なぜ妻に口ごたえすると痛い目に遭うのか

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数年、結婚生活を送っている人なら、妻に歯向かうと悲惨な結果になることは嫌というほど味わっているはず。とはいえ、それはなぜなのか。解剖学者とノンフィクション作家、「人間」をよく知る2人に解明してもらった。

■反論して晩飯が食えないのは、割にあわない

――「いくら理不尽でも、妻から言われたことに、夫が口ごたえすると大変なことになる。結局、聞き流すほうがいい」。プレジデント編集部員は、数十年の夫婦生活を経て、そんな結論にたどり着いたというんですが。

【養老】気がつくのが遅いよ(笑)。

【高橋】うちは、私が怒ると、妻から100倍の怒りが返ってくるんです。でも、結果として「その通りだ」と思うことが多いんです。というのは、観察力、記憶力、決断力、すべてにおいて彼女のほうが優れていますから。私の妻は、仕事上のパートナーでもあるので、原稿にも目を通します。すると、「ここからここまで全部いらない」とか、一生懸命書いたものに対して、結構きついことを言われるんですね。そのときはカチンとくるんですけど、冷静になって考えると「確かにそうだな」と。1000回に1回ぐらい、自分のほうが合ってることもあるんですが、そんなの稀ですから、調子に乗らないようにしていて……。

【養老】女房に最初やられたとき、こういうプリンシプルで一生やられたらかなわないなと思った。それで妻を変えようとするじゃない。そうすると、ものすごい反応があって、晩飯が食えなかったり、茶碗が割れたりした。だから反省したわけです。これは割にあわないと。コスト計算すると、僕の考えを変えたほうが安くつく。だから今は、何ごとも「奥様のおっしゃる通りでございます」。

【高橋】私が刃向かったり、反論したりすると、そのことが彼女の記憶のアーカイブのなかにきちんと保存されるんですね。こっちはすぐ忘れちゃうんですけど、向こうは全部覚えている。だから、一度暴言を吐くと、取り返しがつきません。

【養老】記憶は感情に結びついている。強い感情に結びついた記憶は10年たっても残るんです。その傾向は女性のほうが強い。男のほうが抽象的で適当に生きている。男と女では、持っている情報量が何ケタも違います。

【高橋】女性は感情の波がありますね。こちらはボーッとしていて記憶に残らないけど、彼女は怒ったり、泣いたり、嬉しかったり。そのたびに記憶が入力されていく感じがします。

【養老】女性のほうが、感情の波があるというのは、その通りなんです。それは女性ホルモンが関係してくる。だからしょうがないんです。

【高橋】しょうがない!

【養老】男がコスト計算すればいいんです。向こうをどうこうしようという前に、自分を変えるほうがいい。何しろタダだもん。

──でも割り切れない人も多い。

【養老】個性だ何だ、世の中が言うから悪い。そんなもんないと思えば、何ごとも「奥様のおっしゃる通りでございます」とできるんです。第一、間違ったことを言ってこっちが変なことになったら、向こうも困るんだからね。でも大体間違ってないですよ。「あいつの言うことを聞いてひどい目に遭った」というのはない。

【高橋】むしろ私には、妻がいなくなったら生きていけるのかという恐怖があります。今後もお付き合いいただくには、サステナブルというか、持続可能な関係でありたい。そう考えると、こちらが口ごたえして、彼女のアーカイブの中に私の汚点を残すような真似はしたくないんです。

■聞きたくない話は、むしろ「積極的に聞く」

――夫が、プライドを捨てて頭を下げるにはどうしたらいいんでしょう。

【養老】僕なんて全然問題ないです。好きな虫とりをやってれば非常にハッピー、後は全部譲ってもいい。世の中には奥さんに眉をひそめられてる虫マニアもたくさんいる。そこはお金があるとか家が広いとか、余裕が必要なんです。僕が若い頃は、大学の先生の夫婦喧嘩といえば8割は経済問題。虫を飼うのも「家が狭いのに、邪魔だ」という話になる。僕は、その余裕をつくるため必死で働いているんですよ。働くモチベーションって大事でしょ。

【高橋】おお、モチベーションに!

【養老】今非常に怖いのは、妻がクイーン・ヴィクトリアでクルーズに出るから、僕に一緒に行けって言うんです。船の中に閉じ込められるって、それって、警官と泥棒が一緒にいるみたいでしょう。

【高橋】私は家が仕事場ですから、妻といつも一緒です。冗談でなく、密室で一日26時間くらい話をしている感じで、そこで鍛えられてるところがあります。

【養老】ほう、それはすごいね。

【高橋】最初は、彼女が話しかけてくると「ああ、そう」と聞き流していました。でも、ちゃんと聞いてないのはバレてるわけです。たとえば今日締め切りで入稿しなきゃいけないとなったら「いつまでこの話が続くのかな」と思うじゃないですか。それがバレる。すると、妻はそのまま朝まで話し続けるんです。それでどうしたかというと、「積極的に聞く」ようにしました。「どういうこと? それ、興味ある」みたいな。締め切りがあっても、妻の話を優先する。すると朝までかかっていた話が30分で終わるようになったんです。これはコストがすごく安くつく。

――それは、本当に聞いてるんですか? 聞いてるフリですか?

【高橋】私ぐらいになると、境目がないです(笑)。「一生懸命聞き流す」みたいな。右から左だけど、身を乗り出して、必死に聞いているフリをする。毎日のようにやっていると、何も考えずにできるようになります。

――心を入れず、前のめりですか。

【高橋】無心の境地。面白いのは、ずっと聞いてると、話が一般論に変わっていくんです。私のことを責めていても「だいたい男っていうのは」という話になっていく。怒りのベクトルが私から離れていく。密室に妻とふたりでいると、ベクトルとしてはお互いが向き合って衝突するようですけど、同じ向きに移行していくわけです。そうして「男ってだからダメなんだよね」とうなずいていると、話が早く終わります。

【養老】あるとき、お茶を飲んでいたら、女房から「あなた、人を見る目がないんだから」と言われた。僕は、女房の顔を見ながら「本当にそうだよね」って(笑)。

【一同】(笑)。

【養老】これはX軸とY軸の話なんです。僕は、夫婦の向き合い方は直角がいいと思っている。一点で一致しているけど、ベクトルが90度ずれている。お互いが同じ向きだと、喧嘩はしないけど一人でいるのと変わりません。お互いが正反対の向きでも、トータルの合力がゼロになっちゃう。直角は、夫婦の力が一番出る関係。全く異なる価値観だけど、それが合わされると大きな力が生まれる。「異質なものを取り入れる」と組織も言うでしょう。それですよ。

――そのためには謝ってもいい。

【養老】そうそう。どうしたらぶつからないで、一緒にいられるか。そのために努力するんです。ただし、一点は一致していないと、赤の他人になっちゃう。その一致点は、根本的な価値観です。僕は好きな虫をやるけど、女房は虫に関心がない。でも、「好きなことなら常識の範囲を外れてもいい」という価値観は一致しているんです。

【高橋】私の場合、一致点というのは愛。愛なんじゃないかと。

【一同】ほお。

【高橋】妻が怒るのは、「この人は自分を愛してないんじゃないか」ということを感じ取ったときなんです。愛の感性というんですかね、それが私よりも敏感で、私のちょっとした仕草とか言葉から、何かを感じている。それで毎日毎日、「私のことを愛してるの?」と聞かれているんです。尋問的に。これはもう「愛してるよ」と言わないといけません。最初は抵抗感ありますけど、言ってるうちに慣れてくる。尋問は「どこが好き?」「今日はいつ愛してると思った?」と続くんですが……。

【養老】僕の世代は、愛という言葉は使わないな。愛はクリスチャンの言葉。仏教は「愛は別離の苦しみ」ですから。

【高橋】私もそれ、言いましたよ。でも妻は「だから何?」って。彼女は「愛してる」と言ってほしいと思っている。彼女が言ってほしいんだから、私は言うべきなんです。それこそが「愛」の本当の意味で、仏教を持ち出すと「教義のほうが大事なのか」という話になってくる。

【養老】気遣いの問題はありますね。気遣われてると相手がわかるようにすることは、大事。僕は遠巻きから女房の面倒を見ているわけです。そのことに相手が気がついたら効きます。「ほかのこともそうしてくれてるのかな」と想像力が働くから。一つでも気づいてくれたら大もうけ。

■女性のほうが社会脳が発達している

【高橋】女子力という言い方があるじゃないですか。一般的に女子力とは、料理ができるとか、愛想がいいとか。でもそれは女子というより、人間として能力が高いということです。それなら、男も女子力を身につけなくてはいけない。それを女性側だけに期待して、自分は何もしないというのは、人間としての能力に問題があるんじゃないかと思うんです。

【養老】人間の脳は、社会を相手にするか、自然を相手にするかで、使う脳が違うことがわかっています。女性は社会脳が発達していて、だから人づきあいが上手。一人で黙って考えて、数学の証明をしたりするのは、自然脳を使います。こちらは男性のほうが得意。もう一つわかっているのは、人間は生まれて2日目には社会脳になっているということ。つまり社会脳がデフォルト。自然脳を使いものを考えられるようになるのは、小学校の高学年になってからです。さらに言うと、猿の脳は、その猿の集団の大きさに比例して大きくなる。つまり、脳は社会的に使われているんです。

――社会脳が発達している方が組織の長になればいいのでしょうか。

【養老】大事なのは、社会脳も自然脳も人間に備わっていて、どちらが暴走してもいけない、ということ。1986年に、アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故がありました。あの日、天気予報などから、自然脳が強い技術系の人間は事故が起きる可能性を予測していた。でも社会脳が強い広報出身のトップが強行した。社会脳が自然脳を振り回した例です。最近もマンションの杭が地盤に届かないという事件があったでしょう。「長い杭を取り寄せていたら納期に間に合わない」というのが、社会脳の言い分。断固として「長い杭が来るまで俺は仕事をしない」と言い張る自然脳が必要でした。こういう問題は、家庭にも会社にも、どこにだってあります。

――自然脳が強い夫と社会脳が強い妻が補い合わないといけない。

【高橋】そうだと思います。私が『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』という本の原稿を書いていたとき、妻に「ゴロって何?」と聞かれた。ゴロはゴロだろう、と私は思うんです。だけど、妻の疑問のおかげで、野球とは何かあらためて考えさせられた。私からすると超越する脳で、やっぱり妻の話を聞いたほうがいい。刃向かったりしたら損だと思います。

【養老】そうに決まってる(笑)。

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養老孟司
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1989年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。『バカの壁』(新潮新書)はベストセラーに。大の虫好きとしても知られている。『唯脳論』『「自分」の壁』『虫の虫』など著書多数。
高橋秀実
1961年、神奈川県横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒。ノンフィクション作家。『ご先租様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。著書に『男は邪魔!「性差」をめぐる探究』『損したくないニッポン人』『人生はマナーでできている』など。

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■▼元祖恐妻家!哲学者・土屋賢二の弁明
口ごたえなんかしたら、毒を盛られますよ

哲学の世界だと、悪妻で有名なのはソクラテスの妻です。家に友達を連れていくと奥さんが怒ってソクラテスにバケツの水をかけた。しかしソクラテスは「にわか雨に降られて怒る人はいないよ」と意に介さなかったとか。そんな反応されたら、女の人は余計に怒ると思うんですけどね。少なくともウチの妻なら激怒して、家から追い出されます。

口げんかになったら男は女に絶対に敵いません。僕たち哲学者は言ってみれば議論の専門家ですが、例外なく妻にやり込められている。ケンブリッジ大学に僕が尊敬する論理学者がいます。彼が「このセーターは欠陥品だからとりかえてくれ」と雑貨店にクレームをつけているのを聞いたことがあるんですが、若い女性店員は最後まで「ノー」。最強の論理学者でさえ、女の人には勝てないのかと。

勝てない理由を考えてみると、まず女の人は謝らない。自分が正しいと思っている。男は普段から会社などで叩かれていますから「ひょっとしたら自分のほうが間違ってるかも」という不安が常にあるんですね。それでつい謝ってしまう。あと、男が理屈を持ち出すと女は「器が小さい」と言うでしょう。そこを突かれると、男は非常に弱い。言い返せなくなります。

純粋に議論させても女は強いんです。長年、大学で学生を教えてきた経験から言ってもそうですし、小さい頃から女は違う。あるとき、小学生の男の子と女の子が同級生に「おまえらつきあってるんだろう」と冷やかされているのを見ました。男の子は黙って俯いているのに、女の子は「違うもん、つきあってるっていうのは、一緒にアイスを食べることだもん」。つきあうとはどういうことか、自分で定義するんです。これをされると誰も反論できません。それでいながら多分、女の人は論理の力なんて大したことがないと思っている。そこがすごい。男にしたら「論理で言い負かせば自分の勝ち」、でも女は「勝ったから何?」で、その先の利益を求めるでしょう。「謝ってすむなら警察はいらない」とか言ってバッグや靴を買わせたりして。どうやっても、男は女に勝てません。毒を盛られないだけ良かったと思って、黙って嵐が過ぎるのを待つしかありませんよ。

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土屋賢二
哲学者。1944年、岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。お茶の水女子大学教授を経て、現在お茶の水女子大学名誉教授。『純粋ツチヤ批判』(講談社文庫)、『教授の異常な弁解』(文春文庫)など著書多数。

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(ノンフィクション作家 高橋 秀実、東京大学名誉教授 養老 孟司 構成=東 雄介 撮影=大槻純一、有本ヒデヲ)