テナント募集の文字が寂しい……

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「なんか、かねやすが閉まってるよ」

 そんな話を人づてに聞いたのは春頃のこと。

「本郷も かねやすまでは 江戸の内」

と長らく伝えられ、その言葉を記した看板もある、本郷三丁目角のかねやす。確かめに行くと、確かに閉まっていた。江戸の始まりから400年以上も続く老舗もついに……と感慨深くなりつつも、多くの人はこう言う。「ところで、なんの店でしたっけ?」と。

 江戸時代、元禄年間には歯磨き粉の製造販売でにぎわったという店舗。今は雑貨屋だったと思うのだが、「洋品店じゃない?」「カバン屋だったかな」と、人の記憶は曖昧なもの。

 筆者もそうだが、店に足を踏み入れたことがあるという人は、まったく見ないのである。ともあれ、店は閉まっても7階建てのビルの名前は「かねやすビル」。掲げられた川柳も容易に失われることはなさそうだ。

 これが象徴というわけでもあるまいが、いま本郷で起こっているのは「フツーの街」化という現象である。

 本郷といえば、まず目立つのが東京大学。それを中心として、味のある店や人々が住まう地域が広がっていた。だが、21世紀、それも2010年代に入ってから、過去のものになろうとしている。

 明治時代そのままの建物で下宿屋として営業していた本郷館も、11年に消滅。文化財になる可能性を指摘される建物も、こんな都心にあっては保存よりも土地の有効活用の声にあえなく敗北。

 続いて消えているのが、旅館街。元は明治の下宿屋の流れを組むような本郷近辺の旅館。

 今どき都心にありながらビジネスホテルとは違う、これぞ商売人が泊まる旅館という雰囲気を味わわせてくれる貴重なスポットであった。それも、ほぼ絶滅危惧種に近い。そんな中で、やたらと味のある鳳明館は頑張っている。ふと泊まろうと思うと、いつも満室が続いているから、はやってはいるのだろう。このまま、末永く続いてほしいものである。

 そんな変貌する本郷の街で、もっとも減ったのは古本屋であろう。かれこれ20年くらい前までの本郷の印象といえば、本郷通りを東大に面して並ぶ古本屋だったはず。通りを一本入っても、まだ古本屋があったりして、神保町、早稲田と共に、本を漁るには欠かせない場所だった。でも、もう古書はネットでピンポイントで探す時代。かつての古本屋も、どんどん飲食店へと姿を変えているではあるまいか。

 それどころか、新本のほうも。「ここなら、東大生も多いし流行ってるんだろうな」と思っていたブックスユニ本郷店も昨年消滅し、携帯ショップになってしまったではないか。

 やはり少しずつ、このあたりにも進出してきたマンションの影響なのだろうか。次第に本郷は学生街としての色を薄めて、単なる街へと変わっているのである。

 今年の4月には近江屋洋菓子店本郷店も消滅。もともとサブカル受けする店だったこともあってか、営業最終日には、必死に写真を撮ってる人たちも多数。でも、飲食関係で「これで、本郷も終わりか……」と思わせたのは14年のカフェテラス本郷の消滅であろう。

 この店、まさに学生街でなければあり得ない店舗。カレーの大盛りを頼めば洗面器サイズ。オムライスを頼めば王蟲の子どもみたいなのが……。それも、もはや幻である。ここで例会していたサークルも多かったハズなのだが、どうなったんだろう?

 もはやフツーの街として埋没していく本郷。隣接する春日では、超巨大な再開発計画も進行中。その完成によって本郷だけでなく、昭和どころか明治の香りすらあった文京区の味は、どんどん失われていくことになるだろう。

 カフェ本(カフェテラス本郷の愛称)もなくなった本郷に、もはや訪れる価値などない……。
(文=昼間たかし)