ユナイテッド航空引きずり下ろし事件の被害者であるデイビッド・ダオ氏の娘(写真:ロイター/アフロ)

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 4月9日、オーバーブッキングが発生した米シカゴ発ルイビル行きのユナイテッド航空線で、搭乗済旅客を機内から力づくで引きずり下ろす事件が発生した。同乗していた旅客がこの顛末の一部始終を撮影したビデオがインターネット上で炎上し、同社CEO(最高経営者)が自ら陳謝せざるを得ない事態に陥った。

 暴力により旅客を引きずり下ろすのは論外だが、米国では航空会社が予約済旅客を搭乗拒否するケースは少なくない。米運輸省の統計では、2016年の1年間に47万人がバンプオフされている。これは、全搭乗旅客1万人当たり7.1人に相当する。日本の国内線の場合は、同期間に約9000人、1万人当たりにすると1.1人と極めて少ない。

 本連載前回記事では、多発するオーバーブッキングの実態や、発生する背景、その目的であるノーショー(予約したにもかかわらず、現れない顧客)対策をめぐる航空各社の取り組みについて解説した。今回は引き続き、この問題に関する世界の最新動向と展望について考えてみたい。

●顧客の権利はどうなっているのか

 旅客と航空会社の関係は、運送約款に定められている。この約款により、航空会社は顧客と交わした運送契約を履行することになる。また、これとは別に、国や地域によっては、旅客の権利を保護する法令が存在する場合がある。当然のことながら、その場合は法令が約款に優先する。

 しかし、もっとも基本的かつ重要な両者の関係は、搭乗旅客は乗務員の指示に従うことが義務づけられているということだ。機長(キャプテン)は「Pilot in Command」といわれている通り、航空機の運航とその安全に関するすべてを統括する、文字通りの最高責任者である。したがって機長は、運航の安全に影響を及ぼす可能性がある旅客や、航空会社の言うことを聞かない旅客を搭乗拒否する絶対的な権利を有しているのだ。とにもかくにも、予約済みであっても、最終的な旅客の搭乗可否の決定権はすべて航空会社が握っていることになる。

 次に、約款に関する基本的な知識を確認してみよう。国際航空運送協会(IATA)の国際運送約款は、オーバーブッキングにより搭乗を拒否された場合、旅客は補償を受けることができると謳っている。そして運送人(航空会社)は、法令に定めがある場合は、自主的に搭乗を辞退してくれる旅客を募らなければならず、その補償については運送人の規定によるとしている。

 募集しても応募する旅客がいない場合や、目標の旅客数に達しない場合は、航空会社の社内規定に従って選別した顧客と直接交渉して降機してもらうことになる。選別基準は、航空会社によってまちまちであるが、大抵の場合、航空運賃の多寡、チェックインの順番、マイレッジ会員か否かなどの基準によって判断されているようだ。多くの航空会社は、IATAのこの約款に準拠している。

 欧州では、EU域内共通規則261「航空便補償規定」が存在する。航空会社は、搭乗拒否した旅客に対して、航空便の路線距離や代替便による目的地到着までの遅延時間(予約した便と代替便の最終目的地の到着時間の差)の大小により、125〜600ユーロ(約1万5000〜7万円)の補償金(Cash Compensation)を支払わなければならない。

 米国でもEUの場合と同様に、搭乗拒否された旅客は、連邦行政規則集の14 CFR 250.5「連邦航空規定」により支払った航空運賃の2倍(最大650ドル:約7万円)までの補償金を受ける権利を有している。代替便の最終目的地到着時間が大幅に遅れるようなことになれば、補償額は4倍(最大1,300ドル:約15万円)となる。

 補償金は、その金額と同等かそれ以上の相当額の金券(トラベル・バウチャー)により代替できる。そしてどちらのケースでも、航空会社はホテルや飲食などの付随サービスを必要に応じて提供しなければならない。

 日本では、国内線の場合は01年につくられた「フレックストラベラー」と呼ばれる制度がある。この制度により搭乗拒否に応じた旅客に対して協力金として1万円もしくはマイレッジポイント7,500ポイントを提供する。代替便が翌日となる場合、協力金やマイレッジは倍増する。国際線の場合は、前述のIATA国際運送約款に従っている。補償については各航空会社によって異なる対応が取られている。日本では、国内線と国際線のどちらの場合も、EUや米国のような法令は存在しない。

●各国でオーバーブッキングの規制強化が始まりだしている

 米下院の運輸経済基盤委員会は、ユナイテッドの事件の直後、米航空会社のCEOなど上級幹部を議会に招聘、彼らに対して顧客サービスの抜本的改善を命じた。大手は以下の検討を約束させられた。

(1)オーバーブッキング補償上限の 1万ドル(約110万円)に引き上げ
(2)YMS改善によるオーバーブッキング大幅削減
(3)搭乗後旅客の降機禁止
(4)社員サービス再教育
(5)簡略化を含む約款の見直し

 その一方で、旅客権利保護のための新たな規定の必要可否を会計検査院に検討させている。これを受けデルタ航空は、今までの2倍以上となる2万ドル相当のトラベルバウチャーを提供する権限を空港責任者に付与した。また、サウスウエスト航空はオーバーブッキングそのものを中止した。

 カナダ政府においては、オーバーブッキングによる搭乗拒否禁止を含む旅客権利保護法を制定することとし、18年の立法化を試みることとなった。

●今後はどうなるのだろうか?

 航空会社は、売り切りモデルのLCCを除いて、収入の機会損失を最小限にするためにオーバーブッキングを今後も継続するだろう。航空会社は常に「オーバーブッキングは公衆の利便向上に必要である」と言っている。つまり、ノーショーによって空席が発生すれば、その便に乗りたがっていた他の旅客の搭乗機会を喪失してしまうことになり、ひいては公衆利便を阻害するというのだ。適正なオーバーブッキングを実施することにより、より多くの搭乗希望旅客に座席を提供することができるので、すなわち公衆利便が向上するという理屈だ。

 それはさておき、今後はどうなるのだろうか。それこそビッグデータ解析のテクノロジーの進化により、航空会社はノーショーを頻繁に行う(約束を守らない)顧客を割り出すことに成功するかもしれない。また同一路線を運航する複数の航空会社間の予約データのクロスチェックを可能にして、ダブルブッキング(二重予約)を突き止めるシステムも開発されるかもしれない。そしてAI(人工知能)を駆使したYMSの予測能力も向上するだろう。そうなれば、オーバーブッキング発生の確率は大幅に低下、否、究極的にはなくなってしまうかもしれない。

 ノーショーや二重予約をしばしば実施する顧客に対して、航空会社は混雑便の予約優先順位を低下させるなどの対策を取るようになるかもしれない。すでにエアビーアンドビーやウーバーが行っているように、航空会社も顧客の評価をするようになるということだ。

 テクノロジーといえば、航空管制システムや航空機のテクノロジーについても今後さらに進化することは間違いない。航空機の信頼性もますます向上、天候や天変地異の自然現象による場合を除いて、航空便の遅延や欠航もなくなっていくのではないだろうか。また空港におけるセキュリティーチェックの方式も、バイオメトリクス認証技術を使った「No Fly List(テロリストやハイジャッカーなどを搭乗阻止するための米政府の搭乗拒否リスト)」の危険人物の割り出しや、先進手荷物スキャナーによる危険物探知が、瞬時に実施されるようになるだろう。

 そうなれば定時性が改善し、空港の安全検査のハッスルも軽減され、航空旅行の快適性が飛躍的に改善するだろう。IATAの予測によれば、20年後の世界では、現在の倍のおよそ35億人(ユニーク搭乗旅客数、航空便区間ベースでは延70億人以上)が航空旅行を楽しむことになるというのだから、そうせざるを得なくなるはずだ。
(文=牛場春夫/航空経営研究所副所長)