習近平が視察し「特区の中心」にしていた小王営村(安新県)

写真拡大

 5年に1度の党大会をこの秋に控え、習近平政権が、俄に動き出した。新たな先進都市「雄安新区」を河北省に構想し、首都圏機能の一部移転を仄めかしている。さっそくプロジェクト現場を歩くと、何やらきな臭い空気が漂っていた。ノンフィクション作家、安田峰俊氏がレポートする。

 * * *
「今年の2月23日、いきなり村道がすべて封鎖され、村人たちに家から一歩も出るなと命令が来た。習主席が村の近所に来て『ここを雄安新区の中心にする』とおっしゃったらしい。ただ、みんな屋内にいて、主席の姿は誰も見ていない」

 安新県の中心部から8km離れた大王鎮小王営村で、雑貨店の店番の若い男性はそう述べる。赤土の上に廃品が積まれた空き地だらけの寒村は、この日を境に運命を大きく変えた。

 4月13日、新華社は雄安新区の当面の範囲を、村を中心とした100平方kmにすると正式に発表。新区は最終的に東京都の面積にほぼ匹敵する2000平方kmまで拡充が予定され、近隣の他県も含まれる見込みである。

 諸報道によれば、当局による農地の接収価格は1平方mあたりわずか90元(約1500円)ほどという。代替の住宅は提供されるものの、住み慣れた村を二束三文の補償金で突然追い出される村人らには困惑も広がる。

 住民不在の決定の他にも、アジア有数の経済先進都市を目指す土地にもかかわらず、妙に社会主義的な厳しい統制が目に付くのが雄安新区の特徴だ。例えば安新県では2月の習近平の訪問直後から、県内のすべての不動産業者が当局の命令で閉鎖された。

 この処置は新区設置が正式発表された4月1日以降は雄県・容城県にも広がり、さらに新区範囲外の覇州市や高陽県まで及んだ。不動産投機の過熱と乱開発を抑制し、計画的な都市づくりを進めるための処置だと説明されている。

 だが、オフィスの入り口が×印の紙で封じられ、看板の文字まで徹底的に削り取られた廃店舗がいくつも並ぶ光景は、さながら「手入れ」が入った性風俗店街だ。法的な根拠が曖昧なまま、民間企業の商業活動がここまで制限されている。

「街の不動産業者は、政府の手で『旅行』を名目に街から強制的に隔離され、政治犯罪者のような扱いです。現在、雄安新区の不動産の入手は、よほど太いコネから地下ルートを使うしかない。一般人が自由競争のルールのもとで投資することは不可能でしょう」

 覇州市に住む教師の男性はこう証言する。雄安新区の発表直後は、値上がりを見越して不動産取得を狙う国内外の企業や投資家が殺到したが、間もなく実態を知り誰も来なくなった。強制閉鎖された店舗だらけの街は殺伐とし、地域全体が政治迫害を受けたような重苦しい空気が漂う。

「自分たち庶民の生活がすぐ改善するとも思えず、雄安新区の件に関心はない。むしろ今回の決定の結果、店や自宅を失う不安のほうが大きいですよ」

 雄県で小さなスーパーを営む主婦は淡々と述べた。現地の住民らの表情から、景気のいい巨大プロジェクトへの期待に沸き立つ様子は感じられない。

◆江沢民派に業を煮やした

「雄安新区の建設は純粋な経済発展が目的ではなく、党内の権力闘争の結果だ。北京の金融・社会資本の多くが江沢民派に握られているのに業を煮やした習近平は、雄安新区の建設を通じて、自分の完全な支配下に置いた新都市に北京の金融資本の7割を引き抜こうとしている」

 最近、北京市民の間では内部情報のリークと称する怪情報が、チャットソフトを通じて数多く流れている。中国共産党の幹部養成機関・中央党校出身で、北京市通州区政府での行政経験も持つ民主活動家の顔伯鈞氏は、この情報を「十分にあり得る話」と述べる。

「地理的な魅力が薄い雄安新区が今後発展する要因は、習近平の独裁権力のみに頼らざるを得ない。そもそも華北地方の経済発展は、江沢民時代の環渤海経済区、胡錦濤肝煎りの曹妃甸開発区など、歴代政権が好況下ですら満足な結果を出せなかった鬼門です。習が失脚するか引退すれば、雄安新区は間違いなくこれらの地域以上の大失敗に終わるでしょうね」(顔氏)

 ちなみに雄安新区の事実上のトップは、元上海市長で現在79歳の徐匡迪。それをバックアップするのは、元深セン市トップの許勤だ。徐は元総理の朱鎔基の部下で、許は国家発展改革委員会畑の人物。いずれも派閥色が薄く、習近平との縁もたどれない。やや独特な人材起用である。

「阿諛追従する者は多いものの、習近平の明確な子飼いは意外に少ないのです。起用できる人材が限られていることを示す人事だと感じますね」(顔氏)

 徐匡迪は6月7日、「雄安新区は北京からの風水の卦がよい(のでこの場所に決めた)」と、唯物論の共産主義者らしからぬ談話を発表。年配者ならではのトボけた言動も目立つ。

 実のところ、将来的に雄安新区に組み込まれるはずの近隣地域・高陽県は、習近平の母である斉心の故郷だ。党と国家を挙げた大プロジェクトの場所を、習個人の縁故主義で決めた印象を薄めるため、ことさら「風水」が持ち出された可能性も高いだろう。

 権力闘争・縁故主義・風水。エコでスマートな副都心や、深セン・上海に匹敵する大都市といった華々しい謳い文句の影に見え隠れするのは、いずれも経済とは無縁の言葉ばかりだ。

 雄安新区の設置は、むしろ独裁皇帝・習近平の遷都計画、と呼んだほうが実態に近いのかもしれない。

※SAPIO2017年8月号