昨季、箱根駅伝では上位進出が期待されたが、総合10位に終わった東海大

東海大・駅伝戦記 第1回

 今季の大学駅伝で、ダークホース以上の存在になると目されているのが東海大だ。就任7年目となる両角速(もろずみ・はやし)監督の指導が年々浸透し、昨季、圧倒的なスピードで話題をさらった1年生の關颯人(せき・はやと)、館澤亨次(たてざわ・りょうじ)、鬼塚翔太らが経験を積み、着実に成長を遂げている。加えて、今年の新入生も粒揃いだと聞く。

 青学大の箱根4連覇を阻むのは東海大か? 春シーズンを振り返り、これからシーズンの集大成となる箱根駅伝まで、その奮闘ぶりを追っていく。

  *     *     *

 今にも雨が降りそうな怪しい雲行きの中、第1組のレースが始まろうとしていた。バックスタンドに各大学の横断幕が掲げられ、メーンスタンドは大勢の陸上ファンや大学関係者、家族、学生で埋まっている。

 トラックには40名の選手が並び、スタートの号砲を静かに待っていた。各大学の部員たちの応援が熱を帯びていく。

 東海大学の両角速監督はメーンスタンド前の第4コーナー辺りにストップウォッチを持ち、主務の西川雄一朗とともに立っていた。

 17時30分、1組目のスタート時間だ。シーンとスタジアム全体が静まった――。


 6月18日、浦和・駒場スタジアムでは関東学生陸上競技連盟推薦校選考会が行なわれた。11月に開催される第49回全日本大学駅伝(11月5日/三重県/8区間・106.8km)への出場権をかけた選考レースである。参加20校に対し、与えられる椅子は9席。これを獲得するために1チーム8名が参加。1万mのレースが4組行なわれ、各組2名ずつが走り、8名の合計タイムが上位9校に入ると出場権を獲得できることになっている。東海大学は、以下のメンバーでレースに臨んだ。

 第1組:郡司陽大(ぐんじ・あきひろ/2年)、小松陽平(2年)
 第2組:湯澤舜 (3年)、中島怜利(なかじま・れいり/2年)
 第3組:三上嵩斗(みかみ・しゅうと/3年)、西川雄一朗(2年)※前出の主務とは同姓同名の別人
 第4組:關颯人(2年)、松尾淳之介(2年)


降り続ける雨の中、レースは行なわれた photo by Sato Shun

 他大学、たとえば神奈川大では鈴木健吾らエース格の4年生がエントリーしているが、東海大のメンバーに4年生は入っていない。それは余裕があって温存していたわけではなく、5月から6月にかけて教育実習などの影響があったからである。また、2年生で主力の鬼塚翔太と館澤亨次は、翌週に全日本選手権を控えており、そのレースに集中するためにメンバーから外れていた。

 第1組、7000m を超えると小松がスルスルと前の方に上がっていった。

「7000mまで余裕を持って、残り3000mからが勝負と両角先生に言われていたので、その通りのレース展開に持っていけたかなと思います」


 その言葉通り、小松は冷静なレース展開で後半にトップに上がり、しっかりと1位(29分40秒69)でフィニッシュ。雨に濡れ、頭から水を滴らせながら快心の表情を見せた。

「ここまでいい準備ができていたので、郡司とワンツーを狙っていこうと話をしていました。9位まで本選に行けるんですが、守りに入らず、1位を狙う積極的なレースができましたし、東海大の1組目として、いいスタートが切れたと思います」

 小松がトップで駆け抜け、勢いをつけた。これで後続の選手にいい流れのままバトンを渡すことができた。

 7位(29分48秒88)に入った郡司は「靴ヒモが解けてしまって……」と苦笑した。

「踏まれたのか、よくわからないんですけど途中でヒモが解けて、靴がパカパカした状態で走っていました。最初のレースでつまずくわけにはいかないので無事に走り終えて、最低限の仕事はできかなと思います」

 郡司は脱いだスパイクシューズを手に持ち、ホッとした表情を見せた。

 メーンスタンドの前には選手のラップ、さらに大学の順位を知らせる電光掲示板が置かれている。1組目が終わった時点の総合順位が流れ始めた。

 1位:神奈川大学、2位:東海大学、3位:法政大学……。1組目の結果と2組以降のメンバー構成を見てみると、どうやら神奈川大と1位通過を争うことになりそうだ。

 トラックでは第2組のレースが始まっていた。雨が激しくなり、レース展開もややスローになった。大きな集団の中、湯澤がやや先行していたが、7000mを超えると中島がサーっと前に上がっていった。

 ラスト1周の鐘が鳴り響く。中島はインに絞って走り、ラスト400mもなんとか粘って5位(30分18秒20)でフィニッシュした。


「残り1000mぐらいから仕掛けて、気持ちよく走れていたんですが、ラスト400mがダメでした。ラストがちょっと弱いんです。ただ、今年はずっとハーフを中心に走ってきて、今日は10kmだったので、集中して走ることはできたかなと思います」

 中島はそうレースを振り返った。昨年、箱根デビューを果たし、6区を8位で走り抜けた。そのときと比較すると、選考レースとはいえ、「ほとんどプレッシャーは感じなかった」と言う。ただ、全日本大学駅伝には特別な思いがあるのだ。

「昨年、全日本のメンバーに入っていたのに、熱を出してしまい、8人のメンバーから離脱してしまったんです。その翌日に關も体調を崩したので、最初は自分のせいみたいになったんですが、症状が違ったので……でも、かなり焦りました。結果的に(7位でシード権が取れず)そのせいで今、このレースを走っていると思うので、今日は人一倍がんばって走らないといけないなって思っていました」

 中島はこのレースで自分の役割を果たした。しかし、昨年の借りを完全に返したわけではない。残りは本戦で、たっぷりと利子をつけて返してくれるはずだ。

 湯澤は7位(30分19秒03)に入り、2組を終わって、東海大は総合1位に躍り出たのである。

 3組目がスタートした。この組は最終の4組につなげるために非常に重要だ。最終組はエース格の選手が集うので、非常に厳しい戦いになる。ここでタイム差を広げておくことができれば、最終組の選手は余裕を持ってレースすることができるのだ。ただ、3組のタイムを揃えて出場に王手をかけても、ラスト1周で山藤篤司が倒れて棄権となり、出場権を失ってしまった昨年の神奈川大のようなケースもある。東海大はここまで順調にきているとはいえ、気は抜けないのだ。


 そんな中、三上が7位(29分17秒67)、西川は8位(29分18秒91)と並んでフィニッシュをした。ともに自己ベストを更新する走りを見せ、最終組の選手がひとりそれぞれ1分遅れても、現時点の9位チームとのタイム差により本戦出場枠の9位内を確実にキープできることとなった。

 レース後、三上はちょっと不満げだった。

「今日は80点ぐらいですね。足りない20点は組トップを狙っていたんですけど、やっぱり1万mは長くてキツいんで、この辺でいいだろうっていう妥協が出てしまったんです。それが自分の弱いところですね。でも、自分たちは本来、予選会に出場しているようなチームではないと思うので、逆にこういうレースを経験できたことはよかったかなと思います」

 三上も中島や關と同じように、昨年の全日本大学駅伝のシード落ちに責任を感じていたという。

「正直、全日本選手権(3000m障害)もあるので、あまり走りたくはなかったんです。だけど、昨年、出雲駅伝の後に故障してしまって、全日本を走れずにチームに迷惑をかけてしまった。その責任を感じていたので、今日走って最低限の責任は果たせてよかったです」

 そういうと三上は笑顔を見せ、丁寧にお辞儀をして待機場所に戻っていった。

 3組を終わって、東海大学は6名全員がひと桁の順位で、神奈川大学と1位を争っていた。もともと個々の選手の質が高い大学だけに、ここまでの結果は妥当と言える。だが、選手が順調に結果を残すことができたのは、やはり調整がスムーズにいったからだろう。

 2月、目標とスケジュールの大枠を決める両角監督との個人面談の際、今回出走したメンバーは、この選考レースを視野に入れていくことが決まった。5月の関東インカレが終わった以降は無理をせず、6月10日の個人学生選手権の5000mにエントリーはしていたが、出走しなかった。レースの4日前に8000mを走り、3日前にはマッサージを入れ、ケアを怠りなく行ない、万全の準備をしてきた。その成果がしっかりと順位に反映されていたのだ。


 4組は最終レースになる。この最終組のメンバーには9位内を維持するため、あるいは逆転して出場権を獲得するために、どの大学もエースを投入してくる。

 今回でいえば、神奈川大の鈴木(4年)、山藤(3年)、順天堂大の塩尻和也(3年)、明治大の坂口裕之(3年)、法政大学の坂東悠汰(3年)たちだ。

 さらに、ここにパトリック・マゼンゲ・ワンブィ(日本大・3年)ら留学生たちが加わる。3組までのレース展開とは異なり、レースは早いペースで進行することになるだろう。東海大のラストを任されたのは、關と松尾だった。

 雨の中、レース序盤からワンブィら留学生が引っ張る。最初の1000mは2分48秒だったが、5000mは14分19秒で他組よりも20〜30秒早いペースだ。

 關と松尾は集団の真ん中あたりに位置し、様子をうかがっている感じだった。7000m通過は19分58秒、集団がバラけてきた。ラスト1000mになるとワンブィが抜け出し、坂口、塩尻、鈴木が追う。關は苦しそうに表情が歪み、スピードが上がらない。それでも粘って走って11位でフィニッシュ。松尾は20位に終わった。結果、チーム成績は神奈川大に次ぐ2位となった。

 松尾の表情は悔しさでいっぱいだった。

「最初は緊張とか全然なかったんですけど、意外と体が固まっていたのかなぁって思いました。レースは……うーん、悔しいですね。神大の鈴木さんと山藤さんはちゃんと、ひと桁をキープしていましたし、そういう意味では自分はまだまだ力不足だと思います。これからしっかり力をつけて、11月にリベンジできるようにしたいです」

 スピード強化に努めてきたが、その成果が出るのはもう少しあとになりそうだ。

 西出仁明コーチ曰く「ちょっと調子を落とし、心配だった」という關は、さすがに少し疲れた様子だった。


「最後のレースには留学生や強い選手がいて、動きがある中でも粘れたと思うんですけど、まだまだ1万mは力不足のところがあるので、これはこれからの課題ですね」

 關は昨年、全日本大学駅伝の2区を走る予定だった。

 ところがレース直前に感染性胃腸炎になり、戦線離脱。7区の予定の川島千都を2区に配し、出場予定のなかった羽生拓也を7区に置いた。ベストメンバーを組めない状態で挑んだが目標の3位内はおろか、6位までに与えられるシード権も失ってしまった。その責任を關はずっと感じていた。

「昨年、自分が直前に病気になってチームを狂わせてしまい、結果的に予選会に回ることになってしまったので、昨年のリベンジも含めて悪いなりに諦めずに走って本戦に出られるようになったのはホッとしています。これでひとつ返せたのかなと思うので、次は本戦でしっかりと結果を出したいと思います」

 表情から、まだ本調子ではなさそうだが、抱えていた荷物をひとつ降ろしたことで気持ちが少しラクになっただろう。
 
 話を終えると、ふっと關の表情が和らいだ。

 西出コーチは、「これで本戦に行けますし、収穫もあり、今日はよかったと思います」と笑顔を見せた。

 予選会のメンバーが決まってから西出コーチは、8人のコンディションに細心の注意を払い、調整してきた。「このレースにバチっと合わせてきたわけではないです」と言うように、たしかに普通に力を発揮すれば、本選への出場権は獲得できるチームだ。だが、その普通に力を出すことの難しさを理解していたからこそ、慎重に調整を進めてきた。

 そして、チームは無事、11月の本選へ駒を進めることができた。しかも思わぬ副産物が得られたという。


「今回は、今までメンバーに入れるかどうかで迷っていた小松、郡司、また駅伝のメンバーに入っているけど走れなかった湯澤とか、1、2組の選手がプレッシャーのかかる中、とてもいい走りをしてくれた。それはチームにとっても彼らにとっても大きな財産になったと思います。この経験は秋の駅伝シーズンに効いてくると思いますね」

 昨年、スーパールーキーの活躍で注目を浴びた東海大だが、それは鬼塚、關、館澤らごく一部の選手だけだった。ひと皮むけた小松たちの走りは彼らを刺激し、これから部内競争を激化させていくだろう。そうしてチームの質と力が向上していくのだ。
 
 スタジアムの待機場所で、走り終えた8人の前に立った両角監督は選手の労をねぎらった。解散すると、両角監督は足早に外に出て行った。

「今日は、まぁ予想よりはいい出来だったと思います。3組までずっとひと桁の順位で来られましたからね。目指すところは今日のレースではないですけど、ひとつひとつやっていかないといけないので、まずはひとつ乗り越えたという感じですね」

 しかし、そこに笑顔はなかった。今日走った選手たち、両角監督からは、これからは選考会を「走らなくてもいいレース」にするという決意みたいなものが感じられた。チームの総合力、個々の能力からすれば、6位以内のシードは十分に獲れる。この緊張感が伴う経験は血肉になるが、自分たちが狙うところはここじゃない。

 そんな東海大のプライドを垣間見ることができた選考会レースだった。

■陸上 記事一覧>>