追悼上映会で金井さんを偲ぶ、すずきじゅんいち監督と夫人で女優の榊原るみ

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 世界での寿司ブームの仕掛け人と称される東京共同貿易株式会社の会長・金井紀年さん(享年94)が4月22日に米国・ロサンゼルスで死去した事に伴い、6月25日、横浜市のあーすぷらざ(神奈川県立地球市民かながわプラザ)で、金井さんの出演作『和食ドリーム』(2014)の追悼上映会が開催された。会場ではすずきじゅんいち監督と、夫人で女優の榊原るみらが故人を偲んだ。

 同作は米国で11年間暮らしたすずき監督が、和食ブームの軌跡を、普及に尽力した京都「菊乃井」三代目主人・村田吉弘さんや日本食レストラン「NOBU」のオーナーシェフ・松久信幸さんら関係者などのインタビューから紐解いていくドキュメンタリー。中でもクローズアップしたのが金井さんで、すずき監督は「50年程前に、ゼロ状態から和食を世界に広めた彼の業績を残したい」という思いで制作したという。

 金井さんは1923年生まれ、東京都出身。終戦後の1964年に一家で渡米し、1976年に東京共同貿易株式会社の社長に就任した。当時、米国では生魚を食べる習慣がなかったが、そこに握り寿司を持ち込み、寿司ブームのきっかけを作ったほか、日本酒や味噌などの現地生産も実施。また日本食レストランに本格的な日本食を提供するよう経営指導にも力を注いだという。

 その金井さんが食に携わるきっかけとなったのが、戦争体験だ。東京商科大学(現・一橋大学)予科在学中に学徒出陣でビルマ(現・ミャンマー)に陸軍主計少尉として出征し、兵隊の食料補給・管理をする任務に従事。つまりインパール作戦に携わったわけだが、戦没者の約8割が餓死だったのではないかと言われるほど凄惨を極め、同地には日本兵の遺体が多数発見された白骨街道と呼ばれる道もある。

 劇中では、金井さんが2006年にミャンマーを再訪し、亡き戦友たちに泣きながら花を手向ける映像と共に、2014年のニューヨーク共同貿易新社屋竣工式で語った「人生の中で一番印象に残った時代は戦争です。自分が努力しようと思っても、食料品を届けられなかった。軍隊で苦労した食料の補給・保管の仕事をしてみようと思った」の言葉も紹介している。

 金井さんの葬儀は5月20日に米国・ロサンゼルスで営まれたが、日本でも金井さんを偲びたいと今回の追悼上映が企画された。すずき監督は「金井さんは94歳までお元気に日米を往復し、和食を広める仕事をしていました。日本からの帰途、飛行場のエスカレーターに乗り両手にお土産を沢山持っていて降りる時に転び、それが原因で入院し、その結果体調に変化が出たと聞いています。『お土産を沢山持って』というのが、如何にも金井さんらしいです」。

 続けて「多数の死者を出したインパール作戦のビルマに兵站(へいたん)の兵士として加わった彼の人生は、裏から前線の人たちを支え、戦後も和食を裏から支援した。その最後も和食の本場・日本への出張仕事だった。お元気な91歳の彼の姿を映画に残せて良かったと、今はつくづく思っている」と語り、映画を天国の金井さんに捧げた。(取材・文:中山治美)