それでも杭は杭

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

「それはね、キミ、出る杭は打たれる、だよ。気にすることはない。その調子でガンガンやればいい。どうせなら出すぎた杭を目指せ。出すぎた杭は打たれない、そういうことだ……」 

 こういうことをしたり顔で言うオジサンがいる。これが実にイヤである。

「出る杭は打たれる」。ま、人の世の中、そういうこともある。これはこれでうすらさびしい言葉だが、僕がそれ以上に嫌悪しているのが「出すぎた杭は打たれない」というフレーズだ。これを使う人はうまいことを言っているつもりなのだが、何の解決にもなっていない。それどころか、ますますみみっちい話に聞こえる。

 僕がイヤなのは、このフレーズの比喩から浮かび上がる光景である。杭が横一線にずらずらと並んでいる。色も形もすべて同じ。動きもない。マットな暗い茶色の杭が黙って並んでいる。


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 多少引っ込んでようが出ていようが出すぎていようが、傍から見れば一介の杭であることには変わりない。出すぎたら打たれないかもしれないが、しょせんワン・オブ・ザ・杭ズに過ぎない。松山千春は「それでも恋は恋」と言ったが、それでも杭は杭なのである。

プロは比較しない、威張らない

 出るとか出すぎるというのは、つまるところ周囲と比較しての差分を問題にしている。ある物差しを当てて、その上で人の能力なり成果を認識する。平均値や周囲の誰かとの差をもって優劣を競う。こういうアプローチを取っている限り、ロクな仕事はできないと思う。


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 僕がスキなのは、出てきて動き出したその瞬間に「ああ、この人には敵わないな……」と思わせる人である。こういう人には出来合いの物差しが当てはまらない。相対比較を超えた圧倒的な力量。有無を言わさぬ凄みがある。能力の体幹が強くて太い。ちょっとやそっとではぐらつかない。こういう人と仕事をする幸運に恵まれると、実にイイ気分である。頼りになるしこちらとしても大いに勉強になる。

「ほら、俺は『出すぎた杭』だからさ……」とか言って悦に入っているバカもたまにいる。こういう連中に本当に仕事ができる人がいたためしがない。人と比べてあれができる、これができると言っているうちはまだまだである。余人をもって代えがたい。ここまでいってはじめて本当のプロといえる。

 しかも気持ちがいいことに、こういう本物のプロに限って他人に威張らない。印象としては「謙虚な人」なのだが、実際の本人の心情は「謙虚」というわけではないのが面白い。

 このことに気づいたのは、同僚で先輩の佐山展生さん(一橋大学教授、インテグラル代表取締役)と話をしていたときのこと。僕が佐山さんに「やたらと威張る人がいるでしょ。アレ、嫌ですね。偉い人ほど謙虚ですね」と言うと、「あーそれはね、別に謙虚というわけではないんですね。本当のプロは、『自分はまだまだダメだ』と心底思っているんですよ。だからまるで威張らない。本人の中にそもそも威張る理由がないんですね」というお答え。なるほど、と得心した次第である。

みんなちがって、みんなダメ

 スゴイ人が威張らないのは、これに加えてもうひとつ大きな理由があると思う。全方位的にスゴイ人などこの世の中に存在しない。「この人には敵わない……」と思わせる人でも、ある分野において余人をもって代えがたいわけで、すべてについて同様にスゴイ能力があるわけではない。全面的に「余人をもって代えがたい」となると、もはやスーパーマンであり、アレキサンダー大王ぐらいしか思いつかない。

 ある分野で圧倒的な能力を持つ人でも、別の分野になるとそれほどでもない、というのはごく普通にあることだ。余人をもって代えがたいスゴイ人が、別の面では意外なほどヌケているというのが面白い。あることは得意中の得意なのに、別のことになるとはっきりと苦手というか、からっきしダメになる。

 しかも、その人のずば抜けた能力のすぐ裏側に明らかな弱みがあったりする。ここが人間能力のコクのあるところで、ようするに強みと弱みはコインの両面なのである。何かについて不得手であるということが、そのまま別の何かについて得手である理由になっている。

「弱みを克服して、強みを伸ばす」というのは虫が良すぎる話だと思う。その人の最大の強みは最大の弱みと隣り合わせになってはじめて存在する。両者は切っても切れない関係で結びついている。下手に弱みを克服しようとすると、せっかくの強みまで矯めてしまうことになりかねない。


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「みんなちがって、みんないい」(by 金子みすゞ)というのはある種の名言に違いないが、裏を返せば「みんなちがって、みんなダメ」ということでもある。余人をもって代えがたいほどスゴイ人ほど、自分のダメなところ、弱いところを自覚している。自分の強みはあくまでも条件つきの強みであり、全面的に優れているわけでは決してないことをよく分かっている。世の中にはいろいろな得手不得手の人がいて、相互補完的な関係が仕事と社会を成り立たせているという認識を持っている。だから他者にも威張らない、威張る気にもならないという成り行きである。

 これとは対照的に、ちょっと人より優れた点があると、すぐに優越感を全開にしたがるのが「杭」の悪いところである。こういう手合いは、たとえ「出すぎた杭」であってもきっちり打っておいたほうがイイ。

(楠木 建)