借金50億円を返済した「全裸監督」の話術

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「ナイスですね」でおなじみのAV監督・村西とおるは、AVビジネスで大当たりした経験を持つと同時に、50億円の負債を抱えての倒産も経験している。その上、前科は7犯だ。豪邸暮らしも金策に走り回る日々も、獄中すらも体験した男が、まさに裸一貫で学んだ「おカネの哲学」とは――。

アダルトビデオ(AV)界のパイオニアとして、1980年代末には年商100億円を稼ぎ出したが、「空からスケベが降ってくる」と衛星放送事業に進出した結果、50億円もの負債を背負う大失敗を経験。まさに資本主義の天国から地獄まで味わった男、村西とおる

6月7日に上梓した著書『裸の資本論 借金返済50億円から学んだおカネの法則41』(双葉社)には、そんな村西のお金にまつわる体験談の数々が収録されている。

絶頂期には10億円の豪邸に暮らし、ロールスロイスやヘリポート付きクルーザーを所有するほど儲けていたにもかかわらず、転落後は子供の学費のために元部下にまで借金を申し込み、債権者からはダムの上で自殺を迫られた。しかし、普通の人であれば再起不能に感じられるギリギリの状況下で、村西はしぶとく生き残り、何度でも立ち上がってきた。

その原動力は、いったいどこにあるのか? 

■借金返済とは「信頼の貯金」である

――『裸の資本論』にある数々の壮絶なエピソードに圧倒されました。

【村西】よくこんな男が生きていられるな、と思ったでしょう? 

――こう言っては失礼かもしれませんが、なんて“しぶとい”人なのかと。

【村西】いつもそう言われるんですよ。借金が50億円あって、自己破産も自殺もせずに生きていられたなんてタフですねと。でも、本当はそんな人間じゃないんです。死んだら楽になると思ったことは何千回もあります。ただ、状況が許さなかった。

例えば「空からスケベが降ってくる」を合言葉にアダルト映像の衛星放送事業に注力したとき、私は裏社会のある筋から20億円を借りました。その保証人になってくれたのは、とある外車ディーラーの経営者でした。私が自殺したら私は楽になるかもしれないですが、彼は一家心中するしかない。そんなことはさせられないでしょう?

自己破産だってそうです。自己破産をした人間をたくさん見ていますが、後に再起できた人を見たことがありません。自分が自分自身に絶望してしまうからかもしれません。やっぱりね、「ああ、こいつはいざとなったら自己破産をして逃げるやつだ」と思われて応援してくれる人がいなくなってしまうからです。

――自分の生活より信頼を守るほうが大事だと?

【村西】そうです。借金を返済するってことは、信頼の貯金をするということでもあるのです。世界で初めて片面二層の4時間16分のDVD作品を5本作ったときは、さっきの20億円を借りた人から、さらに5億円の制作費を借りました。20億円は返し終えていたとはいえ、最初は私も、いくらなんでも彼らは貸してくれないだろうと思いましたよ。

でも、5割の「ひょっとして……」という気持ちでお願いしてみたら、なんと2秒で「貸してやる」と言われた。逃げずにコツコツ借金を返していたら、巡り巡って「村西は信用できるやつだ」という評価が生まれたからです。信頼の貯金とは、こういうことです。

――お金は失っても信用は失わないように生きてきたわけですね。

【村西】そもそもね、私が借金を返そうと思ったら、雲隠れせずにメディアに出続けるしかない。だから逃げも隠れもできないんでございます(笑)。いろんな状況が重なった中で頑張ろう頑張ろうとやってきたら、「お前はタフだな」とみなさんに言われるようになった。それだけのことなんですよ。

――借金返済で苦しみぬいたのに、また5億円もかけてエロDVDを作ったこともそうですが、村西監督の生き方は常にハイリスク・ハイリターンですよね。そもそも50億円を借金しようとしても、できるものじゃない。

【村西】それもよく言われます。私みたいなタイプの人間ばかりでは世の中おかしくなるから、どうぞ真似してくださいとはいえませんが、私はビジネス投資などにはまったく興味がないんです。不動産ブローカーの知人にも言われました。めちゃくちゃ儲けていたときにビルでも建てていれば、それを担保にして次のビルを建て、また次……と、あっという間に大金持ちになれたのに、なんでやらなかったのかと。

お金を儲けたくて、商売をやっていたわけじゃないんです。私はとにかく人に感動を与えたい。それが人生の充実になると信じています。あのね、感動にはレベルもラベルもないんですよ。

――それはどういう意味でしょうか?

【村西】黒澤明監督や山田洋次監督といった素晴らしい映画監督がいらっしゃいますよね。でも私のAVによって生まれた喜びの雫を集めていったら、彼らの作品が与えた影響にも決して負けないと思っています。

「村西の作るものはエロだからダメだ」なんて言うのは評論家であって、一般のお客さまにとっては感動に貴賎などありません。どれだけ心を動かされたか、お客さまはそれだけで判断する。そういう商売がどれだけ素晴らしいかと。私はそう思っているわけなんです。

■モノではなく、感動を売れ

――もともと映画監督や作家を志望していたわけではない村西監督が、なぜ人の心を動かす商売にこだわるように?

【村西】資本主義経済の基本というのは、需要の創造です。では、需要というのはいかに生まれるか? 私は昔、英語百科事典のセールスマンをしていました。そのときに同僚はよく、「生活必需品でないモノを買わせるセールスマンなんて、人間のする仕事じゃないよ」とぼやいていました。でも、私は「そんなことない」と言っていたんです。

誰もが生活に必要なモノを売るだけだったら、私たちの文明は石器時代から進歩しなかった。人生のためになる、人生が豊かになる、そういったモノを売るのがセールスマンです。要するに、セールスマンとは「豊かな生活」の需要を創造する仕事なのです。

コマーシャルでモノを売るには限界があります。最大公約数を狙った広告では情報を発信することはできますが、お客さまはそれだけで判断し、決断し、購入に至るわけではない。お客さまの性格、社会的地位、人生経験、そういったものに寄り添い、相手の価値観にフィットするかたちで提案するから、初めて人は動くのです。それができるのは、お客さまと直接対峙するセールスマンだけです。

――つまり、村西監督にとって需要の創造とは、モノを売ることではなく、いかに感動を売るか、ということを指しているのでしょうか?

【村西】その通りです。感動がなければモノも動かない、人も動かない。お金がほしい、出世したい、そういう欲だけでは人を動かすことはできません。まず自分が感動し、それを真摯にお客さまに伝えなければならない。

「どうしてAVの世界に?」と何度も聞かれてきましたが、それも同じです。AVを通じてお客さまに潤いを与え、明日も頑張ろうと思っていただきたい。私はAVで、世の中に生きがいを提供しているつもりなのです。

――「モノを売るな、感動を売れ」という商売の原則は、多くの方も指摘しています。しかしセールストークでそれを実現するのは、簡単なことではありません。村西監督は具体的にどのように語っていたのでしょうか?

【村西】私が売っていた英語百科事典は、1セット20万円もする高価な商品でした。そんな高価なものね、本場の外国人だって持ってないですよ(苦笑)。でも、それを売る。みんな週に1セット売れれば上出来だったところを、私は多いときには週に20セットくらい売っていました。

――そんな高価な商品をセールスされたら、客は当然「高い」と言いますよね?

【村西】お客さまが断る理由というのは、多くても5つくらいです。高い、必要ない、同じ物を持っている、今すぐ決められない、おカネがない。だったらその5つに対して、それぞれクロージングトーク(売るための答え方)を用意しておけばいいのです。例えば「高い」と言われたら、こう答えます。

「あなたがお使いのボールペン、これが10万円だったらさすがに高いですよ。しかしビジネスの最前線で戦ってらっしゃるあなたのボールペンが、100円では安すぎるでしょう。やっぱり1000円程度が適切な、あなたに相応しい金額のものではないかと思います。

それと同じように、国際化社会の時代において、あなたの戦力になる英語の能力を身につけられる、この20万円のセット。これが高いとおっしゃるなら、あなたの人生をおとしめるようなことを、ご自身がおっしゃっているのではないですか。いかがですか?」

――すごいですね。ちょっと話のポイントをズラしただけで、反論できなくなりました。

【村西】この世に普遍的なものの見方なんてないのです。同じ黄色といっても、私とあなたではイメージする度合いが違います。私の価値観がある、あなたの価値観がある。しかし、ものの見方を変えれば、お互いの価値観がクロスオーバーできるところがあります。そこを探るのです。

それは英語百科事典でいうと、「私は高価な事典を売りたいのではありません。あなたに役立つ知恵をお届けしたいのです」ということになります。

――その話術はAVの世界に入ってからも、活用できたのではないですか?

【村西】人間は自分が正しいと思っています。死刑囚だって自分が正しいと思っている。でも、すべては視点の置き方です。だから、「こういう見方もありますよ」と相手が腑に落ちる視点を提案する。そういう意味ではAVも同じですね。

恥ずかしがる女性には、「あなたのスタイルは素晴らしい。ゴージャス。恥ずかしいですか? わかります。でも、カメラの向こう側にいる人は、もっと恥ずかしい格好をしているんですよ」と言います。そうすると、「あ、そうなのか」とフッと納得するのです。

――納得するんですか?

【村西】しますね。言葉にはすごく大きな力があるんですよ。殴られたわけでもないのに、言葉ひとつで人は顔が真っ赤になったり、ドキドキと心臓が高鳴ったりします。言葉で現実に対するものの見方は変わるのです。私はそれをセールスマン時代に学びました。

■ニックネームは「全裸監督」

――村西監督にとって、言葉を磨いたセールスマンの経験は原点なのですね。

【村西】高校を卒業して福島から裸一貫で上京して、苦し紛れで生きてきて、結果的にそういう知恵が身についたということですね。私はね、「全裸監督」(村西監督の評伝のタイトルでもある)というニックネームが好きなんです。これは裸の仕事をしているという意味ではなく、一文なしであっても、私は私であり得るということだと解釈しています。

――それに、裸であっても体と口はあるという意味でもある。

【村西】その通りでございます(笑)。本には人生であったいろんなことを書きましたが、こうして話の種になっているのですから、今思えばすべての経験が財産です。

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村西とおる
1948年、福島県出身。高校卒業後上京し、水商売、英会話教材や百科事典セールスなどを手がける。ゲームリース業で成功を収めた後、裏本製作販売に転じる。わいせつ図画販売容疑で逮捕され、保釈後の84年、AV監督となる。88年ダイヤモンド映像設立。衛星放送事業への投資失敗により、92年に50億円の負債を抱えて倒産。評伝に『全裸監督 村西とおる伝』(本橋信宏/太田出版)。

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(AV監督 村西 とおる 構成・聞き手=小山田裕哉 撮影=堀哲平)