数々の斬新な作品を送り出した天才漫画家、手塚治虫氏。睡眠時間3〜4時間、連載を同時に7本抱えていたなど、とかく忙しいイメージのある同氏ですが、「宿命」も非常に慌ただしいのだとか。無料メルマガ『占い中毒にご用心』の著者で算命学研究家、そして投資家としての顔も持つ磯野はまぐりさんが見た、手塚治虫氏の宿命と運命とは? そして彼の人生は、果たして幸せだったのでしょうか。

手塚治虫

もし宿命に良し悪しをつけるとしたら、活かしやすいかどうか、がひとつの基準になるかもしれません。

活かしやすい、つまり生きやすい宿命とは、その時代において平均的な生き方をしていれば、わりと活かしやすい宿命とも言えます。逆に、活かしにくい、つまり生きにくい宿命とは、普通に生きているだけではなかなか活かしきれない宿命です。

さらに、ただでさえ活かしにくい宿命な上に、もし、それを活かしきった生き方ができたら、ものすごく慌ただしい人生になるだろうなというような宿命もあります。

そんな活かしにくく慌ただしい宿命を活かしきって生きてきた方。今回は、漫画家の手塚治虫さんの生き方についてお話しようと思います。

手塚先生の宿命の特徴は

とにかく慌ただしい。慌ただしく生きていると、さらに運勢が上がる。

というものですが、これらに加え、今回はちょっと適職のお話をしてみます。適職探しのひとつの方法として、性格の傾向を活かせるかどうかを考えるのですが、手塚先生の場合、その傾向が非常に偏っていて、適職を見つけるのはかなり難しいのではないかと思います。

高い情報処理能力と神経の細やかさが要求され、創造性を大きく満たすような仕事でなければ、あっという間に飽きて嫌になってしまうのではないでしょうか。手塚先生の場合、この性格の傾向に加え、慌ただしく生きると良い、という宿命も合わせるのですから、適職探しはなかなか難しい問題です。

漫画家という仕事は、その才能があるのであれば確かに適職だと思います。それでもただ漫画家を志していたのではなく、はじめは医者が本業で漫画家は副業とご本人は考えていたそうです。慌ただしい先生です。

手塚先生の生き方を追ってみる前にもうひとつ、運勢について見てみたいと思います。運勢、つまり人生において定期的に変化していく「気」の環境の変化です。

まず10代に入った頃から運勢は追い風です。さして勢いはありませんが、努力は報われやすい環境です。特に、学問においてその傾向が強く出るので、学生時代であるこの時期に、この運勢が巡るということは現実との一致、という面からも運勢がいいと言えます。

そして30代になると、宿命の枠が外れて、場合によっては実力以上の結果が得られる可能性があります。さらに40代になると、宿命の枠が外れたままさらに運勢が加速していきます。ここで意識的にブレーキをかけないと、エンジンが焼き付き、50代に入ってから健康面で大きな問題を起こす可能性が高まります。もし、暴走気味の運勢の波に乗って大活躍していたら、50代で命をも失いかねない危険があるのです。

10代から40代にかけて、どんどん加速していく運勢と、慌ただしく、まるででこぼこ道を走るような宿命は人生の浮き沈みを大きくします。そんな宿命を活かしきった手塚治虫先生の生き方を追ってみます。

漫画好きの両親のもとに育った手塚少年は、小学校3年生で初めてのオリジナル漫画を描き、5年生になると長編漫画も完成させます。彼の漫画に惹かれて多くの友達が集まり、学校の先生たちの間でも評判になったそうです。

太平洋戦争が終わる頃、現大阪大学の医学部に進学し医者を目指して勉強しながらも、それまで書き溜めていた漫画の中から選んだ作品を新聞社の学芸部に送ったことをきっかけに、4コマ漫画の連載で漫画家デビューを果たしました。その後も連載契約はいくつも増えていき、初めて出版した長編漫画もベストセラーになりました。

もちろん、医学部での勉強も同時に続け、インターンを経て国家試験に受かるまでの間もジャングル大帝や鉄腕アトムの連載をしっかり続けていたそうです。いやぁ、もう「凄い人」としか言いようがありません。

当時、刊行されていた漫画雑誌のほぼ全てに連載を持つほどの人気作家となった手塚先生は、さすがに医者になることは諦め漫画家として生きていく決心をしました。もっとも、漫画ばかり描いている手塚先生に担当の教授が引導を渡したという話もありますが…。

その後、アニメーション製作のために立ち上げた会社が倒産したり、40歳になる頃には時代遅れの漫画家として低迷したこともありますが、ブラックジャックのヒットですぐに人気を取り戻し、59歳で胃がんを患うまで精力的に働き続けました。

こうして、慌ただしい宿命をしっかりと活かしながらも暴走する運勢の波に乗って生きてきたのですから、いつしか宿命の枠を飛び出し、50代に入ってから健康面で大きな問題を起こす可能性が高まっていたのです。

スキルス性胃癌と診断された手塚先生は60歳で人生を終えました。

最後の言葉は「頼むから仕事をさせてくれ」だったそうです。

● 手塚治虫の作品一覧

慌ただしく働き続け、漫画家として大きく成功し、60歳で人生を終えることが手塚治虫先生の運命だったのでしょうか?

もちろん、そんなことはありません。適切な時期に適切なブレーキをかければ、もっと長生きできた可能性はあります。

ただし、生き甲斐でもある漫画の仕事を途中で諦めなければならなかったかもしれません。仕事に人生をかけるのが幸せなのか、長生きすることを優先させるのが幸せなのか、最後は、ご本人がどう受け止めるかが全てだと思います。だから、人様の人生に他人が「より良いアドバイス」などできるわけがないのです。

もし本当に、算命学を使ってご自分の人生を最大限に生きたいのであれば、自分で算命学を勉強するしかありません。そうすれば、例えば寿命を縮めてでもやりたいことをやるのかどうか、自ら究極の選択をすることも可能です。

他人である鑑定士は、少なくとも私には、無難なアドバイスしかできません。

天命を知って、人事を尽くそう!

image by: Flickr

 

『占い中毒にご用心』

この著者の記事一覧はこちらから

算命学を活用した大人のための人生設計術をお伝えするメルマガです。「なぜこんなもので人生を語れるのかわけわからんが、あなどれないことだけは間違いない」と考える著者の「磯野はまぐり」は算命学研究家ですが、元々は科学者で、時々投資家で、ごくまれに翻訳家で、ほぼ毎日一家の台所担当重役だったりします。ほぼ日刊でお届けしています。

出典元:まぐまぐニュース!