「ふーっ」と大きく吐き出した息に、3時間32分の熱戦による疲労が、敗戦の悔いが、そしてある種の充足感が、深く込められているようだった。

「第4セットの最初のゲームで、簡単なリターンミスが続いて……。相手もちょっと疲れていたので、あそこで引き離したかったんですが、うまくできずに………やられちゃいました」


杉田祐一はウインブルドンの舞台でも臆することなく戦った

 わずか5日前に酷暑のトルコでATPツアー初タイトルを掴み取り、ウインブルドンでも初勝利を手にした杉田祐一の快進撃は、2回戦で1-6、7-5、6-4、6-7、2-6の死闘の末に、ついに終止符が打たれる。その相手はくしくも、トルコ大会の決勝でタイトルを争った相手であった。

 杉田の疲労の色は、試合開始からほどなくして、誰の目にも明らかになる。

 身体の抑えが効かないのか、決めにいくショットがことごとく、大きくラインを割っていく。対するアドリアン・マナリノ(フランス)は、先の対戦時と同様に自ら攻めるのではなく、巧みにボールをすくい上げ、勢いを殺したボールを左右に打ち分けながら、杉田のミスを誘発した。

「ラリーしながら、自分の身体がうまくフィットしなくて」
「アドレナリンが出てこなかった」

 心身が噛み合わぬ杉田のもどかしさは、第1セットを落とした後も拭い切れない。第2セットも先にブレークを許し、敗色濃厚かに思われた。

 しかし、ここで杉田は闘志を掻き立て、気迫で身体を突き動かし、一打ごとに叫び声を上げながらフォアの強打を叩き込む。本人曰く「リミッターを外した攻め」で第2セットを逆転すると、第3セットも序盤でブレークして奪取。一方、苛立つマナリノは主審への度重なる暴言のかどで、第4セットはポイントペナルティを取られるスタートとなった。

 のちに杉田が悔やんだのが、このゲームである。ブレークのチャンスを3度掴むが、相手のサーブを捕らえきれない。すると、このころからマナリノはそれまで以上にコート後方へと下がり、決まったかに思われるボールを幾度も地面ギリギリですくい上げて、長いラリー戦へと持ち込み始めた。

「第2、第3セットでかなり消耗して……」

 第4セット中盤からは、杉田の両足を痙攣(けいれん)が襲いだす。もつれ込んだファイナルセットでは、もはや最後までボールを追い切るエネルギーは、173cmの小柄な身体には残っていなかった。

「出し切ったという思いが、今は大きい」

 試合後の杉田は、疲労と悔しさを隠せないながらも、いさぎよく断言した。その言葉は、この日の試合のみを指すものではないだろう。この6月の芝シーズンでは、ATPチャレンジャー(ツアー下部大会)での優勝を皮切りに、「憧れ」のフェデラーとの対戦を経て、悲願のツアータイトルを掴み取る。16試合を戦い抜いた濃密な5週間は、彼に「自分がベストなプレーをすれば、上位選手にも勝てる」という揺るぎない自信を与えていた。

 同時にこの日の敗戦は、彼が次に進むべき道をも明確に照らし出す。

「こういう試合をどう勝つのかと考えたとき、厳しいスケジュールを組んでいると、ラウンドが進むにつれてギリギリの状態になってしまう。大会数を減らせるような成績になることが、やはり一番です」

 5月〜6月のクレーコートシーズンで結果を残していた杉田は、上昇気流を逃すまいとするかのように、この初夏は試合に試合を重ねてきた。その成果として足を踏み入れたトップ50の地位は、当面は彼に、望むほぼすべての大会への本戦出場権を与える。そうなれば、ある程度の獲得ポイントのめどを立てつつ、大会の数を絞っていくことが可能になるだろう。グランドスラム直前の週は大会に出ず、調整に充てることもできるはずだ。

「次の目標は、グランドスラムでシードを得られるランキング(30位前後)まで行くこと」

 初夏に密かに立てたその誓いが、実現可能な地点まで彼は来た。

 28歳の杉田が見せる快進撃は、日本テニス界そのものにも刺激を与えている。

 かねてより「27歳ころに心技体が噛み合う」という青写真を描いていた現在24歳のダニエル太郎は、「杉田くんを見て、僕もそれくらいの年齢にキャリアのピークを持っていける」と、自分の進む道の正しさを確信した。

 土居美咲や奈良くるみら女子選手も「彼の努力は見てきたので励みになる」と言い、日比野菜緒は勝因・敗因を明瞭に表す杉田の言葉に、今の彼の強さの一因を感じたという。

 当の杉田本人は、長い試行錯誤と苦闘の歴史があるからこそ、「一度ランキングが落ちると、戻ってくるのはかなり難しい」という厳しい現実から、目をそむけることはない。

「このレベルを維持しているのなら、かなり……長いことできるのかなと思います」

 覚悟と自信を抱き、自らを先へと駆り立てながら、「次のステップ」を目指す。

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