◎快楽の1冊
『旅愁』(上・下) 横光利一 岩波文庫 上巻1160円・下巻1260円(本体価格)

 電車に乗る。中吊り広告に目がゆく。
 そこでふと、猛烈な羞恥心と嫌悪感に苛まれ、いたたまれなくなる瞬間が多々ある。
 女性誌ならば見出しに踊るのは「フランス女性がいつまでも色っぽいのはなぜ?」「この着回しが、パリっぽい!」…そして中高年おやじ向けファッション誌の表紙を飾るのは、やに下がったイタリア人の女たらしだ。
 内心「ケッ」と音立ててやり過ごせばいいだけのこと。実際、大人気ないのかもしれない。
 読者は今更欧米コンプレックスなど一抹も感じず、おおらかに楽しんでいるのだから、所詮いらざる遠吠えに過ぎぬのかもしれない。
 とはいえ未来永劫、この流れが続くのか?
 日本は常に西洋が設定した基準から値踏みされ、品定めされ、格付けされた揚げ句、評価を下されなければならない存在なのか?
 大正の末から昭和戦前にかけて文壇に君臨した横光利一がヨーロッパから帰朝後に書き継いだ本作は、日本の歴史と伝統を重視する主人公と西洋心酔の合理主義者はじめ多彩な登場人物が繰り広げる果てしない議論を通して、東西両洋の比較文明論的視野から当時の日本の全体像をあぶり出そうと試みた、近代文学史上屈指の思想小説だ。
 原節子主演で映画化の企画も浮上したが、幻に終わったのがファンには残念至極。
 しかし、内容と素材の刺激性ゆえ戦前、戦中は内務省ににらまれ、戦後はGHQ(占領軍総司令部)によって、特に欧米に対し強く批判的な記述や表現の類は一切合財書き換えさせられざるを得ず、失意の横光は未完のまま世を去った。
 長らく、なしくずし的に定本として通用してきたGHQ検閲済版でなく、このたび漸く無削除初版の原文が、しかも岩波文庫で甦った事実をことさら寿ぎたい。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 東京近郊の首都圏には、一般には知られていない隠れた住宅事情があるらしい。例えば、毎年行われる「住みたい街ランキング」上位の常連である武蔵野市吉祥寺にしても、家賃は高い、いつも人がウジャウジャいてウルサイなど、「住みたい」と「住みやすい」とは違うという住宅事情を持つ。
 そこで、本当に住みやすい街を「絶対に住みたくない」という視点からさかのぼっていこうという本が、『「東京Deep案内」が選ぶ 首都圏住みたくない街』(駒草出版/2200円+税)である。
 住みたくない、その基準となるのは犯罪が多発する地区、カルト宗教施設がある、不良外国人が多く住む、さらにプライドが高いだけのカン違いセレブが多かったり、ゴミ出しのマナーが悪かったり等々…。あえて“これでもか!”とマイナス要素を探し出すことを通じ、読む人に自分に合った街を見つけてもらおうという狙いを持った1冊だ。
 住みたくない街を割り出す指標も独自に作成。例えば、「DQN度」という指標。DQNとは「ドキュン」と読み、ひと口でいえば「ヤンキー」を表すネットスラングのこと。DQN度が高い街ほど、荒れた学校が多いというワケだ。「変態度」は風俗店やラブホが多い地区ほど高い。「勘違い度」は、街が醸し出すブランドイメージに憧れて住んでいるだけの頭の弱い“おめでたい人”が多い。そうした小金持ちが住民の主流を占める場所には、確かに住みたくない。
 栄えある1位はどこか? 手にとって読んでほしい。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)