アイマスクを着用する人々。舌を駆使して声だけでやりとり、というのも独特の官能的な空気が......。

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視覚が使えない状況で食事をすると、味は変わるのでしょうか? 先日、「暗闇ごはん」の体験会に参加する機会がありました。主催者は湯島山 緑泉寺の住職、青江覚峰さん。精進料理の本を多数出版し、MBAも持っているという、やり手のお坊さんです。ふだんは緑泉寺で暗闇ごはんを開催しているそうですが、これからは今回の会場となった「浅草・おと」でも定期的に行う予定だとのことです。

2階に上がると、一見してふつうのごはん屋さん。でもテーブルには黒い物体が。「こちらは最高級のアイマスクです」と、青江さん。「黒いブラみたい」と誰かが言っていましたが、たしかに形態は似ていて、はた目から見てプチ変態っぽく見えないか懸念されます。

「暗くて怖くなったらアイマスクを外していただいても結構です。料理が来たら全員そろってお召し上がりください」と、青江さんからアナウンスがありました。

ふだんよりも食べ物に集中できる暗闇ごはん。舌が研ぎすまされてゆく......

そしていよいよアイマスク着用。周囲はふつうに明るい世界だと思うと、少し緊張も和らぎます。そして高級アイマスクなだけあって光が漏れず、完璧な暗闇を創出してくれます。

「最初に、向かいの席の人とじゃんけんしてみてください」と、ムチャぶりする青江さん。そんなのムリ、と思いかけましたが、手の感覚を使うそうです。じゃんけんの手を出しながらもう片方の手で相手の手を触って確かめる暗闇じゃんけんです。向かいは20代のOLさんで、触れた手がツルツルでした。暗闇で触るとむしろ年齢感が露に......? じゃんけんに勝った方から、最近あった恥ずかしい話をする、というお題で、彼女は「お客さんの前で一発芸をさせられました」と言いました。私は「地方の観光地で仮設トイレに入ったら、和式で鍵をかけるのを忘れた人のお尻を見てしまいました」と、食事前にふさわしくない話をしてしまい、すみません。

 

そうしているうちに1品目の料理です。小さい器に入っている液体を飲んで、「なんだろう、トマトのコンソメ?」と、同じテーブルの4人で味を予測しあいます。続いて、「長いお皿に5つのものが乗っています」と、青江さん。手づかみでもOKとのことで、手をそろそろ伸ばして口に入れます。野菜のようですが、カボチャ、キュウリはわかっても、まだ不明のものが。見えないぶん、舌でなんとか感じ取ろうとして、普段より真剣に料理と向き合っています。(ふだんは雑誌読みながらとかスマホを弄びながらとか、食材に対して失礼でした)

次の食べ物は、口に入れるとグキュという食感が。「ナス!」とOLさんが即答。舌の感覚が鋭敏になってきたかもしれません。でも次の皿は、匂いはゴボウっぽくて、周りからも「ゴボウ?」という声が上がったのですが、食べてみたらホタテやイクラで意外でした。

何品か食べて、ついにアイマスクを外す時がきました。目を痛めないように、手で覆って指の間から少しずつ光を入れて、開眼。まだもうちょっと暗闇にいたかった、そんな後を引く体験です。

最後に、料理の答え合わせがありました。何かわからなかった円形の野菜は、にんじんや大根を輪の状態に切って、わざとたまねぎっぽく偽装させた料理でした。手の込んだトリックで盛り上がります。その後、マスクを取った状態でそぼろごはんをいただいたのですが、卵や鶏だと思っていたのが着色した豆腐だった、という最後まで油断できない演出が。お坊さんの手のひらの上で転がされているようです。

「明るくなってパクパクと食べると、さっきまで気付けていたものが気付けなくなりませんか?」と、青江さん。「暗闇は続きます」ともおっしゃって、もしかして人生一寸先は闇ということ? と怖くなりましたが、「我々はわかったと思っても実は何もわかっていない、という繰り返しです。それは無明の闇。見えた瞬間が暗闇の第一歩です」と、さすがのお坊さんの説法でしめくくられました。

同じテーブルの人たちと和気あいあいと盛り上がった気がしていましたが、そのあとサーッと解散し一抹の寂寥感が。向かいの女子も、「連絡先教えてください!」と他のテーブルの女子のところに行っていました。視覚がなくなって声だけになったことで、より、声の好みというか、相性が察せられるようになったのでしょうか。

人間の好き嫌いだけではありません。暗闇ごはんは、味に集中するので、おいしい、まずいの差が如実に現れそうです。今回はどれもおいしかったですが、よほど料理に自信がないとできない企画だと感じました。暗闇系の食事は要チェックです。

辛酸なめ子

1974年、千代田区生まれ、埼玉育ち。漫画家・コラムニスト。著書に、『消費セラピー』(集英社文庫)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『女子の国はいつも内戦』(河出書房新社)、『なめ単』(朝日新聞出版)、『妙齢美容修業』(講談社文庫)、『諸行無常のワイドショー』(ぶんか社)、『絶対霊度』(学研)などがある。