サイドからの突破だけでなく、中央でも様々な仕事を果たす。年々、プレーの幅を広げているロッベン。来シーズンの目標は主力の座をキープし、リーグ6連覇、そして02-03シーズン以来の欧州制覇を果たすことだ。 (C) Getty Images

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 本誌ワールドサッカーダイジェストと大人気サッカーアプリゲーム・ポケサカとのコラボで毎月お送りしている「レジェンドの言魂」では、サッカー史を彩った偉大なるスーパースターが、自身の栄光に満ちたキャリアを回想しながら、現在のサッカー界にも貴重なアドバイスと激励を送っている。
 
 さて今回、サッカーダイジェストWebに登場するのは、技巧的なドリブルと爆発的なスピードでサイドから切れ込み、強烈なシュートを突き刺すという必殺のスタイルで、対峙するDFを恐怖に陥れてきたオランダの強力ウインガー、アリエン・ロッベンだ。
 
 欧州中のビッグクラブを渡り歩き、行く先々で鮮烈な印象を残し、オランダ代表ではチームの牽引役としてビッグイベントでの好成績に貢献してきた。今なお、トップシーンで活躍し続ける偉大なる男のここまでの軌跡を、ここで振り返ってみよう。
 
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 1984年1月23日、オランダ北西部の町、フローニンヘンの郊外で誕生したアリエン・ロッベンは、幼い頃からサッカーを始め、その能力の高さは早くから人々の注目や関心を集めた。
 
 生まれた町のクラブ、ベドゥム、そしてフローニンヘンで技術を磨いた少年は、すでにこの頃から足にボールが吸いつくドリブルを体得し、ゴールに向かって突進していくプレースタイルを確立しつつあったという。
 
 順調に成長していったロッベンのプロデビューは2000年12月3日。当時、わずか16歳の少年はRKC戦で交代出場を果たし、そのキャリアをスタートさせた。
 
 ユースチームでのプレーと並行しながら、トップチームでは1年目でリーグ戦18試合(2得点)、2年目で28試合(6得点)に出場した彼は、国内でも注目の存在となっており、02年、390万ユーロの移籍金で国内の強豪、PSVに引き抜かれる。
 
 ここでは、加入1年目で自身初のリーグ制覇に大貢献。33試合出場・12得点という文句なしの成績を残し、リーグの最優秀ヤングプレーヤー賞という個人タイトルも獲得した。シーズン中の03年4月にはA代表にも初招集されるなど、ロッベンの勢いは増す一方だった。
 
 PSVでのキャリアは2シーズンで終了した。誰も止められない高速ウインガーを他国のビッグクラブが放っておくはずがなく、プレミアリーグのチェルシーが、マンチェスター・ユナイテッドなどのライバルを抑え、1800万ユーロでこの逸材を獲得することに成功したのだ。
 
 爆発的なプレーで相手を置き去りにするロッベンのプレーは、どの舞台でも十分に通用するものだったが、反面、そのスタイルが自身の身体に大きな負担を与え、また危険なファウルを誘発することから、彼のキャリアには早くから、怪我が付きまとった。
 
 そしてチェルシー加入のこの時期には、さらに大きな問題が彼を襲った。精巣の腫瘍、つまり癌が発覚したのだ。早期発見、そして的確な治療により、腫瘍は完全に除去されたが、この出来事はロッベンの人生観を大きく変えることになったという。
 
 チェルシーでは2度のリーグ優勝、1度のFAカップ制覇などに貢献。1年目は怪我が多かったものの、出場試合ではチームの攻撃力を劇的に向上させ、2年目はダイブ疑惑などでややネガティブなイメージがついてしまった。そして21試合に出場した06-07シーズンをもって、再びロッベンは移籍を決意する。
 
 慣れ親しんだロンドンでの3年間の生活に別れを告げ、次なる渡航先に選んだのはスペインのマドリード。世界最高のクラブ、レアル・マドリーに3500万ユーロの移籍金で加入し、ベルント・シュスター監督の下、1年目でリーガ・エスパニョーラ優勝を経験した。