小田 理一郎氏

写真拡大 (全2枚)

マサチューセッツ工科大学(MIT)発のマネジメント理論『学習する組織』。世界17カ国で出版された250万部超のベストセラーですが、しばしば難解だと言われてきました。今回、「学習する組織」の第一人者であるコンサルタントの小田理一郎氏が、初の入門書を執筆。事例をストーリーで示すことで、わかりやすい内容になっています。理論の骨子について、プレジデントオンラインへの特別寄稿をお届けします――。

■組織に見られる「学習障害」

前年度末に売上目標のため無理をした結果、今年度は期首から大幅な目標未達。
マネジャーが「自分がやった方が速い」と仕事を抱え込む結果、部下が育たず悪循環。
会議では有力者の発言ばかりが目立ち、それに疑問を示せる雰囲気ではない。

……もし身に覚えがあるとしたら、あなたの組織は「学習障害」を抱えてしまっているかもしれません。それは、ときに企業の存続にもかかわる、大きな問題になりえます。

たとえば、多くの経営者やマネジャーは、「自分の理解の範囲内では」合理的な判断を下すものです。しかし、そもそも視野が狭かったり、思考にバイアスがかかっていたりしたら、どうなるでしょう? 一見合理的な意思決定でも、実際は非合理になってしまいます。目の前の効率を高めることを重視するあまり、長期的な収益性を犠牲にしてしまう、といったことが起こります。

加えて、私たちには、経験したことのないことは見ることも考えることもできない傾向があります。また感情的に受け入れられないことを否定しがちです。つまり、ものごとをありのままに見るのではなく、自分の思考に合致することだけを見る傾向があります。

このような状態は「学習障害」の典型的状況と言えます。見たいものだけを見て、見たくないものは見ない。学ぼうとしない、気づこうとしない状態です。組織に学習障害が蔓延すると、新しい技術の出現、顧客の志向の変化、政府による規制の動き、競合の動向や新規参入などの事業環境の変化を察知する感覚が鈍ってしまいます。そしてやがて環境変化についていけなくなり、凋落してしまうのです。

学習障害に陥っている組織では、しばしば次のような状況が見られます。

----------

・各部署が縦割りで部分最適に走っている。
・現場は混乱し、調整に追われ、ムダな仕事ややり直しが絶えない。
・風通しが悪く、率直な意見交換も見られずに、社員、中間管理職、経営陣の間に溝がある。
・組織内のタブーが厳然として存在し、本音が語られるのはタバコ部屋や飲み屋ばかり。
・未来やビジョンは語られず、指示待ちの文化がある。
・新事業・新製品開発が目標とされながら、ほとんど動いていない。

----------

あなたの組織は大丈夫でしょうか? もしこのような状態にあるとしたら、変化と不確実性に満ちた今日の事業環境の中、生き残っていくのが難しくなるかもしれません。

変化に適応するには、「学習能力」が必要です。組織の学習能力こそが、持続可能な競争優位やたゆまぬ価値創造のもっとも確かな源泉であるとも言われています。

そこで役に立つのが、「学習する組織」のアプローチです。

■3つの力と5つのディシプリン

「学習する組織(ラーニング・オーガニゼーション)」は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のピーター・センゲが提唱した新しい組織の概念であり、実践のための手法体系です。

センゲの著書『学習する組織』は世界で250万部を超えるベストセラーとなり、このアプローチはナイキ、ユニリーバ、インテル、VISA、世界銀行など多くの企業・組織に取り入れられてきました。日本でも、日産、リクルート、国際協力機構などで導入され、学習する組織を目指す取り組みが近年広がっています。

「学習する組織」とは、「目的に向けて効果的に行動するために、集団としての意識と能力を継続的に高め、伸ばし続ける組織」です。目的を達成するために自らを磨き、目的に達したらさらに高い目的を設定して能力と意識を高め続けていく。そんな組織です。

より具体的にいえば、学習する組織のアプローチでは、次の3つの学習能力を磨いていきます。

1. 志を育成する力……個人、チーム、組織が、自分たちが本当に望むことを思い描き、それに向かって自ら望んで変化していくための意識と能力

2. 複雑性を理解する力……自らの理解とほかの人の理解を重ね合わせて、さまざまなつながりでつくられるシステムの全体像とその作用を理解する意識と能力

3. 共創的に対話する力……個人、チーム、組織に根強く存在する無意識の前提を振り返り、内省しながら、ともに創造的に考え、話し合うための意識と能力

3つの力は、それぞれを構成する5つの「ディシプリン」から成り立っています。ディシプリン(discipline)はよく規律と訳されますが、ここでは学び習得するべき理論と手法の体系を意味します。以下5つのディシプリンがあります。

・自己マスタリー……ビジョンと現実の両方を見据えて探求・内省を行い、自ら意識的に選択を行うこと、そして根源とつながって自身のあり方を磨き続けること

・システム思考……組織や市場や社会における相互関連性を理解すること、多様な個の集まった全体性を感じること

・メンタル・モデル……自らの思考やコミュニケーションの開放性を保つこと、そして、自らの無知を知りながら真実を愛する心を育むこと

・チーム学習……メンバーたちが「今ここ」にありのままにいてエネルギーを集め、メンバー間の意図や理解が「合致」した状態を生み出すこと

・共有ビジョン……メンバーの間で互いの目的やビジョンの共通性を見いだし、その理念と互いに対してコミットするパートナーシップを築くこと

それぞれ一文の説明ではイメージしづらいかもしれませんが、個人・チーム・組織の意識と能力を根本から高めていくアプローチであることを感じていただけたらと思います。

■自分・チーム・会社を磨き続ける

センゲはディシプリンを「自分の人生に一体化させて取り組む活動」と解説しています。日本では、剣道、柔道などの武術や、茶道、華道などの芸術において、「道」という言葉が使われますが、これがディシプリンに近い表現と言えるでしょう。

学習する組織をつくるということは、5つの終わりなき道を歩み続け、自分・チーム・会社を継続的に成長・進化させていく、不断の実践活動を意味するのです。

『「学習する組織」入門』は、センゲの名著『学習する組織』で示されたこのアプローチの基本を解説した入門書です。実践につなげていただくことを念頭に、事例と演習を多数掲載したハンドブックとなっています。

学習の効果を高めるには、自分なりの意図や目的、問いを持つことが大切です。たとえば、以下のような問いを頭の片隅において読んでいただくとよいでしょう。

----------

・自分の組織は何のために存在するのだろうか。自分の組織は今から5年後、10年後に何をしているだろうか。
・自分の組織の生産性を高め、目的につながる成果を出し続けるために必要なことは何か。
・自分の組織に、目的の達成に必要な意識や能力は備わっているだろうか。
・永く成果を出し続ける組織にはどのような特徴があるのだろうか。
・自分の組織では永く成果を出し続けるために何をなすべきかを考え、実践しているか。
・自分の組織を「学習する組織」にするために、自分がすぐに始められることは何か。
・組織やチームのメンバーの力を引き出すリーダーになるには、どのような力を身につける必要があるだろうか。

----------

気になる問いはありましたか? もちろん、あなた自身の問題意識がもっとも大切です。自分・チーム・会社の未来のために、あなたもこの「道」を歩み始めてはいかがでしょうか。

----------

小田 理一郎(おだ・りいちろう)
コンサルタント。チェンジ・エージェント代表取締役。
オレゴン大学経営学修士(MBA)修了。多国籍企業経営を専攻し、米国企業で10年間、製品責任者・経営企画室長として組織横断での業務改革・組織変革に取り組む。2005年チェンジ・エージェント社を設立、人財・組織開発、CSR経営などのコンサルティングに従事し、システム横断で社会課題を解決するプロセスデザインやファシリテーションを展開する。デニス・メドウズ、ピーター・センゲ、アダム・カヘンら第一人者たちの薫陶を受け、組織学習協会(SoL) ジャパン代表、グローバルSoL理事などを務め、システム思考、ダイアログ、「学習する組織」などの普及推進を図っている。共著にシステム思考の入門書『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか』など、共訳書にピーター・M・センゲ著『学習する組織』(英治出版)、ジョン・D・スターマン著『システム思考』(東洋経済新報社)、監訳書にアダム・カヘン著『社会変革のシナリオ・プランニング』(英治出版)、『行動探求――個人・チーム・組織の変容をもたらすリーダーシップ』(英治出版)。

----------

(コンサルタント/チェンジ・エージェント代表取締役 小田 理一郎)