ポール・ポグバ、今年死去した父から言われたこととは

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『Esquire』は29日、マンチェスター・ユナイテッドのフランス代表MFポール・ポグバのインタビューを掲載した。

昨季ユヴェントスからマンチェスター・ユナイテッドに移籍し、その際の違約金が歴史上最高額となったポグバ。今季はやや苦しいシーズンであったが、最終的にはヨーロッパリーグ優勝というタイトルを手にした。

彼はイングランド・プレミアリーグへ復帰した昨季について以下のように話し、マンチェスター・ユナイテッドでの状況を語った。

また、先日ガンのために逝去した父親とのエピソードについても明かし、考え方が変わったとも話したという。

ポール・ポグバ

(今季のマンチェスター・ユナイテッドについて)

「受け入れるよ。いいプレーが出来なかったこと、達成できなかったことも。しかし、我々がやったことも知っている。3つのタイトルを取ったことだ。それが全てだ。

世界最高のチームが、世界最高のプレーをして、そしてトロフィーゼロに終わった。そうしたら誰が覚えていてくれるというんだい?誰もいないさ」

(世界最悪の選手だとも言われたが?)

「世界最悪の選手が3つのトロフィーを獲得するのかい?ハハ!問題ないよ。

過大評価だ、金をもらいすぎだ、使いすぎだ。どうぞ言ってくれ。

その男は来月メダルとトロフィーを持って休暇を楽しむんだけどね。素晴らしいことさ!そして、チャンピオンズリーグに出るのさ」

(幸運だった?)

「世界最悪の選手にとってはね!」
ポール・ポグバ

(世界で最も高額な選手になったことについて)

「一週間で忘れたな。人々は覚えてたみたいだけどね。

いつか人は死ぬ。世界最高額の男も、最も低価格な男も、同じ墓に入るのさ。

僕は、それについて考えることすらしないよ」

(今年父が亡くなったね)

「愛する人を失ったあと、誰もが考え方を変えるものだ。僕が人生を楽しむといつも言うのは、物事がとても速く進んでいくからさ。

父と話したことを覚えている。しかし、もうここにはいない。

彼はとても強い人だった。我慢強い男だった。あの年齢で最後まで戦った。それは簡単なことではなかったはずだ。

とても良い男だった。とても良い父だった。息子であることを誇りに思う。

そして面白い男だったよ。いつも彼との時間は笑い続けていた。賢い男でもあった。かつて学者でもあったからね。幸せな物事は覚えておかないとね」

(父は昨年ずっとガンで苦しんでいた。その時気持ちを整えるのは難しかった?)

「そうだね。サッカーはピッチだけで行われるものではない。強い気持ちを持って、頭を切り替えて、試合に望まなければならない。

簡単ではなかったが、父はいつも悲しむな、サッカーに集中しろと言っていた。言い訳にはならないぞ、求めるもののために戦えと、いつも言われたよ」
ポール・ポグバ

(ムスリムとして、数々のテロがあったマンチェスターに住むことは?)

「難しい質問だね。諦めることは出来ない。テロ犯を認めるわけにはいかないよ。そのために戦わなければならない。

悲しいことは人生で起きるものだ。でも、生きることを辞めることは出来ない。人を殺すことも出来ない。殺人は狂気だ。宗教を理由にできるものじゃない。

あれはイスラム教なんてものじゃない。誰もがそれを知っているし、これを言っているのも僕だけではないよ」

(英語は話せた?)

「基本的なことだけね。Good Morning, Good Evening, あとは数え方くらい」

(マンチェスター・ユナイテッドに16歳でやってきて、アレックス・ファーガソンの英語はわかった?)

「全然!わからなかったよ。最初はね。マンチェスターのアクセントがわからず、チームメイトの話も理解できなかった。

彼らは速く話すし、僕は『ゆっくり、ゆっくりお願い』と言ってね。こっちが話すことも出来ないし。

友人たちは今、あの日の僕のことを笑っているよ。『喋れなかった最初の日を思い出すな。今はこっちよりもよく喋るけど』とね」

(ユヴェントスに行ったこと)

「マンチェスター・ユナイテッドを離れて、プレーすることにした。それが僕の求めていた全てのことだった。若かったが、戦える準備が整っていると感じていた。

しかし心の中で思っていた。『まだ終わっていないぞ。いつか戻ってくる』と。

母も言っていたよ。『いつか戻ってくるわよね。私は残るわ。マンチェスターに馴染みの美容院があるから』とね」