吉田沙保里流「本能に従う雑念の消し方」

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世界の頂点を極める。これほどの結果を出すには並々ならぬ努力と、研ぎ澄まされた集中力が求められるはず。一瞬の判断が勝敗を決める格闘技はなおさらだ。霊長類最強女子と呼ばれる吉田さんに話を聞いた。

■マットに上がったら本能で戦う

レスリングの競技時間はたった3分。マットに上がった瞬間から戦いが始まるので、考える時間はまったくありません。

試合前は、今までやってきた成果を出せるかなとか、負けたらどうしようとか、いろいろと考えて緊張しますが、マットの上に立った瞬間、不思議と緊張が吹き飛んでしまう。試合中は本能で戦っていますね。頭で考えるというより「今だ」と思って勝手に体が動く感じです。3歳からずっとレスリングに打ち込んできたので、動きが体に染み付いているのでしょう。相手の出方によって自然と動きが出てくるんです。

本番で最大の力を出すためには日頃の練習はもちろんですが、イメージトレーニングも大切。私の場合、対戦相手が決まったらすぐにその選手についてリサーチをして、過去に対戦したことのある相手ならば、得意技はこれで、こういう技をかけてくるだろうと、ある程度イメージします。一方、初めて対戦する選手の場合、試合の映像を見たりして情報収集しますが、最後は“やるしかない”と覚悟を決める。あとはタックルするための勇気も必要です。

もともとオン・オフの切り替えが得意で、練習や試合が始まったらパッと集中して、終わったらすぐにオフできるんです。これは幼い頃からの習慣が大きく影響しているんじゃないかな。監督でもあった父がすごく怖くて、ふざけたり話を聞いていなかったりすると怒られたんです。ですから当然、道場に入ったらパッと集中しなければならない。それが身に付いているのだと思います。

■メンタルを鍛えることが一番難しい

私は常に本能で生きていて、思ったことをスッとやるタイプ。人間、考えすぎるのは良くないので、あまり深く考えずに取り組むことも大切だと思うんです。

例えばテレビのお仕事の場合、台本があれば覚えられますが、台本がなければ何をしゃべったら良いのか悩みますよね。そんなときは、ある程度その番組の趣旨を理解したら後は思ったように話すしかないと覚悟を決めます。これはレスリングでも同じ。最後は戦う覚悟なのです。

不思議に思われるかもしれませんが、勝負の世界では、練習中は強くても本番で勝てない選手もいますし、練習では全く勝てないのに、本番に強い選手もいます。そこは集中の仕方や気持ちの問題。やはり最後は気持ちが勝敗を左右するので、いくら人一倍練習をしても、ここぞというときに気持ちが強くないと勝つことはできません。

30年のレスリング人生で思うことは、このメンタルの部分を鍛えることが何より難しいということ。そのために練習が必要ですし、試合で勝てるような、緊張感のある練習を積むことが重要です。これだけ厳しい練習をしたんだからと思えることが大きな自信になるのです。

レスリングを通して学んだことは日々の生活にも影響しますし、反対に自分の性格もレスリングに反映します。先ほど本能で生きていると言いましたが、私は小さい頃から何でもテキパキとしたい、せっかちで負けず嫌いな性格。例えばクレーンゲームでこの人形が欲しいと思ったら、いくらかけてでも取れるまで続けます。ものすごい集中力で挑みますが、取った人形をかわいがるというわけではなくて(笑)。取ることができたらそれで満足なんです。それだけひとつのことに執着してしまう。言ってしまえば自分のことしか考えていない自己中な性格なのですが、ありがたいことに周りの方に支えられてここまでやってきました。

■人生一度きり。やりたいことに集中する

時には練習を休みたいと思うこともありますが、私には監督や仲間がいます。後輩たちが一生懸命練習している中で私が休むわけにはいきません。勝つためには練習が不可欠で、後輩たちの見本となる必要もあります。夢や目標に向かって厳しい練習を乗り越えた結果が金メダルだと思いますし、それは監督や仲間、応援してくれる人たちのおかげでもある。その人たちのためにも頑張ろうと思います。

人生は一度きりだから自分のやりたいことに集中する。これは私のモットーです。今しかできないことはたくさんあって、私にとってのそれがレスリングなんです。ですから悔いのないようにやりたいですね。読者の皆さんも、ぜひやりたいことを見つけ、続けてほしいです。考えすぎず、もっと本能的に。

夢や目標があると、人はそれに向かって頑張れます。とくにこれからは女性が大活躍する時代ですから。私も自分の目標に向かって、さらに突っ走りたいと思っています。

(レスリング選手・指導者 吉田 沙保里 構成=富岡麻美 撮影=佐々木 康 写真=時事通信フォト)