「久しぶりに訪れた東京で、身体に稲妻が走った」
樋口千紗


樋口千紗さんは、エキゾチックで神秘的な雰囲気を湛えた美女だ。ひとめ見た瞬間、夜な夜な手のひらに水晶玉を載せて宇宙の行く末を占う千紗さんの姿が思い浮かんだ。
けれども、インタビューの間の雑談では、ややハスキーな声で関西弁のキレッキレのトークが始まる。この人、めっちゃ頭いいと思うと同時に、ルックスとトークのあまりのギャップに膝が笑った。




ギャップといえば、千紗さんが歩んで来た人生にも大きなギャップがある。現在の姿から、彼女がかつて公立中学の英語教師だったことを誰が想像できるだろう。
公立中学の教員からミスコンのファイナリスト、そして様々な肩書きを持つ起業家になるまで、ほんの数年だ。激動の数年間を、語ってもらおう。

「高槻という大阪のベッドタウンに生まれて、京都の大学に通って教師になりました。水泳部の顧問をやったり、仕事も楽しんでいたし、大阪から出るつもりはまったくなかったんですよ」




しかし、久しぶりに遊びに来た東京で天啓を受けた。ここに来るべきだと、心にビビビと稲妻が走った。

「カフェとか建築とかすごくスタイリッシュで、うっとりしたんです。同時に、ここはチャンスの塊だ、出会うべき人と出会うチャンスがある街だと感じたんです。何の根拠もないけれど、確信しました」

そこからの動きは早かった。3月の卒業式で教え子を送り出すと、4月と5月に下見を重ね、広告関係の会社に職も見つけた。早くも6月には東京で暮らしていたというが、東京に来たことで千紗さんの人生の針路は大きく変わった。




創造力が磨かれる代官山の蔦屋書店


「東京で暮らし始めてから、ミス・グランド・ジャパンというミスコンに出会ったんです。話は前後しますが、私は大学時代に社会福祉を学んでいて、そこでミスコンのドキュメンタリー映画を見たんです。

ミスコンに憧れたんですが、161cmという身長がコンプレックスで、一度は諦めました。でもミス・グランド・ジャパンの“STOP THE WAR.”“PEACEの使者を送り出す”というコンセプトを知って、ちっぽけなコンプレックスで夢を諦めていたことがばかばかしくなったんです。そこで、ミス・グランド・ジャパンに応募しました」

ミス・グランド・ジャパンの優勝者が参加するミス・グランド・インターナショナルは、いまや世界三大ミスコンに迫る規模の大会になっている。なぜ短期間で女性たちの支持を集めたかといえば、ただ美しさだけでなく、健康美やスピーチの内容など、人間の品格が評価基準であるからだ。


ミス・グランド・ジャパンで20名のファイナリストに残ると、そこから人生が動いた!




千紗さんは、2015年のミス・グランド・ジャパンで、見事に20名のファイナリストに残る。学生時代からの漠然とした憧れが形になると、そこからさらに人生が動いた。

「少し自信がついたのか、ミス・グランド・ジャパンをきっかけに、5つのミスコンに出て、日本代表に3度選ばれました。遊びに行くのも含めて2カ月に一度は海外に行くようになって、自分でもこんなに変わるものかと(笑)。

こうしてミスコンの経験を積むと、ウォーキングとかメイクとか衣装とか、世界基準のノウハウが身につきます。今度は、そのノウハウを教えるような役割が回ってきたんです」




現在、千紗さんの仕事はウォーキングの指導とインポートドレスの販売が二本柱だという。ほかに、ミスコンの審査を手伝ったり、大学や美容関係の講演を行ったり、活動は実に幅広い。

そんな千紗さんが、一番東京らしいと思う場所は代官山 蔦屋書店だ。

「インポートドレスはオンラインショップなので、PC1台で仕事ができます。蔦屋書店には海外のファッション誌も多いので、疲れた時にページをめくるとインスピレーションが湧いてくるんですね。テラスの雰囲気も開放感があって好きだし、ここで仕事をしていると感性が刺激されます」




女性が自由に働き、意見が言える世の中に


銀座にも千紗さんが輸入したドレスを扱う店がぽつぽつと増え始め、撮影用のレンタルも増えている。ミスコン関係の仕事も充実しているし、順風満帆だ。けれども、千紗さんはもっと遠くを見ている。

「10年後に、海外で暮らしている自分をイメージしています。日本のネイルサロンの実力って世界的に見てすごく高い。これを海外の富裕層向けにアレンジしたり、実家が無農薬野菜の農家だったこともあって食のビジネスのアイデアがあったり、自分の可能性を拡げたいと思っています。こんな風に前向きに考えられるようになったのも、東京に来たから。あの時の根拠のない決心は、間違いではありませんでした」

千紗さんの、もっと事業を拡げて自分の思うように生きたいという健康的な野心は、聞いていて気持ちがいい。




「でも、産休がとれないとか世の中はまだ女性に厳しいじゃないですか。ミス・グランド・ジャパンで学んだことですが、女性が自由に働き、意見を言えるような社会が理想だと思うんです。だから仲間を集めてチームを作って、どんどん前に出て女性が元気になる環境を作っていきたいんです」

こう力強く語った千紗さんは、録音レコーダーが止まると、「食い詰めたら何をやろうかと思ってんねん」と、大阪のおばちゃん風(と呼ぶにはあまりに若すぎるが)に戻った。そのギャップは、なかなか悪くない。