決勝点を演出した藤本は、中村俊輔のプレーをイメージしたという。写真:川本学

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[J1リーグ第17節]仙台2-3G大阪/7月1日/ユアテックスタジアム仙台
 
 G大阪はアウェーの仙台戦で大いに苦しんだ。2点を先行しながら同点に追いつかれ、厳しい展開で後半アディショナルタイムに突入。その状況を救ったのは、途中出場の藤本淳吾だった。
 
 ゴールからやや離れた中央寄りの位置のFKでキッカーを務めると、ゴールに向かうカーブがかかった鋭いボールを供給。意表を突く軌道に相手DFは反応が遅れ、ヘッドで合わせたファビオがゴールネットを揺らした。
 
 まさに値千金となった劇的ゴールのアシストを藤本が振り返る。
 
「よく最後ファビオが決めてくれた。ちょっと外側だったけど、誰も触らなくても直接入るコースで(蹴った)。あんだけラインが低かったら、ああいうボールで触れば1点になると思ったので。あそこはチャンスだと思って、集中してセットして(蹴った)」
 
 勝利に貢献した藤本だが、ある先輩のプレーを盗んだFKだったと話す。それは、桐光学園の先輩にあたり、横浜時代には背番号25を受け継ぎ、尊敬してやまない中村俊輔だ。
 
「俊さんがセルティックの時のビデオをちょうど見ていた。優勝決定の時かな、誰も触らなくて(ゴールに入った)。ああいうイメージが残っていて(FK蹴った)」
 
 藤本が見た映像は、2007年4月22日、勝てば国内リーグ優勝が決まるキルマーノックとの一戦だろう。
 
 中村が放ったFKは鋭い軌道を描き、ゴール前で味方が競り合ったが、誰も触らずそのままゴールへと吸い込まれた。ゴールとアシストという面では異なるが、ボールの軌道は藤本のFKも重なるところがあった。
 
 数あるゴール動画のなかでも、中村のゴールを選んだことについては「たまたま」と言う。それでも、尊敬してやまない先輩だけに小さくない意識があったと考えれば、セルティックの25番がファビオの決勝点につながる大きなヒントを与えたと言える。
 ちなみに、セルティックの25番といえば、オランダのフローニンヘンへ移籍した堂安律が入団会見でこんなことを言っていた。
 
「やっぱり海外で日本人が活躍した背番号は、同じレフティーと言うこともあって中村俊輔の(25番の)イメージが強い」
 
 新天地での背番号を25に決めた理由として先輩レフティーの名を挙げていたが、G大阪の背番号25に対する思いも語っていた。
 
「あとは、ガンバ大阪で一番お世話になった先輩が25番を着けていたので、その(感謝の)気持ちを忘れずという意味でつけた」
 
 この話を報道陣から振られた藤本は、海を渡った後輩をよくご飯に連れて行ったと話す。そして「朝、LINEが入ってました。嬉しかったですね」と後輩の成長に喜びの表情を見せた。
 
取材・文:志水麗鑑(サッカーダイジェスト)