チンクといえば誰もが思い浮かべるアノ姿はじつは二代目

 誰にだって誕生日というものがあるように、クルマにも誕生日といえる日がある。そして今日、7月4日はフィアット500、チンクエチェントの誕生日だ。ルパン三世の愛車としても知られるあの小さくて丸っこいイタリアの名車は、2017年7月4日の今日、満60歳となった。

「チンクエチェント」と聞けば多くの人がその愛らしいルックスを連想するものだけど、じつは丸っこいチンクエチェントはフィアット500としては2代目にあたる。初代は1936年に発表されたハツカネズミの意味を持つ「トポリーノ」というニックネームで呼ばれたモデルだ。

 映画「ローマの休日」で王女役のオードリー・ヘプバーンを撮影しようとするカメラマンの乗っていたクルマがトポリーノの前期型、といえばイメージできる人もおられるだろう。トポリーノは価格が安かったこともあって1955年までの間に50万台以上が販売された成功作となったが、ただひとつ、大衆車としては不利な点があった。基本、2人乗りだったのである。

 そこで今回のお話の主役、2代目フィアット500の登場となる。「新しい500」を意味する「NUOVA(ヌォーヴァ)500(チンクエチェント)」がデビューしたのは1957年の今日。同じ500を名乗りながらも、初代500とはまったく異なるコンセプトで設計・開発が行われていた。

 全長3mたらず、全幅1.3m少々という現代の基準からすると信じられないくらい小さな車体ながら、4人乗り。車体構造はラダーフレームではなく、より強度を得られるモノコックに。基本レイアウトはフロント・エンジン+リヤ・ドライブではなく、スペース効率に優れるリヤ・エンジン+リヤ・ドライブに。エンジンは水冷直列4気筒ではなく、簡素で低コストな空冷直列2気筒に。キャンバス・トップが全車に備わるのは、空冷2気筒エンジンの音を車内にこもらせないため。丸っこいスタイリングは、デザイン性を狙ったというより軽量化と強度の両立のため。設計とデザインを担ったダンテ・ジアコーサ技師は、空冷2気筒エンジンの採用には後悔していたともいわれているが、当時としては天才的な設計であったのは間違いない。

エンジンは笑えるぐらいのローパワーでも走りは見事

 そのエンジンは、当初は479ccで13.5馬力、最後期の594cc版になっても23馬力。今の感覚からすれば笑っちゃうぐらいのアンダーパワーで、加速力、高速巡航ともに絶望的といえるくらいに遅い。けれど、ホイールベースとトレッドの比率の良さ、機構としてはプアながら巧みにセットされたサスペンション、RRレイアウトによる動的バランスなどが見事に調和していて、ハンドリングは悪くないしコーナリングは思いのほか速い。

 限りあるパワーを4速ノンシンクロのマニュアル・トランスミッションで有効に使いながら、スムースかつ素早くワインディングロードを駆け抜けていけることは、今でもチンクエチェント乗りの秘かな誇りである。登り道では苦笑いするしかないけれど。

 ともあれ、2代目チンクエチェントは売れに売れた。簡素なクルマゆえかなり安価だったこともあったし、当初はイタリアの庶民のアシだったスクーターを高額で下取りするような販売方法を採ったこともあったが、その甲斐あってイタリアのごくごく普通の人達は自動車でどこにでも走っていける自由、自動車という乗り物を操り走らせる面白さ、自動車という空間のなかで愛し合う幸せ、自動車で家族まるごと移動できる楽しさ……いや、それはもう数え切れないほどのクルマが与えてくれる幸福というものを享受できるようになったのだ。イタリア人なら老いも若きも必ずチンクエチェントにまつわる想い出をひとつは持っているといわれるけれど、それは決して大袈裟な話じゃない。もちろん輸出された個体も少なからずあるけれど、何せ1977年の生産中止までに400万台ほどが作られ、街なかや農道をポロロロロ……という独特のサウンドを奏でながら走り回っていたのだから。そして現在もイタリアのみならず世界中のファンに愛され、大切に維持されてるチンクエチェントがたくさん生存していることも、クルマ好きの間ではよく知られているところだ。

 そういえば今日、7月4日は3代目フィアット500の満10歳の誕生日でもあるのだった。2代目チンクエチェントのイメージを現代流に再解釈した愛嬌のあるルックスと、その楽しい世界観を持った現行チンクエチェント。こちらも世界中で大人気となり、2015年には生産累計150万台をマークして、今もその勢いはまったく衰えていない。これまた魅力たっぷりなクルマではあるのだけど、そちらのお話はまた別の機会に──。