東京の女たちは今日も霊長類のごとく、笑顔の裏でマウンティングを繰り広げている。

だが、一部の女は気づき始めた。 マウンティングは、虚像でしかないことを。

果たして、その世界から抜け出した先には、どんな世界が広がっているのか。

東京でそれぞれの価値観で生きる、大手出版社に勤める麻耶(26歳)、港区女子・カリナ(27歳)、マウンティングとは無縁な女・玲奈(26歳)の3人。

麻耶は、彼氏の潤にイノッチからのLINEを目撃された上に、イノッチからは友達扱いされてしまい落ち込んでいた。




アラサーの友人達は結婚ラッシュ


最近、友人達が立て続けに結婚報告をしてくるので、麻耶は焦りを隠せずにいた。

大学時代の友人、杉ちゃんをはじめ、サークルで一緒だった由美子、飾り気のないショートヘアで男っ気のなかった和子まで。

みんながみんな、次々とLINEやFacebookで”結婚します!”と宣言している。

「なんで私には彼氏すらいないのよ…。」

誰もいない自宅のダイニングテーブルに頬をぴったりつけてつぶやくと、もう頭を起こせない。足元でチワワのミルクがうろちょろしているが、かまってやる気分ではない。

あの日以来、潤からの連絡は途絶えているし、自分を友達扱いするイノッチと飲みに行く気にもならなかった。


幸せそうな姉を直視できない


結婚、子供…『印』を手に入れた姉と、未完成な自分。


今日は姉のナオミと甥っ子の亮が遊びに来る日だ。

母はいそいそと姉や亮の好物を買いに出かけて行き、週末の家には麻耶が一人取り残されている。

ひんやりと冷たいテーブルに頬をつけたままの麻耶の目線の先には、母自慢のキッチンがある。

お気に入りだというノリタケの食器やグラス類のコレクションに、母がよく作ってくれたカレーを盛る皿も見えた。母は、今でも実家から仕事に通う麻耶の世話をよく焼いてくれる。

姉が嫁いで娘が自分1人となった、居心地の良すぎるこの実家から出たいわけではない。

だが、「結婚している」「夫がいる」という何か”印”のようなものがないと、安心して人生の駒を進められないと感じている自分がいた。

「まぁ〜やぁ〜!」

ふと、甲高い甥っ子の声が聞こえる。

最近年中になったという5歳の甥っ子は、まだまだ赤ちゃんらしさが残り、その可愛いことと言ったらない。

いつの間にか背後に立っていた姉が、「はい、おみやげ。」と言って『CAFE OHZAN 銀座三越店』のクロワッサンラスクの詰め合わせをくれた。




ふと姉を見上げると、白地に花柄のカーディガンに膝丈のフレアスカートと相変わらず若作りなコーディネートで、その豊な生活が容易に想像できるいで立ちである。

麻耶は、急に姉のことが羨ましくて仕方なくなってしまった。

開業医の夫。可愛らしい1人息子。文京区目白台の閑静な住宅街で、のんびりと暮らす姉。

子供が幼稚園に通っている間はヨガやランチを楽しみ、サロネーゼと呼ぶほどではないが、趣味が高じて自宅でカバードクロスやアロマハイストーンなどのレッスンをしているらしい。

姉のインスタアカウントにはフォロワーがたった300人しかいないが、投稿からは子供のいる日常、夫のいる日常の幸せオーラが滲み出ている。

特にいいね!の必要のない、他者からの承認が必要ない姉の生活が心底羨ましかった。

こうしたモヤモヤは姉に吐露してすっきりするのが常だが、今度の羨望の対象はまさに姉であるので言い出せない。

身内にすら嫉妬し、焦りを感じてしまう自分に嫌悪感を覚えた麻耶は、せっかく甥っ子が遊びに来ているというのに自室に閉じこもってしまった。


嫉妬の対象は、姉だけではない。


仲の良い友達の幸せを喜べない時。


ベッドに寝転びながらスマホをいじっていると、ちょうど玲奈からメッセージが来ていた。

彼氏ともイノッチともうまくいっていないということはなんとなく伝えているが、ことの顛末を話すのが億劫でまだ会っていない。

ー麻耶、急にごめんね。今夜、ご飯でもどう?

玲奈に会いたい。会って励まされたい。ふと、そんな感情が湧いた。

ーもちろん!でも今夜は甥っ子達が来てるんだ…。明日の仕事終わりとか、サクッとどう?

すると、玲奈からはしばらく経って返信が来た。

ー明日は…ごめんね、彼氏の誕生日なのよ。水曜日とかなら空いてるよ!シーフード専門のイタリアン行かない?

思わずスマホを放り投げ、突っ伏してしまう。

玲奈に彼氏がいるなんて、思ってもいなかった自分にも気が滅入る。今まで、そんな話をしてこなかったのも、自分の話ばかり玲奈に聞いてもらってきたからだろうか。

返信しないでいると、玲奈から続けてLINEが来る。

ーこれこれ、このカラスミのパスタ、話題になってるの。行こうよ!




パスタには目がない麻耶は、写真につられて思わず「行く…。」と返信し、再びスマホを放り投げた。



約束の当日、麻耶は待ち合わせの時間よりもずいぶん早く『La Baia』の席に着いていた。

玲奈が来たら、なんと言おう。

月曜日は彼氏の誕生日だったはずだ。それとなく彼氏の話を持ち出して、玲奈がしてくれたように笑顔で話を聞かなければ…と頭の中でシュミレーションをする。

「あれー麻耶、早いね。」

いつものように全く邪気のない笑顔でやってきた玲奈は、いそいそと荷物を椅子にかけメニューを手に取り、嬉々としてオーダーを考えている。

「ワインはどうしよう。カラスミのパスタは絶対食べるけど、その前にサラダも頼みたいよね。ピクルスとかもいいかも。」

2人であれこれメニューのことを考えていると、一瞬気が晴れた。

目の前にいる玲奈は、麻耶に対して彼氏の自慢をしようとか、自分を上に見せたいだとかそんなことを考える女ではない。

ただ自分が勝手に妙な嫉妬心に苛まれているだけだ。

潤やイノッチのことを話せば、必ず玲奈の幸せと自分を比較してしまう。

そうして、自分は余計なことを言ってしまうに違いない。学生時代の友人たちとの近況報告で学んだことだ。

いくつになっても、自分が落ち込んでいる時は、人の幸せを妬んでしまうのだろう。

でも、それは仕方がない。もう受け入れるしかないのだ。

少しくらい表情が曇ってたところで、自分の今の状況が思わしくないのだから、無理に笑顔を作る必要はない。

大人ぶっていい顔をするのをやめ、純粋にこのサルディーニャ島の恵みを享受しようと、玲奈からやや乱暴にワインリストを横取りした麻耶なのであった。

▶NEXT:7月12日 水曜更新予定
シングルを謳歌しようと、自分探しに奔走する麻耶