ネット上の暴言でキャリアを失わないために

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先日、ハーバード大学への進学予定者10人がフェイスブック上での発言を理由に合格を取り消されたとのニュースが報じられたが、ネット上での問題発言により自分の将来を台無しにすることを学んだのは彼らだけではない。

今度はエール大学の教授が、ニューヘイブンの複数の店舗について悪意に満ちた口コミをイェルプ(Yelp)に投稿した結果、停職に追い込まれたあげく、この問題に関してうそをついたことから、ついに職自体を失ってしまった。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、問題を起こしたのはエール大学ピアソン・カレッジの学部長を務めていたジューン・Y・チュー教授。ブリンマーカレッジで学士号、ハーバード大で修士号を取得し、ペンシルベニア大学で指導職に就いていた華々しい経歴の持ち主だったが、地元のレストランや映画館をこき下ろした口コミのスクリーンショットがエール大の学生新聞に掲載されたことから、職を追われた。

チューは次のような声明を発表し、心のこもった謝意を表明した。「私は今季、言葉が持つ力と、私たちが互いに負う説明責任について、多くを学びました。私の発言は間違いでした。弁解の余地はありません。階級や人種に関して無神経なだけでなく、私自身が大切にし、このコミュニティーの一員として示している価値観をおとしめるものでした」

この謝罪は、人格あるリーダーにふさわしいものだった。チューは自分の誤った判断の責任を取り、間違いを正すことを誓った。しかし、アカウンタビリティー(説明責任)は高潔なリーダーシップにとって必要な資質の一つでしかない。さらに必要不可欠なのが、誠実さだ。チューに足りなかったのはこの点だった。

チューは大学側に対し、イェルプに不適切な口コミを投稿した回数は2度だったと伝えたが、実際の投稿回数はもっと多かったことが後に発覚した。つまり、チューがエール大の職を失った原因は、不適切な言動だけでなく、自分のしたことを偽ったことにもあった。

人間には、人の過ちを許すだけの深い心がある。私たちにとって「許し」は救いだ。過ちを犯さない人間はいない。人を許すことができなければ、私たちは行き場を失うだろう。しかし、人はうそに対してはそれほど寛容ではない。うそは信頼を壊すからだ。

ウォーターゲート事件は、ニクソン元大統領が民主党本部への不法侵入に実際に関与したかどうかよりも、事実を隠していたことが問題視された。もし元大統領が真実をもっと早く述べていたら、選挙での地滑り的勝利で手にした大統領職としての任期を満了できていたかもしれない。しかし彼は、任期途中で辞任した米国史上初の大統領となってしまった。

クリントン元大統領の不倫騒動があれほど人々の怒りを買ったのはなぜだろう? それは、元大統領が記者会見で「ルインスキーさんとの性的関係はなかった」とうそをついたからだ。もし彼が真実を述べていたら弾劾されていただろうか? 私はそうは思わない。

私も時々、サービスの劣悪な店への悪口をネット上に書き込みたくなる。しかしチューの解雇は、最悪な衝動に任せた行動の危うさを示す教訓となった。

私は最近フォーブスに寄稿したコラムで、マーク・ザッカーバーグが成功するリーダーであり続ける秘訣(ひけつ)の一つとして説明責任を挙げた。特に私が注目したのは、自分が行動する前にその行動がもたらす結果を慎重に考える彼の姿勢だ。フェイスブック上で彼の悪意に満ちた投稿を見たことがないのはそのためだ。彼はそのような投稿はしないのだ。

チューは謝罪声明の中で説明責任に触れた。嫌な経験をした時の気持ちをそのまま表に吐き出すことで何が起きるかについて考えを巡らすことは、責任あるリーダーに必要な要素だ。チューはそれを見過ごしたことで、大きな代償を支払った。この誤りから彼女自身、そして読者の皆さんや私が、教訓を得られることを願う。