中国のネット上には、自動車に関する様々な情報が流れている。科学的な根拠に基づくもの、単なる憶測によるものなど、その情報の質は千差万別であり、見れば見るほど買うクルマが選べなくなってしまいそうなほどだ。中国メディア・今日頭条は3日「日本車は技術が遅れている? ドイツ系は質が悪い? 中国人は長年にわたりデマに翻弄されてきた」とする記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国のネット上には、自動車に関する様々な情報が流れている。科学的な根拠に基づくもの、単なる憶測によるものなど、その情報の質は千差万別であり、見れば見るほど買うクルマが選べなくなってしまいそうなほどだ。中国メディア・今日頭条は3日「日本車は技術が遅れている? ドイツ系は質が悪い? 中国人は長年にわたりデマに翻弄されてきた」とする記事を掲載した。
 
 記事は、「物差しでアームを測定し、厚ければ良心的で、薄ければケチっているという。磁石をかざして吸い上げれば遅れていてしかも重い鋳鉄で、吸い上げなければ先進的で軽便なアルミ合金だという。こういったような、構造やサスペンション全体の動き、モデルの位置づけなどをよく理解しないまま単に肉眼だけで判断し、妄想で結論づけるのは明らかに無責任だ」としたうえで、「残念なことに、こういった論調が依然としてインターネット内で恣意的に広まっており、多くの人が依然として信じて疑わないのである」と論じた。
 
 そのうえで、「自分は、自動車を魂のある機械だと考えてきた。どのクルマの魂も唯一無二のものであり、国が違う自動車に対して存在するのは『合うか合わないか』であって、白黒ではない。日本とドイツの争いは極致のものであり、良い悪いというものは存在しない。単に、異なる国の異なる文化、異なる意識によって生み出された、クルマ作りに対する理念の違いにすぎないのだ」と主張している。
 
 そして、「ファンとアンチは対立するものとは限らない。完ぺきなブランドなど存在しない。一方で、良い所が1つもないブランドだって存在しないのだ。より寛容な心をもって、急発展する自動車業界を見ていこうではないか。外国の優れた部分を師と仰ぎ、後世の糧としようではないか」と訴えた。
 
 「日本車はこうだ」、「ドイツ車はこうだ」という思考は、「日本人は・・・」、「中国人は・・・」という考え方と同じ。そこで思考をやめてしまえば、個々が持っている特徴を見過ごすことになる。もちろん、気候風土や国情による「お国柄」の存在は否定できないが、そこに個々の特徴を加えて総合的に判断することが必要だ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)