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【AFP=時事】ジンバブエの取材許可証は貴重だ。現地メディアはほとんど国の統制下にあって、ロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領といえば昔から外国メディア嫌いで知られている。だから、芸術祭を取材するために期限付きの許可が下りるチャンスが到来したときには飛びついた。

 3か月後、申請が通ったという通知がようやく届き、有効期間1週間の取材パスを手にした。過去20年間、変化への一線を越えられずにいる国を垣間見る絶好のチャンスだ。

 政府のメディア委員会から届いたラミネート加工されたパスを持って、私はあらゆる人々に話しかけた。ムガベ大統領の支持者、退役軍人、失業者、女性実業家、街角の行商人、ファッション・ブロガー、ミュージシャン、政治家、活動家……。

 取材の中心は、ジンバブエ政府の肝煎りで毎年開催されている「ハラレ国際芸術祭(HIFA)」だった。1999年に始まったこの芸術祭は国の混乱や経済破綻を長年、乗り越えてきたが、昨年は経済危機が深刻化し、ついに中止に追い込まれてしまった。それだけに今年の再開は、反抗精神の表れとみなされていた。

 芸術祭の反逆精神は健在だった。ドリンクを片手に大音量の音楽を楽しむ若者たち──パーティーは涼しくなる夜更けまで続いた。

■新しい何かの到来を待つ

 ジンバブエはかつて英国の植民地だった。ゲリラ闘争のリーダーだったムガベ氏は、1980年のジンバブエ共和国建国以来ずっとこの国を支配してきた。

 独立まもない頃のジンバブエは、強みの農業を生かしてアフリカ開発の星になるのだという楽観ムードに包まれていた。しかし、ムガベ大統領が率いたのは、組織的な腐敗、他国への国民の流出、不正選挙、資本逃避、反対勢力に対する残虐な弾圧の時代だった。

 そして現在、93歳となったムガベ氏がいまだ独裁しているこの国の大部分は、変化を待ちながら「止まって」いるように見える。

 すぐに政治が良くなるなどという「誤った希望」を持つのはやめて、政権とはできる限り関係のないところで考えたり暮らしたりするようにしているのだと、芸術祭の参加者の多くから聞いた。

 芸術祭のバーのブースにグラフィックデザイナーだという人がいた。「私たちは何でも取り上げたがる政府に支配されている。とにかく自由に、縛られることなく、自分たちの人生を自分たちがやりたいように生きなくちゃ」と言った。そのバーの名前は「負け組国家」となっていた。

 昼間の首都ハラレ(Harare)を散策すると街のあちこちで市が開かれ、どこもにぎわっていたが、市中心部には廃虚となった巨大なビルがいくつもあった。1980年代の建国直後の楽観ムードと、その後の沈滞を示す痛烈なシンボルだ。

 金曜日にはハラレの聖心大聖堂(Sacred Heart Cathedral)へ行ってみた。聖餐(せいさん)式をやっていた。後方の席に腰かけ、ゴシック・リバイバル建築の高い天井を眺めた。ここはムガベ大統領が通っていた教会だ。だが、悪評高く、高齢で体も弱くなった大統領は最近ここを訪れていない。

 代わりに地元の教区の人々がいたが、彼らの多くは失業者だ。失業率が驚くほど高いジンバブエでは、希望のなさそうな政治から逃避できるある種の救済を宗教がもたらしてくれるのだろう。

 キリスト教福音派の教会はどんどん増えていて、毎週日曜になると、ハラレ市内の方々に集まる大勢の信者を見かける。教会の通路を行き来しながら、携帯電話で神に話しているのだ、と言う牧師が聴衆を集めようとしていた。反ムガベ派の活動家、エバン・マワリレ(Evan Mawarire)牧師の教会もある。

 植民地時代の名残をとどめたホテル「ハラレ・クラブ(Harare Club)」にも立ち寄り、誰もいないサロンバーに足を踏み入れた。赤い革張りのいすはぼろぼろで、ほこりのたまった額縁の中には、とうの昔に忘れ去られた白人政治家の正装姿の肖像画があった。

 気だるい水曜日の朝、治安判事裁判所に行ってみると、第6法廷の被告席に反ムガベ運動の若手リーダーの一人、プロミス・ムクワナンジ(Promise Mkwananzi)氏が座っていた。彼は女性判事の前で木製のパネルに頭をもたれかけ、横では弁護人が証人席の警官に手際よく反対尋問を行っていた。

 昨年の抗議デモをめぐり迷惑行為を問われた刑事裁判だった。休廷になるとムクワナンジ氏は、力を尽くしてくれた弁護士に大きな笑顔を見せ、昼食をとりに出て行った。私がジンバブエから去った後、彼は無罪となった。

 ハラレ支局で朝刊各紙を見ていて驚くことの一つは、ムガベ批判が相当大幅に許されていることだろう。「夢想の国に住むムガベ」、「財政危機が暴く無能な政府」といった見出しが思い出される。

 だが、昨年の反政権デモの勢いは今は収まり、ムガベ大統領は相変わらず誰にも邪魔されずに厳戒態勢の公邸から国を支配している。

 週末にはAFPのジンバブエ人の同僚と一緒に車で街を抜け出し、ボローデール(Borrowdale)の競馬場へ行ってみた。かつて人気のあった娯楽に経済破たんがどんな影響をもたらしたのか、記事にしたかった。

 ジンバブエの多くの日常風景とたがわず、競馬場もくたびれかけ、幾分みずぼらしくなりながらも、変化が近づいているという希望にすがりつくように、どうにかそこにあり続けていた。

 おそらく馬に賭けたのだろう。安ビールをあおりながら人々が声援を送る。まるで固まったまま動かないこの国全体に広がる鬱々とした気分から離れて楽しめる一瞬なのだ。

■変化の訪れは時間の問題

 だが、ジンバブエは変わる──たぶんもうすぐ、たぶん急速に。良くなる可能性はあるが、悪くならないという保証はない。

 野党の政治家たちはAFPの取材に対し、ムガベ氏を大統領の座から追放するために来年の選挙で連携する計画を語った。勝ち目はほとんどないように見えるが、建国以来、首脳が変わったことのないこの国にとって地を揺るがすような事態になるかもしれない。

 それに、信じがたいことに思えるときもあるが、ムガベ大統領も永遠に生きているわけではない。

 どんな未来が待ち構えていようとも、報道すべき事柄には事欠かないことになるだろう。

このコラムは、南アフリカ・ヨハネスブルク(Johannesburg)を拠点に活動するAFP特派員、ベン・シェパード(Ben Sheppard)が執筆し、2017年6月9日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。
【翻訳編集】AFPBB News