5年ぶりVのカイル・スタンレー、燻っている選手に勇気を与える勝利だった(撮影:GettyImages)

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タイガー・ウッズ(米国)の姿なき“ウッズの大会”となった「クイックン・ローンズ・ナショナル」は、「全米オープン」と「全英オープン」にはさまれたメジャー大会の谷間に位置していることもあり、今年はトッププレーヤーたちの姿もほとんどない大会となった。
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出場選手の中で世界ランキング最高位だったのはリッキー・ファウラー(出場時9位)で、他選手はみな二桁以上のランキング。
だが、世界ランキングが三桁になっても、200位、300位、400位台まで後退しても、ずっと頑張り続ければ、いつかはトッププレーヤーへ戻ることができる。そんな復活物語を地で行く優勝者が生まれ、いい大会になった。
最終日は一時は首位に7人がひしめく大混戦となったが、そこから抜け出したのはチャールズ・ハウエルIIIとカイル・スタンレー(ともに米国)の2人。そして、プレーオフ1ホール目で勝利したスタンレーは涙で言葉が続かないほど感無量の様子だった。
「本当に苦しい日々だった。支えてくれた家族や友人たちのおかげで、再び勝利に辿り着くことができた。今は胸がいっぱいだ」
スタンリーが言った「本当に苦しい日々」は、皮肉なことに2012年の「フェニックスオープン」を制して米ツアー初優勝を挙げた喜びの直後から始まった。
2009年にプロ転向し、2010年のQスクール(予選会)を経て2011年から米ツアーデビュー。当時の彼は希望に溢れ、順風満帆の日々。
そんなスタンレーが初めて躓いたのは翌春だった。2012年の「ファーマーズ・インシュランス・オープン」で首位を独走し初優勝に王手をかけていたが、最終日終盤に大きく崩れてブラント・スネデカー(米国)とのプレーオフにもつれ込み、勝利をスネデカーにさらわれた。
悔しさと情けなさが込み上げ、人目もはばからずその場で号泣したスタンレーの姿は今でも忘れられない。そんな彼を気遣った勝者スネデカーの言葉も忘れることはないと思う。
「悔し涙は恥じゃない。戦う相手が、たとえこの地球上の僕の最大の敵であっても、あんなふうに苦しむ姿は見たくない」
スネデカーの優しさに心を癒され、立ち直ったスタンレーは、その翌週、フェニックス・オープンで堂々の初優勝を飾り、スポットライトを浴びたのだが、その一寸先は闇だった。
さらに上を目指そうとすればするほど調子は下がり、成績は下降の一途。とんとん拍子に歩んできたスタンレーだったが、落ちていくスピードは上ってきたスピードより格段に速く、2014年からは
世界ランキングが300位台、400位台まで落ちた。
しかし、2015年のレギュラーシーズン最終戦、「ウィンダム選手権」が復活のきっかけになったとスタンリーは振り返る。
「あのとき僕はフェデックスカップランキング125位を少し下回っていたけど、あの大会で13位か14位に食い込んで、ぎりぎりでシードを死守した。必要な時に必要な結果を出すことができたと感じたことで、僕は自信を取り戻した」
2016年は200位台まで昇った。そして今年はさらに好調を取り戻し、トップ10入りを次々に重ね、今大会でようやく米ツアー2勝目を挙げることができた。
初優勝の後、なぜスランプに陥ったのか、その理由は今でもわからないそうだが、「モノゴトはなかなか思った通りにはならないということだけは、はっきりしている」。
そして、もう1つ、この優勝によって、はっきりしたこともあるとスタンレーは言う。
「モノゴトはなかなか思い通りにはならないけど、努力を続ければ、望んだ通りのことをいつかは起こせるとわかった。この優勝は、正しいと信じて僕が取り組んできた諸々のことが、本当に正しかったという証になった」
2週間後に迫った全英オープンへの切符も手に入れ、3年半ぶりにメジャー大会の舞台を踏むことになった。
ウッズの姿もトッププレーヤーたちの姿もなかったクイックン・ローンズ・ナショナルだったが、スタンレーの復活優勝を見て、なかなか光が当たらない大勢の選手たちが「いつかは僕も」と希望を膨らませた大会になった。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>

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