに赴いても、その場ではチヤホヤされるが、実際に「モテモテ状態」で誘われることは、実は少ない。

ひな子自身も手近な男への興味など皆無であるし、彼らのレベルに合わせてヘラヘラと同調してやる術も持たなかったから、それはそれで開き直るのが楽なのだ。

そもそも、レストラン偏差値・社会的地位・収入の低い男に時間を割くつもりもないため、ひな子はある意味「モテ」を捨てている節がある。

そのため寄ってくる男は、多少KYなくらいの自信家か、変わり者か、尖ったひな子を「可愛い」とか「面白い」と思える、うんと年上の男ばかりだ。

―誘えるものなら、誘ってみなさいー

口には出さずとも、ひな子はそんな圧力を男たちにかける。

だが、その圧を突破し、誘いに踏み切った男たちを待ちうけるのは「メニューによります」の決めゼリフだ。

よって、高飛車だの悪女だの嫌味を言われることも多いのだが、デート相手をふるいにかけるには、この姿勢を貫くのがちょうどいい。




だが、しかし。

実は、『茶禅華』での食事会で何よりも衝撃を受けたのは、自分と同じ価値観を持っていたはずの親友・慶子の、恋人にすっかり心を許し、情けないほど乙女モードに突入した姿であった。

―まぁまぁのエリートだからって、あんな普通の男の、どこがそんなにいいわけ?

確かにひな子も一時、同い年の裕太に惑わされた経験がある。

しかし、しおらしく恋人の俊介にちょこんと寄り添い、他の男など一切目に入りませんと言わんばかりの熱い視線を彼に向け続ける慶子は、こちらが恥ずかしくなるほど従順で凡庸な女へと変貌していたのだ。

―“本命”ってだけで、あんなに変わるものなの...?

ひな子は何となく、相棒を横取りされたような悔しさを感じる。そんな経緯もあり、慎太郎のしつこいアプローチに普段以上に苛立っているのかも知れない。

モヤモヤとした思いを振り落とすように、洗面台でメイクを丁寧に落とす。

そして、ふと素顔の自分と鏡に向き合った瞬間、ひな子は「ひぃっ」と、思わず一人で小さく叫んだ。

長らく考えごとをしていたせいか、眉間の間にうっすらとシワが刻まれていたのだ。

―どうにかしないと!!!

動揺したひな子は、大急ぎで“ある人物”にLINEを送った。

「要コラーゲン。“海亀のスープ”が飲みたいです」


ひな子が誘った“ある人物”の正体、そして、赴く老舗グランメソンとは...?


徹底したM気質の港区おじさんジュニアに、心を許し始めた女


「いやぁ......。何の前触れもなくコラーゲンをリクエストするひな子先生、流石としか言えません。それにしても、今日も一段とお美しい」

古典的なラグジュアリー感漂う老舗グランメゾン『アピシウス』の待合室に現れた増林(通称:マッスー)は、YOKO CHANのベージュのミニワンピを着たひな子に、遠慮がちな視線を向ける。

きっと、マノロブラニクのレースアップパンプスで飾った、ひな子自慢の生足への目のやり場に困っているのだろう。

「ところで、今夜は慶子さんを誘わなくて良かったんですか。先生自ら1on1をご提案するなんて、珍しいですね」

「あら、私だけじゃご不満?なら、断ってくれてもよかったのよ」

ひな子がツンと言い返すと、マッスーは一瞬たじろぎ、それから嬉しそうに目を輝かせた。

まだ30代前半と意外に若いが、IT系の会社の経営者であるマッスーは、かなりの成功を収めている男だ。

しかし彼の言う通り、自称「最強のおしょくじがかり」兼「港区おじさんジュニア」である彼は、基本的に2on2要員である。

“海亀のスープ”と言っただけで、ひな子の希望通りこの『アピシウス』を予約してくれたのも、流石の手腕だ。だが如何せん、彼はM気質なのだ。

「意地悪言わないでください。僕は、ひな子先生専属の港区おじさんなんですから」

「ふぅん」

しれっと返事をしながらも、“ひな子専属”という言葉は意外にも耳に心地よく、先日から逆撫でられていた感情がじんわりと緩む。

『アピシウス』の豪奢で贅沢な内装や調度品に囲まれた店内の雰囲気も、ひな子の心を昂らせてくれた。




アラカルトでスタートした食事は、アミューズの後、さっそくスペシャリテである“雲丹とキャビア、カリフラワームース コンソメゼリー寄せ”が運ばれた。

ひんやりと冷たいコンソメジュレに、雲丹とキャビアが絶妙に絡んだ、フレンチ王道の本物の一品である。

「フレンチは新店も面白いけど、やっぱり王道が一番かもしれない...」

ひな子は贅沢な味わいに酔いながら、しばしこの非日常とも言える『アピシウス』の世界に浸った。

料理は季節オススメのホワイトアスパラガスや、同じく看板メニューである“国産黒毛和牛ロース挽き肉の半生ステーキ ビトーク アピシウス風”と続く。どれもとにかく絶品である。

そして、とうとうひな子待望の一皿が運ばれた。




“小笠原母島の青海亀のコンソメスープ シェリー酒風味”だ。

「身体の内側から生命力が溢れるような味だわ...」

希少な青海亀から抽出された濃厚かつ美しいスープは、口にしたとたん、滋味深い味わいとコクがたっぷりと舌に残る。

「どうぞ、心ゆくまで味わってください。僕はひな子先生の時間を独占できるだけで、感無量です」

「何だか、一気に肌が潤って輝くようだわ...」

あまりの味わい深さにひな子がうっとりしていると、マッスーが弱々しく呟いた。

「ひな子先生。この海亀のスープ、女性を輝かせる媚薬的効果があるんです、先生がまたモテだしちゃったら、僕、もう気が気じゃありません……」

子どものように肩をすくめる彼を冷めた目で眺めつつも、ひな子は悪い気はしない。それどころか、胸に不思議な感情が芽生えた。

―あれ、何だかこの人、かわいい...?

ひな子は自分でも気づかぬうちに、マッスーに心を許し始めていた。

▶NEXT:7月15日 土曜更新予定
空気の読めないしつこい男が、超予約困難の“あの和食”に誘う...?!