7月2日の投票で行われた東京都議会議員選挙は、小池百合子知事が率いる都民ファーストが圧勝した。これによって知事支持勢力は、公明党などと合わせて過半数の64議席を大きく上回る79議席を獲得した。

 自民党は完膚なきまでに叩き潰された。民進党も同様だ。東京都議選は、一地方の選挙ではない。首都、東京の選挙である。これまでも都議選の結果が国政にも大きな影響を与えてきた。今回も与えずにはおかないだろう。

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東京都の“負の遺産”と戦った小池氏

 小池百合子氏が都知事に当選したのは、昨年(2016年)の7月31日だった。それからほぼ1年が経過しただけだが、小池知事は実に精力的だった。

 知事就任早々に、築地市場の豊洲移転計画と2020年東京オリンピック・パラリンピックの会場の新設計画の見直しを表明した。このいずれもが、かつての都知事と都議会自民党が主導した事業である。築地問題では石原慎太郎元知事、五輪では大会組織委員会会長の森喜朗元首相らが、都議会自民党と連携してきた。ここに楔を打ち込もうとしたわけである。

 もちろんすべてが思惑通りに動いたわけではない。だが、いずれの問題も前知事や都議会など、先立つ都政が作り上げた“負の遺産”とも言うべきものであり、小池知事の誕生により高額な建設費やでたらめな汚染対策が白日の下にさらされることになった。

 都議会自民党や自民党東京都連を「ブラックボックス」と批判してきた小池知事は、すべての会議をオープンにし、都政の透明化を積極的に推し進めた。ここまで会議をオープンにしている自治体は、東京都以外にはないだろう。重要な記録を廃棄し、資料の公開を拒む財務省や国交省など、中央官庁とは大違いの行政運営を行い、忖度などとは無縁の政治を実行してきた。

 そして「都民ファースト」という政党まで作り上げてしまった。

 正直言って、都民ファーストを立ち上げることに、私は懐疑的であった。知事選挙で圧勝した小池知事に対して、自民党も是々非々という態度をとるしかなかった。あえて新しい政党を立ち上げずとも、議会運営に大きな支障はないと考えたからだ。

 現に公明党は早々と自民党との共闘関係から離脱し、小池知事の与党へと変身した。民進党も事実上の与党宣言をしていた。共産党も小池都政をある程度評価してきた。完全野党など存在していなかったのである。そこに新たな政党を立ち上げるのは、“火中の栗を拾う”ことにならないかと危惧したからである。

 だが小池知事にこんな軟弱な考え方は、微塵もなかったようである。石原慎太郎知事以来、猪瀬直樹知事、舛添要一知事が誕生したが、この3代にわたる知事は、いずれも都議会自民党に首根っこを押さえられていた。都知事も、都庁職員も都議会自民党の意向を忖度し、都政運営を行ってきた。これこそ都政運営に歪みを生み出してきた元凶だと見なしていたのが、小池知事であった。したがって、小池知事の公約である東京大改革のためには、都議会にメスを入れることが不可欠だった。その最も手っ取り早い方法が、自ら新党を立ち上げることだったというわけである(なお、都議選大勝利の翌日に小池氏は「知事に専念するため」都民ファーストの代表は辞任した)。

落選した握手“拒否”の都議会議長

 東京都議選での小池知事の自民党批判は、痛烈なものだった。

「忖度政治、これこそ自民党都連そのものだと断言しておきます」
「自民党都連では東京を引っ張る力はない。足を引っ張る力はある」
「ボスの気持ちを忖度し良い子ちゃんでないと議長になれない」
「忖度しなければ、議会を怒らせれば、条例案も通らない。忖度に次ぐ忖度をやったのは自民党都連そのもの」・・・等々である。

 私も候補者、参議院議員として、何千回も演説をしてきたが、その私から見ても上手いものだと感心する。

 安倍政権のもとでの森友学園問題や加計学園問題で流行した「忖度」という言葉を巧みに取り入れた批判に、自民党は的確な反撃をできなかったはずだ。今や安倍政権の“学園ドラマ”などと揶揄されるように、両問題共に、安倍首相や昭恵夫人の意向を忖度したことは、国民のレベルでは常識になっているからである。これに下手に反撃しようと思えば、逆に反発を食うだけである。

 都知事選挙に「崖から飛び降りる」決意で立候補を表明したときにも、くそ度胸のある女性だと思ったが、地域政党とはいえ、新党まで立ち上げてしまうとは、その度胸と決断力に驚く他ない。

 自民党は、小池知事が知事就任の挨拶に行った際、握手を拒否した都議会議長も、幹事長も落選した。浅はかで無礼な対応しかできなかった議長の落選は、握手を拒否した時点で決まっていたと言うべきだろう。小池知事圧勝は都民がもたらしたものである。ところがこの議長は、都民の審判に恐れおののいていないのである。そこまで傲慢になっていたということだ。

 千代田区選出で「ブラックボックス」のボスと見なされていた内田茂氏の後継候補も、都民ファーストの候補に惨敗した。自民党が1人区で当選したのは島部だけである。2人区でも、5選挙区で都民ファーストの独占を許した。

「禍福は糾(あざな)える縄の如し」という諺がある。成功も失敗もより合わせた縄のように表裏一体であり、めまぐるしく変化するものだということの例えである。これはもちろん自民党にも当てはまる。

都議選で準備された安倍政治に代わる受け皿

 都民ファーストが圧勝し自民党が惨敗した最大の理由は、「安倍一強政治」への国民の反発であろう。終盤に安倍首相が秋葉原で街頭演説を行った際、「安倍辞めろ」「安倍帰れ」コールが巻き起こった。首相の演説にこんなヤジが飛んだ例を私は知らない。しかも、最近低下したとは言え、相対的に高い内閣支持率を誇る首相に対してである。

 安倍内閣の高い支持率の背景には、他に代わるべき受け皿がないということがある。つまり多くの人は積極的に支持しているわけではなく、引き算で残ったのが安倍政権だったということであり、消極的な支持ということだ。

 国政では、第2党の民進党と自民党ではあまりにも力の差がある。民主党政権の失敗の後遺症は、いまだ消えずに残っている。つまり、自民党に代わるべき受け皿がないのである。だが都議選では、その受け皿が準備された。それが小池知事率いる都民ファーストである。都民ファーストでさえあれば、ある意味、誰でも良かったのである。

 逆に言えば、それほど今や安倍政権の政治への批判が高まっているということでもある。それも無理からぬ話である。

 加計学園問題で、安倍首相は「岩盤規制にドリルで穴を開けた」と言ったが、そうではない。穴が開けられたのは、お友だちが経営する加計学園だけである。同じように獣医学部の新設を目指していた京都産業大学は、国家戦略特区諮問会議で「広域的に獣医師系養成大学の存在しない地域に限り、新設を可能とする」ということが決められたために、新設を断念した。これは京都産業大学にとっては、より強力な岩盤規制が敷かれたようなものである。

 しかも、官房長官らが、正直に語るどころか上から目線で、木で鼻をくくるような対応しかしてこなかった。森友学園問題でもそうだったが、これでは自民党支持者ですら、支持する気が失せてしまう。

 そこへまたもや稲田朋美防衛大臣の大失言である。自衛隊や防衛省を自民党の選挙に動員するかのような“妨害演説”をしてしまった。「誤解を与えた」などと弁明したが、誤解など生まれようもない。こんな人物が国の防衛の責任者なのだから、勘弁してよと言うしかない。

 安倍首相は、野党の質問に対し、何かと言えば「印象操作だ」と反発したが、これも頓珍漢な対応である。疑惑があれば問いただすのは当然のことだ。それは「印象操作」などではない。「印象操作」という言葉で、問題に正面から答えない方が、はるかに印象操作なのである。

 すべて根源には、自民党の驕りがある。その意味で今回の都議選での惨敗は、誰のせいでもない。自民党自身の招いたものである。

筆者:筆坂 秀世