死ぬ権利が末期患者にも広く認められるべきか

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2017年6月27日、末期状態で治療の見込みがない患者の「死ぬ権利」を州法で認めたカリフォルニア州で、2016年6月9日から12月31日までに111人が自らの意志で死亡したことが確認されたと同州公衆衛生局が発表した。

CNNなどは「自殺のほう助ではないか」とする意見も取り上げているが、同法を提案した元州議会議員らは「自殺とも安楽死とも異なる」としている。

安楽死でも尊厳死でもない選択?

カリフォルニア州では昨年6月に「End of Life Option Act(ELOA、終末期選択法)」という法律が施行された。同州公衆衛生局のプレスリリースによると、この法律は同州に住む18歳以上の成人で今現在治療の見込みがない病気にかかっており、すでに末期状態となっている患者が対象。自らの意志で死ぬ時期を決めたいと患者が希望する場合、医師に致死性の薬物を請求できるというものだ。

もちろん「死にたい」と言ったから薬がもらえるというわけではなく、「不治かつ終末期である診断が出ている」「患者は口頭で15日以上期間を空けて2回医師に希望を伝える」「薬の服用は医師、看護師、家族、友人などが手伝ってはならず自分自身で服用する」「薬を服用する48時間前には患者が自分自身で服用する意志があることを示す」などの条件はある。

公衆衛生局のレポートによると、半年の間に薬を希望したのは258人で、201人が医師から薬を処方され服用前に21人が病気で死亡。59人は服用状態が不明で、111人が薬の服用によって死亡したことが確認されている。死亡者の大半は白人でホスピスや緩和ケア施設に入院しており、65人が末期がんだった。

ところで、こうした行為は「尊厳死」や「安楽死」にあたるのだろうか。6月29日付のCNNの報道によると、米国では50州すべてで安楽死は禁じられており、実施した場合医師が殺人罪に問われるため、そもそも安楽死ではない。

安楽死とELOAが決定的に異なるのは、安楽死は患者が死に至るうえで医師など第三者が処置するのに対し、ELOAでは医師はあくまで請求を受けて薬を用意するだけで、服用するか否かはもちろん服用する行為自体もすべて患者が行う点だ。

尊厳死に含まれるかについては解釈によって異なる。日本尊厳死協会などは尊厳死を

「不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、死期を単に引き延ばすためだけの延命措置を断わり、自然の経過のまま受け入れる死のこと」

と定義し、「積極的に命を絶つ行為」は尊厳死に含まれないとしている。米国でもELOAは治療の拒否などとは異なり尊厳死でも安楽死でもないのなら、単なる自殺のほう助ではないかとする意見があるとCNNは伝えている。これに対し、同法の提案者である元州議会議員や元上院議員らは「自殺などではない」と否定。

「痛みに苦しむ末期患者が鎮痛剤などを処方されるのと同じように、緩和ケアの一環として自らの死期を決めるという選択肢が用意されているに過ぎない」

とコメントしている。

日本では尊厳死も扱いが微妙だが

米国では、延命治療や無意味な治療を拒否し死を迎える意味での尊厳死は法的に認められている。尊厳死を推進している米国のNPO「Death with Dignity National Center」によると、患者が冷静かつ明確に延命などを拒否しているのに、医師が強引に措置を行ったり、家族が患者本人の意志を無視した治療などを要求した場合は、罪に問われたり裁判所に差し止めを依頼することができるという。

日本の事情はどうか。まず安楽死は日本でも違法だ。過去には例外的に一定の要件を満たせば必ずしも違法ではないとする司法判断も出ているが、原則的には殺人と見なされる。尊厳死については微妙なところで、尊厳死を推奨するような法律などは存在しない。

前述の尊厳死協会などは尊厳死が憲法で保障されている基本的人権のひとつ、幸福追求権に含まれるとして「法的に認められている」との立場を示している。医療の限界や回復の見込みがない場合には、治療中止が認められるとする司法判断は確かに示されているが、医師や家族が治療続行を希望した場合に止めるような強制力があるわけではない。

日本でも米国でも、尊厳死やELOAのように患者が積極的に死を選ぶことが容認されれば安易な自殺を推奨することにつながりかねないとし、安楽死はもちろん尊厳死に反対する団体も存在する。

もし自分が治療の見込みがない末期の患者になったとき、どのような選択肢があることが理想的だろうか。