Googleニューのリニューアルで何が変化するのか? 受動から能動に!興味・関心を取りに行く「セクション管理」の可能性とは

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6月末にリニューアルしたGoogleニュース。
これまでのテキストベースの見せ方から、見出し画像などのイメージを大きく入れたボックスを複数並べる、いわゆるタイルレイアウトを採用し、見た目がかなり今風になった。

こうした見た目の変化も大きいが、筆者が個人的におもしろいと思っているのが「セクションの管理」が自分でできるようになっていること。
この「セクションの管理」には、もちろんGoogleアカウントが必要だが、ユーザーが自身で興味や関心の高いテーマを設定することで、随時、ニュースサイトなどが配信する最新情報が確認できるようになっているのだ。

◎過度なパーソナライゼーションが起こしたフィルターバブル
パーソナライゼーション(personalization)こそが、ユーザーにとって有益な情報提示の方法だ。ここ数年、このベクトルで個人の趣味嗜好・関心に沿ったコンテンツ提供のアルゴリズムは発達してきた。

当初は、広告いわゆるアドテクノロジーが牽引してきた分野であるが、今ではECをはじめとしてソーシャルメディアにも導入されており、ネット全体を覆っている概念といえる。

たとえばAmazonのレコメンド機能がある。
購入履歴、閲覧履歴に応じて、ユーザーにおすすめ商品を提示する機能だ。
当初は「自分の嗜好が丸見えになって気持ち悪い」という声も多かったが、今では、多くの人がその情報提供スタイルにも慣れ、積極的に参照しているのではないだろうか。

Facebookのフィードでは、
「いいね」やシェアなどのアクティビティをもとに、ユーザーがより好んで読みたいと思うようなコンテンツをアルゴリズムが自動的に選択して配信している。

これは、一見、いや確かに「ユーザーファースト」だろう。
サービスが、ユーザーの望むものを提示する。ユーザーは自分の好きなもの、興味のあるものだけに囲まれて過ごすことができるからだ。

いまや多くの人が、朝起きて、スマートフォンやPCでメールやチャットをチェックする。
日々のニュースも特定のニュースサイトではなく、スマートニュースなどの情報がまとめられたキュレーションサービスで閲覧したり、FacebookやTwitterで目に入るリンクからアクセスしたりする人も多いだろう。

こうした情報は、(程度の差はあるけれど)パーソナライズされている。
つまり、私たちはサービス側が
「この情報、有用ですよ」
「あなたの気にいると思いますよ」
と、いったんふるいにかけた(フィルタリングされた)情報を提示されているということになる。

そして、それに満足していた。
しかし、その結果、何が起こったか?

最近問題になっているのが「フィルターバブル」だ。
人は、興味のあるものについて、より多くの情報を取得できるようになった。
しかし、一歩、それを外れたところにある情報にアクセスできなくなってしまっているのだ。

フィルターバブルとは、
自身の皮膜(バブル)の中に覆われて、外界から遮断されている様を表わしている。
本当の皮膜というより比喩的な意味の皮膜で、いわゆる「殻に閉じこもった」などの表現が近いだろう。

それで何が困るかというと、
他者との共感がどんどん少なく、薄れていくということがある。

たとえば、
会社の同僚や学校の友だちなど身近にいる人でも趣味嗜好が違えば、その人の知識ベース、持っている情報が大きく違ってきてしまうのだ。

これはちょっと怖いことで、常識や倫理、社会生活に必要なルールの根幹を脅かしかねない。

◎能動的に興味関心のあるテーマを取りに行く
しかも、こうしたパーソナライゼーションのシステムの中では、基本的に、システムが過去の個人行動の履歴から、自動的に判断する。
つまり、個々人は、その時点で自分では判断していない、自分で判断したと錯覚しているのだ。


今回、Googleニュースのリニューアルは、
能動的に興味関心のあるテーマを取りに行く「セクション管理」が可能になった。
これは、これまでのように、受け身的に情報を受け取るという状況を打開する動きになるのではないか。

一方で、「セクション管理」を利用することで、「興味関心のあるテーマを追いかけやすくする」という環境が生まれ、よりフィルターバブルを加速するのではないか?
と、思うかもしれない。

しかし、能動的に自分が管理するというところがポイントなのだ。

自分の興味のあるテーマやトピックだけでなく、自分が知っておかなければならないテーマを、自分の意志や意向で設定しておくことができる。

どのサービスでも、要は自分の使い方が重要になる。
今回の「セクション管理」で能動的な操作がとされることで、パーソナライズされない自分のチャネルを確保しておくことが可能になったことを意味しているのだ。

これは一昔前の、RSSやブックマークの時代に戻ったかのようだが、パーソナライゼーションに寄り過ぎた今のWebの世界において、ある意味、揺り戻しが起きているのかもしれない。

パーソナライゼーションは、なくなるべき、というわけではない。
便利な部分は便利な部分として活用し、それ以外に自分が判断できる場所を作っておくということが、今後、大切になってくるのではないか。


大内孝子