1776年、アメリカ独立宣言の採択と同じ年にイギリスで歴史的な書物が発行されていた(写真はイメージ)


 7月4日は「アメリカ独立記念日」だ。1776年7月4日、アメリカ独立宣言が大陸会議に採択された。

 この日のことを英語で「インデペンデンス・デイ」ということもある。アメリカ合衆国の誕生日であり、全米各地で盛大に祝われる。

 パレードと花火がこの日のイベントの定番で、バーベキューやピクニック、コンサートなどに多くの人びとが繰り出す。小売業にとっては、かき入れ時の「セール」期間でもある。

「インデペンデンス・デイ」というと、ハリウッド映画の『インデペンデンス・デイ』(1996年公開)のことを想起する人もいることだろう。巨大宇宙船によるエイリアンの地球侵略によって人類全体が滅亡の危機に見舞われるという内容だ。20年後となる昨年2016年には、続編の『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』も日本公開されている。

 だが、今回はこの映画の話をしたいわけではない。「独立記念日」そのものについて話をしたいわけでもない。「7月4日」という日付ではなく、今から241年前の「1776年」という年に注目してみたい。

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『国富論』が書かれた時代の英国

「独立宣言」が発せられた1776年、この同じ年に英国では、後世に大きな影響を与えた本が出版されている。アダム・スミスの『国富論』(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)だ。

アダム・スミスの肖像


(出所:Wikipedia)

 スコットランド出身のアダム・スミスの著書が出版されたのは英国の首都ロンドン、出版日は3月9日だ。アメリカ合衆国はまだ存在していない。英国の北米植民地で「独立宣言」が公布された4カ月前のことである。

「近代経済学」の出発点となった『国富論』の誕生と、世界最大の経済大国アメリカの誕生。この両者がまったく同じ年の出来事なのである。ともに今年で241歳になる。

 当時の英国は、16世紀に始まった「第1次グローバリゼーション」の最終局面で、世界経済の覇権を握り、北米植民地とカリブ海の西インド諸島、そしてアフリカを結んだ「三角貿易」で富の集積を図っていた時代である。

 カリブ海の西インド諸島ではサトウキビを栽培し、北米植民地では綿花やタバコといった商品作物栽培の大規模プランテーションを経営した。こうした労働集約型産業で必要とされる労働力は、アフリカから連れてきた黒人奴隷によって担われていた。

 北米植民地の事業に投資していたのは、英国をはじめとした欧州各国の王侯貴族やブルジョワ層である。その仲介を行っていたのは「宮廷ユダヤ人」と呼ばれていたユダヤ系の国際金融業者であった。

 つまるところ、儲けていたのは特権階級だけであった。決して英国の国民経済全体が潤っていたわけではなかったのだ。いわゆる「重商主義」である。21世紀的に言えば「国家資本主義」ということになる。

相思相愛だったアダム・スミスの主張とアメリカ

 アダム・スミスは『国富論』で重商主義を批判し、最終章の末尾で以下のような主張を行っている。

 植民地からの税収より、植民地を維持するコストが上回っているのであれば、国民経済全体の立場からみて北米植民地の分離が望ましい。経済的に潤っているのは特権階層だけであるのに、英国の国民全体が植民地維持コストを負担するのは間違っているのではないか。

 この発言は、21世紀の現在に置き換えても響くものがあるのではないだろか。

 アダム・スミスのこの主張は英国国民に向けての発言だったが、北米植民地では諸手を挙げて歓迎された。その意味では、同じ年に誕生した『国富論』とアメリカ合衆国は、最初から“相思相愛”だったことになる。

 アメリカ独立のきっかけになったのは、英国が植民地にも財政負担を肩代わりさせるために「印紙税」を導入しようとしたことに対する反発だった。「代表なくして課税なし」というフレーズに端的に表現されているように、税金を支払う以上、納税者の代表が税金の使い道に関して監視する機能が絶対に必要だという主張である。現在でも米国人にしっかりと根付いている「タックス・ペイヤー意識」の原点がそこにある。

 日本のような源泉徴収制度がない米国では、会社勤めのサラリーマンであっても確定申告を行わなくてはならない。会計ソフトをつかって自分で申告書を作成すれば、おのずから税金の使い道についてはシビアになる。

「独占」の弊害も主張していたアダム・スミス

『国富論』が米国で大歓迎されたのは、アメリカ独立を精神的に支える役割を果たしたからだけではない。「市場経済」の守護者とみなされたからでもある。しかし、そこには誤解も含まれている。

 日本に限らず、アダム・スミスの『国富論』というと、市場メカニズムについて説明した「見えざる手」というフレーズだけが一人歩きしてしまっている。「見えざる手」によって、個人レベルの「私欲」が、全体で見たら「公益」になるという発想である。政府による規制を排除した「レッセ・フェール」(=自由放任)による自由競争礼賛である。

 この発想が、自由主義経済とビジネス中心主義を正当化し、「ビジネス立国」としての米国を世界最大の経済大国に押し上げる原動力となった。

 だが、実はアダム・スミスは、むきだしの「欲望」を礼賛などしていない。経済学者である前に、そもそも倫理学者であったアダム・スミスは、「独占」の弊害も主張しているのである。

 近代資本主義の功罪について考えるためには、改めて『国富論』そのものに立ち返って考えてみる必要があるだろう。

「資本主義が終焉する」は願望か

 現在の日本では「資本主義が終焉する」という議論もなされている。だが、現時点では時期尚早に感じられるだけではなく、終末待望論的な響きさえ感じなくもない。

 キリスト教には「千年王国論」というものがある。現在の悪い世の中は暴力的に終わり、その後に真の救世主が現れ、選ばれた者たちだけが救済されるという発想である。資本主義の終焉と共産主義の実現を夢みたマルクス主義の発想は、まさに「千年王国論」そのものであった。

 筆者は、先日出版した拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、「アメリカ独立宣言」と『国富論』が誕生した241年前まで近現代史を振り返ってみた。この241年の間には、資本主義にとって代わる勢いを示した社会主義の実験が、ソ連崩壊によって最終的に失敗に終わったという出来事も含まれる。

 資本主義が抱える問題をどう解決していくか、これまでも多くの試みがなされてきたが、最低限でも『国富論』が誕生し、「アメリカ独立宣言」が公布された241年前までさかのぼって考えてみる必要があるだろう。

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筆者:佐藤 けんいち