「ハードウエアのシリコンバレー」とも呼ばれる深センのハイテクパーク(資料写真、出所:)


 前々回および前回は、中国ベンチャー市場を読み解く上での第2のキーワードとして、「様々な創業アイテム」をご紹介し、「伝統的な領域」から「イノベーション領域」に至るまで、中国ベンチャー市場の創業アイテム(業種・テーマ)が大きく5パターンに大別されることに触れた。

(前回)「中国発ベンチャーが『技術力』で世界に進出し始めた」
(前々回)「ラーメンからITまで、幅広い中国成長企業の顔ぶれ」

 では、それらの創業アイテムを用いて起業しているのは、どういった人々なのであろうか? また、中国ではどれくらい起業が盛んなのであろうか? 今回は第3のキーワードとして、「万人の創業+絶え間ない人材の流入」をご紹介したい。

中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(出所: Legend Capitalとの討議よりDI作成)


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中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(3)万人の創業+絶え間ない人材の流入

「大衆の創業・万人の創新」

 中国ではここ数年、「双創」(2つの「創」)という言葉を耳にする場面が増えてきている。その2つの「創」とは、「大衆創業・万衆創新」(大衆による創業・万人によるイノベーション)を指す。起業ブームを加速させ、起業を通じたイノベーションが、今後の中国における成長の原動力になる、という趣旨のスローガンである。

 2014年9月のダボス会議において、李克強首相により初めて提唱されたこのスローガンは、毎年の政府活動報告でも繰り返し強調されている。

 北京市海淀区(“中関村”)・広東省深セン市(“華強北”)といったモデル特区、清華大学・上海交通大学といった教育機関、アリババやハイアールといった有力企業を含む計92カ所が、国務院の指定するモデル基地として選定され、税優遇(個人に付与される株式インセンティブの税優遇や、ベンチャー投資を行う法人への法人税軽減等)や土地・新規企業登録の簡易化といった優遇を受け始めている(2017年6月末時点)。また、各地に「衆創空間」と呼ばれるコワーキングスペースは4000カ所近く誕生したと言われている。

「大衆創業・万衆創新」のスローガン


 なお、やや余談にはなるが、政府がここまで起業促進に力を入れる背景の1つに、重厚長大型産業・国営企業の失速に伴う失業者増があると見られている。つまり、サービス業を中心とする新規産業をその受け皿としたい、という意図があるというのだ。

 過去に、アリババ上の個人間電子商取引に課税をしようという政府の動きがあった際も、最終的にはアリババの唱える「失業者防止のロジック」に政府が乗り、取りやめとなったと言われている。確かにアリババは、3000万人の雇用創出への貢献をしきりに強調している。

 こうなってくると、起業家と政府の間で「雇用創出」は、1つの交渉カードになりうるのだろう。配車アプリの滴滴出行に至っては、2016年に提供した1750万件の雇用機会のうち、238万人(14%)が「過剰生産能力削減対象となる業界」からの転出者であり、88万人(5%)は「退役軍人・元軍人」であると明示的に主張。政府にとって頭が痛い2つの失業問題にストレートに訴求している。また、「小猪短租」「途家網」といった民泊大手からは200万人、フード宅配大手からも100万人の雇用が創出されていると言われ、政府による規制が観測されやすい業界で、水面下での駆け引きに利用されている可能性がありそうだ。

【巨大人材プール 20万人の「新卒起業家」】

「起業のマグマ」はボトムアップ、つまり人材プールの面でも溜まりつつある。ここでは、日本では見られにくい、中国ならでは2つの現象をご紹介しよう。

 1つは、大学卒業してすぐに起業を選択する「新卒起業家」の存在である。中国では、2016年には765万人が大学を卒業したが、実にそのうち3%にあたる23万人が、就職せずに起業の道を選んでいると言う。

 もちろん、それらの全てが成功するわけではなく、むしろ中国VC業界では、95%以上の新卒起業家は失敗すると言われている。ただ、起業家のプールの大きさを窺い知ることができる1つの数字としては参考になるだろう。

中国における年間大学卒業生/新卒創業者推移(2010〜2016年)
(出所: 2016年中国大学生就業報告)


【巨大人材プール◆40万人の「海亀」】

 そして2つめが、「海亀」の存在である。海外滞在(現在は欧米中心)を経て中国に戻って来た「海外留学組」を「海帰」と呼ぶのだが、中国語の発音が同じ「海亀」の字をあて、「中国国内叩き上げ組」を指す「草根」とペアで使われることも多い。

 2001年には中国からの出国者は8.3万人で、うち中国への帰国者はわずか14.6%にあたる1.2万人であった。10年前までは海外留学して、わざわざ中国に戻る理由がなかったのである。これが、2010年には28.5万人の出国に対し47.3%の13.5万人が帰国、2015年には52.4万人の出国のうち78.1%にあたる40.9万人が帰国を選択するまでになっている。年間40万人の「海亀」が誕生しているのである。

 日本の「大学卒業者全体」が56万人であることを考えると、海外在住経験があり、語学も堪能な「海外留学組」だけで40万人が毎年輩出されるというのは、中国の人材プールの大きさを実感せざると得ない。

 当然ながら、こうした40万人のうち、全ての人間が起業を選択しているとは限らない。一方で確実に言えるのは、欧米系グローバル企業やプロフェッショナルファーム(戦略コンサルティングや投資銀行)勤務の好待遇を捨ててまで、さらなるアップサイドを求めて帰国するエリート組が一定数存在し、起業ブームに彩を添えていることだ。

 なお、欧米留学組ほどのインパクトはないが、日本留学組でも同様の傾向は起こりつつあると筆者は感じている。もしかすると読者の中にも、昔の中国人部下に久々に再会したところ、いつも間にか一国一城の主になっていた、自分より偉くなっていた、という体験をしたことがある方も少なくないかもしれない。

中国における海外出国者/帰国留学生の推移(2001〜2015年)
(出所: Nomura Institute of Capital Market Research)


【1日平均1.2万社が誕生する中国】

 結果として、中国では年間440万社、1日平均にして1.2万社が誕生していると言われている。(参考:前回記事でご紹介した深センは月2.5万社(年間30万社ペース)であるので、中国全土の1割弱だったということになる)

 ここから、第3回記事(「毎日ビリオネアが誕生、スター経営者を輩出する中国」)でご紹介した「スーパースター」、つまり大型上場企業やユニコーン(中国128社、米国103社、日本1社)へと続く熾烈な競争が繰り広げられていくことになるのだ。

中国・米国・日本における新設企業数の推移(2010年〜2015年)
(出所:中国国家工商行政管理総局、米国労働省、東京商工リサーチ)


【4タイプの成功パターン】

 さて、ここまではマクロな創業環境を見てきたが、もう少しミクロに、中国ではどういった創業者のタイプがあるのかを見ていこう。

 Legend Capitalによると、中国において成功しているベンチャー企業の創業者のバックグラウンドは、4つに大別されるという(下の図)。

中国で成功しているベンチャー企業の創業者のバックグラウンド:大きく4パターン
(出所: Legend Capital資料を基にDIリバイズ)


「 純粋な国内組“草根”」は、文字通り、一般庶民出身の人材である。レンタカーやラーメンといった「伝統産業」や、田舎向けポータルといった「中国固有モデル(独自課題の解決)」による創業が相対的に多く、泥臭いオペレーション・営業を得意とする。なお、こうした「伝統産業」であっても、創業アイテムとあまり関係ない創業者であるケースが多いことも注目に値する(レンタカーの神州租車は欧米系通信リース会社のディーラーだった陸正耀氏、味千ラーメンは創業者の潘慰氏が日本旅行のついでに発見し、外食業界の経験も全くない中で創業)。

「 中国出身プロフェッショナル」は、コンサルティングファームや投資銀行出身者による創業である。UCWeb(モバイルブラウザ)は、Legend Capital社員だった俞永福氏が意を決して転職、自ら経営幹部として飛び込んだ先であり、その後、推定20億ドル以上でアリババに買収される大成功を収めている。同氏は現在もアリババのエンタメ部門のトップという重責を担っている。

 また、以前の連載記事でご紹介したSocial Touch(ソーシャルマーケティング)創業者の張鋭氏は、「全国試験で広東省1位」「北京大学卒」「米国系投資銀行に新卒入社」という、現代中国におけるエリート像を地で行く新進気鋭の若手経営者だ。同社もユニコーン入り・上場を目前に控えている。「StartupはProfessionalよりもはるかにハイリターン。一度きりの人生、どちらを選ぶ?」という張CEOの言葉が、まさにこの「中国出身プロフェッショナル」の創業マインドを端的に表しているのではないか。

「 海外留学派“海亀”」は、前述の通り、海外滞在(現在は欧米中心)を経て中国に戻って来た「海外留学組」を指す。創業アイテムとしては「Copy to China」と、海外研究機関出身者による「イノベーション主導」が多い。前回記事でご紹介したDJI(ドローン)、ROYOLE(フレキシブルディスプレイ)等がこれに相当する。

 そして最後の「 “草根+海亀”」、実はこの組み合わせパターンが、中国において最も成功率が高いと言われている。

 本連載でもたびたび登場する滴滴出行(配車アプリ)もまさにこのパターンと言える。CEOの程維氏は、1983年に江西省の平凡な家庭に生まれ、7年間のアリババ勤務で鍛えたオペレーション能力を強みに創業。まさに“草根”である。そこに2014年にIR・財務・戦略的提携統括として合流したのが、1978生まれでLegend Holdings会長の愛娘である柳青氏。2000年北京大学卒業、2002年ハーバード大学修士修了、2002年から2014年までゴールドマンサックスに勤務し、アジア投資部門のパートナーにまで上りつめた輝かしい経歴を持つ。中国最大配車アプリという大規模なオペレーションは程維氏なしにはありえないし、一方で、アップルやソフトバンクグループからの多額の出資、Uber Chinaとの合併交渉成功は柳青氏なしにありえなかっただろう。

 また、海外ゲームのパブリッシュを起点に成長を遂げたモバイルゲームのiDreamSky社も、この草根と海亀の組み合わせで成功している。同社の詳細なケーススタディを元に、草根と海亀の役割分担について詳説した以前の連載記事もご興味ある方は参照されたい。

「草根」と「海亀」の対比


 今回は「ヒト」を中心に、「万人の創業+絶え間ない人材の流入」を見てきた。次回は「カネ」を中心に、第4のキーワード「豊富な資金調達環境」を見ていこう。

 最後に

◎ドリームインキュベータ・小川より

「万人の創業」というテーマは、ベンチャー業界にとどまらず、中国「全体の経済」動向を左右する動きだ。ご存知の通り、中国経済は、不動産バブル・ゾンビ国有企業の整理など、行き過ぎた投資先行型経済のツケを払わされている。政府も「日本のバブル崩壊と、失われた20年」を繰り返してはならぬと、ドラスティックな不良債権処理を進めているところだ。

 このマイナス要素を吸収し、なおかつ中国全体のGDPを6%台に届かせるエンジンが、「万人の創業」そのもの。「ゾンビ企業退治」と「万人の創業」のどちらが勝つかで、中国が今後も成長できるかが決まると言っても過言ではない(中所得国の罠を抜け出すキーとも言える)。

 われわれも、中国経済の悪い側面(ゾンビ退治)だけでなく、成長エンジン(万人の創業)の動向に目を配る必要があるだろう。

◎Legend Capital・朴より

 創業人材の輩出源としてもう1つ、忘れてはならない存在があります。BAT(バイドゥ・アリババ・テンセント)を中心とするスーパースター企業です。バイドゥは、新会社の株式を30%以上保有可能ならば、自社社員が外部VCを入れてスピンオフしても良い制度を、テンセントは自社出身者にのみ出資するファンドを、それぞれ用意しています(※次回記事で詳述予定)。これだけ見ると、さすが中国のネット大手は先進的で、先見の明があると思われる読者もいらっしゃるでしょうが、実態は、「止むを得ず」という側面もあるようです。つまり、「人材は流出するものだ」という前提の上で、自社の利益最大化を迫られているのです。これもまた、中国の起業熱を物語るエピソードと言えるのではないでしょうか。

この記事のまとめ: 中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(3)万人の創業+絶え間ない人材の流入
 ●巨大人材プール: 20万人の「新卒起業家」、40万人の「海亀」
 ●1日1.2万社が誕生
 ●創業者のパターンは大きく4つ:
  ・“〜雕”、”中国出身プロフェッショナル”、”3さ機
  ・投資家が最も好む ”ち雕+海亀”(国内組と留学組のタッグ)
 ●人材流出(創業)を前提とした制度設計:
  ・バイドゥ:スピンオフ容認制度、テンセント:OBにだけ出資するファンド

(筆者プロフィール)

板谷 俊輔
ドリームインキュベータ上海 董事兼総経理
東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科修了後、DIに参画。
北京大学外資企業EMBA。
エンタメ・デジタルメディア・消費財分野を中心に、大企業に対する全社改革(営業・マーケ改革、商品ポートフォリオ再構築、生産・購買コスト削減、組織改革、海外戦略見直し等)から、ベンチャー企業に対するIPO支援(事業計画策定、経営インフラ整備、常駐での営業部門立ち上げ、等)まで従事。現在は、DI上海に董事総経理として駐在し、現地政府・パートナーと連携しながら、日系大企業へのコンサルティングと中国・アジア企業への投資・事業育成を行う。

小川 貴史
ドリームインキュベータ上海 高級創業経理
東京大学工学部卒業後、ドリームインキュベータに参加。
主に、新規事業の戦略策定およびその実行支援に従事。 製造業(自動車/重工/素材)を中心に、IT、商社、エネルギー、医療、エンターテイメント等のクライアントに対し、構想策定(価値創造と提供における新 たな仕組みのデザイン)から、事業モデル/製品/サービスの具体化、組織/運営の仕組みづくり(実現性を担保したヒト・モノ・カネのプロデュース)、試験 /実証的な導入まで、一気通貫の支援を行っている。複数企業による分野横断的な連携や、官民の連携を伴うプロジェクトへの参画多数。

朴焌成 (Joon Sung Park)
Legend Capitalパートナー、エグゼクティブディレクター
韓国延世大学校卒業、慶應義塾大学MBA及び中国长江商学院MBA修了。延世大学在学中には、University of Pennsylvania, Wharton Schoolへの留学経験も持つ。
アクセンチュア東京オフィスを経て、Legend Capitalに参加。Legend CapitalではExecutive DirectorとしてEコマース、インターネットサービス、モバイルアプリケーション、コンシューマーサービス分野での投資を積極的に行う。韓国語、日本語、中国語、英語に堪能。
Legend Capitalは、レノボを含むLegendグループ傘下の中国大手投資ファンドで、ファンド総額は50億米ドルを超える。特にインターネット・モバイル・コンテンツ分野および消費財分野に強みを持ち、350社以上への投資実績がある。日系大手企業のLPも多数。

筆者:ドリームインキュベータ