DFB主任指導者育成教官に聞く「ドイツ若手監督ブーム」の理由

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ドイツサッカー連盟(DFB)が2000年代の育成改革によって低迷していたドイツサッカーを復活させたのは有名な話だが、同時に選手たちを指導する監督の育成にも力を注いできた。その結果登場したのがトゥヘルやナーゲルスマンなど新世代の監督たちだ。彼らに共通するのは現役時代は無名選手で、純粋に監督としての勉強を突き詰めてきた叩き上げであること。DFB主任指導者育成教官フランク・ボルムートに、ブンデスリーガで多くの若手理論派が台頭している理由を教えてもらおう。聞き手はDFB公認A級ライセンスを持つ中野吉之伴氏だ。

インタビュー・文 中野吉之伴

 
 一昔前、ブンデスリーガ監督の人選に驚きはなかった。どこかのクラブで監督が解任・辞任となった時に挙がる名前はいつも似たり寄ったり。たまに新しい人物がその輪の中に入ってくるにしても、元ドイツ代表や長年そのクラブでプレーを続けたレジェンドが重用される時代が続き、血の出入りは極端に少なかった。目立った成績を残していない60歳近いベテラン監督でも、「ブンデスリーガで監督をした」という実績さえあれば、いつまでも現場にいられる時代だった。

 それが今はどうだろう。現在ブンデスリーガで監督を務める18人の顔ぶれを見ると、「名ばかり」の監督は一人もいないし、何より若手が多い。特に注目されるのは選手時代の実績がない無名監督だ。トーマス・トゥヘルやユリアン・ナーゲルスマンのように1部リーグでのプレー歴がない監督がもはや普通になってきている。

 彼ら新世代はどのように生まれてきたのだろうか? ドイツの指導者育成の変遷を誰よりもよく知るドイツサッカー連盟(DFB)プロコーチライセンス(UEFA・S級ライセンス)主任指導教官のフランク・ボルムートにコンタクトを取った。残念ながら大変多忙な方で直接インタビューすることはできなかったが、特別な好意でこちらから送った数多くの質問に書式で驚くほど丁寧に答えてくれた。

無名の理論派vs元有名選手

■最初にメインテーマについて聞かせてください。なぜこれほど多くの若手監督がブンデスリーガで成功しているのでしょう?

「理由は4つあると思う。1つ目は指導者育成システムが良くなったこと。2つ目は若い監督がプロクラブの育成アカデミーでフルタイムジョブとして働けるようになり、その中で監督として必要な多くのものを習練できるようになったこと。3つ目はチームマネージャーやスポーツディレクター(SD)といったクラブで監督人事権を持つ人物が、自クラブの若手監督にもしっかりと目を向け、彼らがトップチームの舞台で問題なく実力を発揮できるまで成長しているかを見定められるようになったこと。そして4つ目がトーマス・トゥヘルやユリアン・ナーゲルスマンなどの成功事例が存在していること。こうした複数の要素が重なり合って、クラブ首脳陣が若手監督を信頼して起用する下地ができた」

■僕もドイツのライセンス講習を受けましたが、指導者講習会では元プロ選手とアマチュア畑出身の監督が壁を作らずにディスカッションをします。こうした事例は日本ではとても珍しい。何か特別なアプローチを行っているのでしょうか?

「我われの文化でも成功を収めた選手に対しては大きなリスペクトがある。彼らが選手時代に成し得たことから多くを学び、知りたいとみんなが思うだろう。だが、それとディスカッションをする/しないというのは別のテーマだ。それができないと、元プロ選手だったとしても、これまでの枠から抜け出して成長できない。ここで言う枠というのは、選手時代の栄光の日々のことだ。我われDFBは元選手の価値は素晴らしいものだと認識している。だが、そこで立ち止まっていてはダメなんだ。スター選手にとっては難しいことかもしれないが、そこから前に進まなければならないんだ」

■この5〜10年、プロ選手経験のない指導者が増えてきている一方で、元スター選手が監督として活躍することがほとんどありません。昨シーズン2部のパダーボルンの監督に就任したエッフェンベルクは1勝も挙げられないまま更迭されました。マテウス、ブッフバルトといった英雄たちも目立った成果を上げられていません。

「まずどれだけ育成プログラムを充実させても、あるいはどれだけ経験を積んでも、個人ではどうすることもできない問題はある。その上で話をするが、まず考えられるのはクラブの首脳陣が選手時代の経験ではなく、監督としての能力を重要視するようになったこと。トゥヘルやナーゲルスマンは選手時代に大きな経験をしていないが、監督として能力を発揮している。元スター選手は、おそらくプロ指導者としてのキャリアアップを急ごうとし過ぎているのかもしれない。加えて有名な人間はそれだけプレッシャーがかかるし、ドイツ全体で若手指導者を起用しようというトレンドも感じる」

■監督選びはSDやチームマネージャーの目利きが重要になります。この分野においてDFBが取り組んでいることは?

「この分野はまだ改善の余地があると思うが、今のところSD用の特別な講習会はない。ただ、クラブサイドはSDのポジションに就く人物の指導者ライセンスの有無にも注目するようになってきている。プロコーチライセンスとは言わないが、A級ライセンスは必要になるようになるかもしれない」

■ブンデスリーガではマインツやホッフェンハイムのように、U-19やU-23の指導者をトップチームの監督に抜擢し成功したケースがあります。監督を自前で育成するということが重要になってくると思いますか?

「どのような指針とフィロソフィでチーム作りに取り組むかはクラブ次第だ。自分たちで監督を育成しようとするならば、それは素晴らしいことだ。だけど、だからといって外から監督を連れて来ることが悪いわけではない。もちろん外から獲得する時は入念なスカウティングや準備が必要だろうけどね」

■DFBがそのためにできることは?

「アドバイスをすることはできる。だが、こうしなければならないという強制力は持っていない」

■スペインでは元有名選手がいきなり最上位ライセンスを取得するチャンスがあるそうですが、ドイツではプロコーチライセンス講習会を受ける条件として「ブンデスリーガ(1〜3部)アシスタントコーチ、6部リーグ以上の成人チーム監督、U-19、U-17ブンデスリーガ監督、女子ブンデスリーガ監督といった実績が必要になります。その理由は?

「いい選手がいい監督になるには長い道のりが必要だ。選手と指導者の能力は分けて考えなければならない。元プロ選手も、プロ指導者として最初のステージから学ぶ必要がある。そして何より監督としての実戦経験がなければならない。指導者の育成に必要なのは、講習会やセミナーでの理論習得や指導実践の向上、そして現場での経験との両輪なんだ。監督としての経験がない人間に育成のチャンスを与えるつもりはない。講義室で話を聞くよりも現場に立つ方がよっぽど学びになる。どのように知識を生かすのか。学ぶことではない。学び方が大事なのだ」

 

「無名の理論派」の筆頭格ナーゲルスマン。膝の負傷により20歳で引退を余儀なくされたが、そこから10年足らずで監督として脚光を浴びるところまで上りつめた

 

「選手実績ではなく監督としての能力を評価しよう」――実はこうした変化はプロの世界だけで起きていることではない。下部リーグや育成年代でも指導者としての修練を積んだ若い監督が増えてきている。僕の教え子にも22歳ですでにエリートユーゲントライセンス(育成年代が主な対象)を取得し、U-15の1部リーグチームで指揮を執っている若者もいる。

 EURO2000グループステージ惨敗後に根本からの改革を目論み、その結果導入されたのがタレント育成プロジェクトだ。実は、その中で最重要課題とされていたのが彼らを導く指導者の育成だったのである。昔ながらの無骨なスタイルから脱却し、システマティックでアイディアのあるクリエイティブなサッカーを行うために、ライセンス制度から指導要綱まであらゆる連盟主導のプログラムに手を加えた。

 最初はDFBも手探り状態だった。教わったはずの内容が1年後には変わったりもした。ただ、視線は常に未来を向いていた。「今まで形になかったものを形にしよう」と、試行錯誤を繰り返した。DFBも、地方のサッカー協会も、現場の指導者も、そして選手たちも自分たちが目指すべき、実現したいサッカーと真正面から本気でぶつかっていったのだ。

 目指すべきサッカースタイルが変われば、当然指導者に求められる役割も変わる。かつて多かったのは、選手のやる気を最大限に引き出すモチベータータイプ。時に罵倒し、時に大げさに褒める。ドイツでは「アインシュテルング」(心構え)ができているかどうかが重要視されるから、選手のやる気をくすぐるモチベート術を持っているかどうかが見られていた。もちろん、それは今でも変わらない。しかし、システマティックな現代サッカーが追求されるようになると、選手をモチベートできるだけでは不十分と見なされるようになった。いくら怒鳴っても解決できない問題はある。最先端の専門知識とそれを選手に伝えられる論理的なコミュニケーション能力が求められるようになった。

 

ドイツの若手監督ブームの先駆けとなったのはクリンスマンの頭脳として脚光を浴びた現代表監督のレーブかもしれない。ちなみに、ボルムートはフェネルバフチェ監督時代のレーブの副官を務めた盟友でもある

DFBが描く未来

■DFBが指導者育成の改善に尽力したのはよく知られています。例えば3年前の国際コーチ会議であなたは「指導者育成とはコピーを作り出すことではなく、個々の資質を伸ばすことだ」と話していました。確かに以前は講師が壇上で話をして、参加者が黙って聞くスタイルでしたが、今ではより実践的なやり方になっていますね。

「新しい学習メソッドの導入が、個別に育成できる環境を可能にしたんだ。指導者育成において特に重要なツールがフィードバックだ。講習会に参加している指導者が、他の参加者の指導について正直な感想を口にし合う。そうした過程を通して、自分自身の姿をより知ることができる。どんな人間も異なるわけだから、知識のとらえ方も人それぞれ。だからこそ『指導者同士が指導し合う』方向に持っていこうとしているんだ」

■今日の指導者はスポーツ生理学、心理学、栄養学など、様々な専門知識が必要とされています。自分でも学ばなければなりませんし、多くのエキスパートを組織しなければならなくなりました。

「関わるリーグやチームのレベルが高くなればなるほど、それぞれの人間についての知識が重要になる。誰が監督の意見をよく聞くのか? このチームはどんなふうに機能しているのか? 特にドイツでは自分の意見を主張する文化があるだけに、その人間の心をつかむことが、より良いパフォーマンスを生み出すために重要になるんだ」

■戦術についてはどうでしょうか? 戦術的な柔軟性は重要なテーマになりますが、ぶれないベースがなければチームは揺れ動いてしまいます。

「指導者は戦術におけるすべてをマスターすべきだ。個人、パートナー、グループ戦術からチーム戦術に至るまですべての分野でだ。マスターするとは、選手のどこに改善すべき点があるかを詳細に分析し、それを本人に伝えられることだ。もちろん戦術がすべてではない。戦術を遂行するための条件は技術だからだ。正確なパス技術がなければ、ベストな攻撃戦術はできないだろう?」

■DFBのプロコーチライセンスはUEFAプロライセンスでもありますが、ヨーロッパ各国がどこも同じやり方を採用しているわけではありません。あなたから見て、「Made in Germany」の監督が持つメリットは何でしょうか?

「我われの強みは組織のオーガナイズに優れ、規律を尊び、そして革新的であろうとする心構えだと思う。また私にとって非常に重要なのは、自分たちのシステム・やり方に合わない人間もしっかりと受け入れる点だ。アウトサイダーが独自のやり方で成功を手にしたのならば、それは素晴らしいことではないか。それこそが人間が成長していくプロセスでもある。ベーシックがあるからこそ、クリエイティブが成立する。ドイツの指導者は常にそうあるべきだ。レベルはもちろん様々だが、みなが専門知識を学び、相手に伝えるために言語や社会性、人を導く能力を大切にする」

■逆にドイツ人指揮官がもっと意識して取り組むべき点は?

「時には肩の力を抜くことだね。でもこれは簡単なことじゃない。ドイツの監督はいつも大きなプレッシャーをかけられているからね。まだまだドイツでは週末に勝ち点3を取れるかどうかで評価されることが多いんだ」

■あなたは育成年代のスペシャリストでもありますが、子供たちと向き合う上で最も大事なことは何だと思いますか?

「戦術、技術などすべてにおける知識や技能を扱うのは人間だ。その人間が試合の時に技術や戦術を使うわけだ。だからこそ、私にとって一番大事なのは人間関係を大切にすること。選手がどのように考えているかに気を配り、正しい方向へ導いていく。それがあった上での知識だ。選手の能力、カテゴリー、年代に適切な負荷でトレーニングをし、成長させていく。知識そのものは一面でしかないんだ」

■最後の質問になります。指導者としての今後の目標と望みを教えてください。

「DFBのタレント育成プログラムが多くの質の高い選手を生み出したのは確かだ。だがその試みの中で、多くのタレントを壊してきてしまったのも一面の事実なんだ。だから今私が願うのは、ブンデスリーガのユースアカデミーで働く指導者へのプレッシャーが少なくなり、そこでプレーする選手たちがより長期的な視野で育成されること。ある程度の年齢までは勝ち点なしのリーグ戦を導入するなど、外からのプレッシャーを緩和したい。そうすればもっと多くのタレントを育て上げることができると、私は確信しているんだ」

 

■プロフィール
Frank WORMUTH
フランク・ボルムート
(DFB主任指導者育成教官)
1960.9.13(56歳)GERMANY

現役時代はフライブルクやヘルタなど2部リーグでプレー。引退後、98-99シーズンにはフライブルク時代にともにプレーした縁もあり、フェネルバフチェでヨアヒム・レーブの副官を務める。08年からDFB主任指導者育成教官となり、クロップ、トゥヘル、ナーゲルスマン、バインツィールら数多くの指導者を育てた。育成年代のスペシャリストでもあり、10〜16年にはU-20ドイツ代表を指揮していた。

Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images