いつの間にか世間に普及した言葉の1つに「ビッグデータ」があると思います。

 日本の場合、どうして「いつの間にか」だったかと言うのには理由があります。この言葉が明確に意識して喧伝されるようになったのは2011〜2012年にかけてのことで、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故で大変だった時期で、日本社会の耳目が必ずしも向かなかった。

 7月20日、PWC(プライスウォーターハウスクーパース)がリンクのようなセミナーを行います。定員数の少ないものですが、ご興味の方はお運びになられればと思います。

 「ビッグデータを活用した新たな経済指標〜経済産業省 IoT推進のための新産業モデル創出基盤整備事業〜」

 このセミナーそのものではなく、この母体となる経済産業省の「IoT推進のための新産業モデル創出基盤整備事業」の進展は、数年前から一定承知をしています。実は昔の学生が担当官として、立案段階から個人的に相談を受けていたというもので、当人もすでに部署を離れて数年、問題ないと思いますので、舞台裏を少しお話してみたいと思います。

 先に結論を言ってしまうと、「ビッグデータ関連は、お金を出す立場としては必ずしも割の良い買い物になるとは限らない」ということです。

 「IT革命」「eラーニング」「クラウド」「ビッグデータ」・・・。喧伝されブームとなったキーワードには、多くの場合背景があり「狙い」があるものです。

 「ビッグデータ」というキーワードの賞味期限がいつまでかは、議論の分かれるところと思いますが、明らかに分の悪い「PigData」解析が混ざっているのは間違いありません。その分別を持って対処する経営判断が重要と思います。

 あくまで想像ですが、上にリンクしたセミナーなどでも、最も新しい見解として、そのような方向性が語られる可能性があると思います。

 以下では、比較的分かりやすい1つのシナリオとして、ビッグデータ・ビジネスの起源と狙いを検討してみたいと思います。

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リーマンショックとオバマ政権

 2008年9月15日、すでに9年も経過しているのか、と隔世の感がありますが、米国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に、グローバル金融は危機的状態に陥りました。

 いわゆるリーマンショックで、翌月には米国のジョージ・W・ブッシュ大統領が7000億ドルの金融支援法案に署名し、危機回避に乗り出します。

 前年のサブプライム住宅ローン危機に端を発し、21世紀米国の共和党が牽引したネオコンサーバティブ・バブルが崩壊。日本への影響は当初こそ軽微でしたが、その後の景気後退、実体経済収縮の大きな要因となりました。

 住宅バブルの原因を作った「戦犯」の1人として、アラン・グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長の名がしばしば挙げられます。1987年8月、ロナルド・レーガン大統領に指名を受けての着任、直後に「ブラックマンデー」(87年10月)を乗り切ったグリーンスパン議長は高い評価と信頼を受けます。

 翌年着任したブッシュ父大統領政権下で再任、さらに1992年の大統領選に勝利した民主党ビル・クリントン政権のもとで3選、4選。

 21世紀に入り第2次湾岸戦争で混乱するブッシュジュニア政権下の2004年、史上例のない5選を果たし、約20年間にわたってFRBを率いました。

 含みの多い多弁で市場を幻惑するマジックによって金利を望ましい水準に誘導、「マエストロ」「マネタリー・ケインジアン」などの異名でも知られましたが、2006年1月をもってその職を離れます。

 次いでFRB議長に就任したのは、ミルトン・フリードマンの信奉者として知られ「ヘリコプターで札束をばら撒け」の言葉で知られる「ヘリコプター・ベン」こと、ベン・バーナンキ・プリンストン大学経済学部教授でした。

 彼の着任の翌年にサブプライム、そして2年目の秋にリーマンショック、ここからゼロ金利政策など徹底した金融緩和を実施、それが今日の日本にも直接波及しているのも、いまさら言うまでもないでしょう。

 そしてこの2008年金融危機の最中に行われた米国大統領選挙でアメリカ合衆国第44代大統領に就任したのが、バラク・オバマその人でありました。

リーマンなくしてビッグデータなし

 話をビッグデータに戻しましょう。結論から言ってしまえば、2011年からのビッグデータ・ブームは、グローバル金融危機の煽りを受けた米国系IT大手にとっての「次のバス」で、「情報地主」が自ら手にする庭場をどうビジネス転用するか、という観点から見ると、非常に見通しが良くなります。

 1995年のIT革命から5年、2000年春にはすでにインフラ景気は終わり、次のブームの模索が本格化しました。

 IT革命10年目からはクラウドが言われ、IT革命15年目、危機に直面するオバマ政権が既存の情報産業保護の観点からも推進した1つとして「2010年台の」ビッグデータ・ブームを見ることが重要です。

 「見えないものが見たい!」

 これは誰でもいつでも思うことです。マゼランもコロンブスも世界一周し、ケプラーやニュートンは惑星の法則を探りました。

 私が東京大学に着任した1999年はいまだITインフラ構築の最中で「ネットワークの全体がどんなふうになっているのか知りたい」というニーズがありました

 まだ初期でしたので、原子核理論で用いるランダム行列の対角化モデルなどを使って考察してみたことがあります。いまだ牧歌的な時代でした。

 それが5年経ち、クラウドのブームが起こり、山を越す過程で金融危機が起こり著しい退潮の向かい風が吹くなか、SNSの繁茂が始まりネットワークは別の社会的な横顔を見せるようになります。

 従来はブログを開設するようなヘビーユーザに限られていたネット行動が、およそ広範に見られるようになる。モバイル化、スマート化の進展で、この傾向にはさらに拍車がかかります。

 そうしたなか、IT業界は必ずしも今まで価値を見出してこなかった、膨大な過去ログに有効な活用法はないかと考えます。当然のことでしょう。

 ここにはもう1つ、デリケートな問題がありました。ユーザの個人情報です。

 ネットユーザが様々な情報行動を取る。その中には当然ながら莫大なプライバシーの塊で、それを勝手に集められ、トレースなどされたら、たまったものではない、という意見も当然のことと言えるでしょう。

ビッグ「データ」は割りの良い買い物か?

 ともあれ、このような背景のなか、就任早々から危機対応を迫られたオバマ民主党政権のもとで「ビッグデータ」ビジネスが喧伝されるようになったこと、米国政府が旗を振れば、当然ながらそれは日本の官庁に直接移植され、経済産業省の施策としても

 「ビッグデータを活用した新たな経済指標〜経済産業省 IoT推進のための新産業モデル創出基盤整備事業〜」

 といったものが選ばれていく。分かりやすい話です。

 さてここで現実に目を向けてみましょう。実際にデータバンクなどで「ビッグデータ」を扱った経験がある方なら100%同意されると思いますが、データテイクの段階で整理されていない、雑多な母集団を相手に、まともな結論を得るべく「ビッグデータ解析」を実施しようとすると、データ洗浄の類にどれくらいの手間がかかるか?

 手間は手間だけでなく、時間とコストも当然ながら同時に意味します。さらに、そこから導かれる結論は、必ずしも新規性の高いものではなく、従来データとよく符合している、といったケースが珍しくない。

 そのような結論を、あたかも未来予測が可能であるかのごとく誤解する経営者もあって、その結果、微妙にギャンブル的な経営判断が下される場合があります。私は長年、こうした現象を「デジタルおみくじ」と呼んできました。

 「莫大なツイッター情報を解析した結果、きしくも正確に***が予測」できれば結構ですが、そうではなく、「***」と一致するように、統計を使って後からお話を作ることができました・・・というのは、マクロとか統計とか扱う人はどなたでもご存知のとおりでしょう。

 実は小説を書くように、どのようにでも後から「創意工夫」できてしまうのです。

 「Garbage in garbage out. (ゴミを入れればゴミが出る)」とは、計算機界隈で昔からよく言われることで、ありもので「ビッグデータ」と称される大半は、実は雑多なトラフィックの塊で、情報ゴミの山と言っても大きく外れないと思います。実際、そういう実務に携わる人からため息を聞かされます。

 あまり強調されれませんが、オバマ政権が「ビッグデータ」を言い始めるのと、ドイツのアンゲラ・メルケル政権が「Industry4.0」を言い出すのはほとんど同時でした。

 欧州はアメリカの「PigData」もといビッグデータ商法(と見ているケースが少なくありません)を徹底して疑問視し「BigData Crisis(ビッグデータ危機)」とまで言い切る論者も珍しありません。

 ルクセンブルクにある欧州連合統計局は今日の情報ネットワーク状況に対処する「smart statistics(スマートスタティスティックス)」を推奨し、ビッグデータという用語は米国系既存情報地主の偏利が強い用語として回避する傾向があります。

 前回「日経ビジネスオンライン」の連載開始から11年、初めて数式を使って記事を書いてみましたが、予想通りおよそビューが伸びませんでした(苦笑)。

 11年前、私が経済コラムを書き始めた最初の話題はノルウェーやルクセンブルクなどEUの「まっとうな」経済戦略を参考に、「日本も賢明な戦略を採るべきではないか?」というもので、いまも全く変わりがありません。

 変化したのは、その間、欧州でも米国でも友人知己が増え、両国の政策立案に関わる彼ら彼女らと正規に意見交換の場を持つようになったことです。

 こうした観点から、続稿ではドイツがどう「ビッグデータ」や「IoT」の語を選択的に拒否し、スマート・スタット、スマート・ファクトリーなどに実現=インダストリー4.0を推進しているか、具体的に見てみたいと思います。

 ざっくりと言うなら、本質は、知財の問題にほかなりません。

筆者:伊東 乾