男性から食事に誘われたら、必ずこう答える女がいる。

「メニューによります」

男をレストラン偏差値で査定する、高飛車美女ひな子が、中途半端なレストランに赴くことは決してない。

彼女に選ばれし男たちは、高飛車に肥えた彼女の舌を唸らせるべく、東京中の美食をめぐり、試行錯誤を繰り返す。

これまで多くのレストランで様々なドラマを見せてくれたひな子だが、美食を巡る冒険は、まだまだ続く。

前回は、セレブ王子・久保の『Nabeno-Ism』の誘いに応じたが、今回は...?




「いつまでも、姫のお兄さん扱いに甘んじていられませんからね」

先日の『ナベノイズム』での久保の一言が、ふと耳に蘇る。

-ずっと、食事だけの関係ってワケにも行かないのかしら。

そんな風に思うと、ひな子は何となく、胸の奥にむず痒さを感じてしまう。

男たちに蝶よ花よと扱われるのはもちろん嫌いではないし、気分が乗れば、多少イチャつくことだってある。ふざけて色っぽい駆け引きのような会話をするのも、知恵くらべをしているような感覚で面白い。

そう。いくら周囲から高飛車と言われようとも、自分を素敵なレストランに連れて行ってくれる男に対して、ひな子はそれなりに寛大であるつもりだ。

しかし、それ以上踏み込まれるのは、どうも苦手だった。

男たちの目の中に「欲」がのっそりと顔を出したときは悪寒を覚えるし、さらに恐ろしいのは、彼らから「本気」の気配を感じるときである。

そういう男たちを目の前にしたとき、ひな子はどう処理したらいいのか、分からなくなってしまうのだ。


そんなひな子に、慶子が“ある提案”を持ちかける...?


二つ年上の恋人を、“さん”付けで呼び続ける女


「ひな子は、何気に神経質だもの。そんなの、適当にニコニコあしらってればいいじゃない」

親友の慶子は、平然と言ってのける。

今日は、表参道の『ア・ピース・オブ・ケーク』に来ていた。このカフェは『岡本太郎記念館』に併設されており、テラス席ではオブジェに囲まれてティータイムを楽しむことができる。

ここの日替わりケーキは、ひな子のお気に入りだ。




「そんなこと気にするなら、そろそろ彼氏でも作ったら?」

「うーん...」

ひな子と同じく、”一人の男に縛られるのなんてまっぴら”という信条を貫いていたはずの慶子がそんなことを言うのは、たぶん彼女自身に恋人ができたからだ。

キー局の女子アナである慶子は、昔から散々多くの男たちを掌で転がしてきたが、最近は学生時代に所属していたインカレサークルの2つ年上の先輩と"堅実なお付き合い"を始めたらしい。

開成、東大、弁護士と、絵に描いたような毛並みの良い男で、慶子はきっと、結婚相手としても申し分ナシと判断したのだろう。そういうお年頃なのだ。

「そうだ。俊介さんのお友達に、ひな子に合いそうな人がいるの。4人で食事に行きましょうよ。俊介さんもちゃんと紹介したいし」

“俊介さん”というのは、慶子の恋人の名前である。

もう恋人関係になってから3ヵ月近くたつというのに、“さん”付けで呼び続ける慶子に、ただならぬ気合いを感じる。

「......俊介さんのお友達って、どんな人?」

「商社マンよ」

一瞬、二人の間の空気がピキっと凍ったような気配がした。

ひな子の食事相手と言えば、基本は経営者、もしくは外資系の会社勤めのデキる男ばかりである。

商社マンというステータスは決して悪くはないし、そもそもひな子の父親も商社マンだ。娘として不自由な思いをしたことなど一度もないが、父の世代とは時代も価値感も違う。

何が言いたいかと言うと、これまでのひな子のデート相手と比べれば、確実に収入が劣るのだ。

威圧の意味を込めて、ひな子は無言で慶子をじっと見やる。しかし彼女は全く動じず、強い視線を返す。

誰よりも自分を理解している慶子が、あえて商社マンを勧めるのは、何か理由があるに違いない。

「まぁ、いいけど...。もちろん、メニューによるわよ?」

「当り前じゃない、それは任せて」

慶子はそう言い、ワザとらしいくらいに可憐な笑顔を見せた。


慶子主催の2on2!試合会場となる南麻布の隠れ家とは?


南麻布の住宅街にひっそりと佇む、話題の中華レストラン


-同年代の男と食事会なんて、久しぶりだわ...。

ひな子にとって、“普通”の男との食事ほど気を遣うことはない。何を着て行こうか、もう1時間も服に悩んでいる。

相手が経営者や年上の男であれば、ブランド物のワンピースにクラッチバッグとエルメスのバングルを合わせ、ルブタンを履くのが定番だ。

しかし、相手が30歳のサラリーマンの場合、恐らく“やりすぎ”となってしまう。慶子の本命彼氏の手前、清楚さも意識した方が無難であろう。

-ああ、面倒くさい...。

散々迷った挙句、ひな子は半ば開き直り、ALAIAの真っ白なニットワンピースに袖を通した。ウエストがこれでもかと言うほど引き締まった、着こなせる女をとことん選ぶ服だ。

-まぁいっか。何たって、今宵の試合会場は『茶禅華』だし。

鏡に向かい、ニヤリと微笑む。

『茶禅華』とは、今年2月に南麻布の閑静な住宅街にひっそりとオープンした知る人ぞ知る中華で、ミシュラン三ツ星を獲得したあの『龍吟』出身の川田シェフが料理長に就任したことで話題なのだ。

店の選定は慶子によるものに違いないが、ひな子は今夜の集いが単純に楽しみであった。




『茶禅華』は、想像以上に隠れ家めいた店であった。元大使館員の住まいだったという家を改装した店内はグレーの色調で統一され、所々に飾られた調度品や器が、魅惑的な雰囲気を醸し出している。

通された個室には、すでにひな子以外のメンバーが控えていた。

「ひな子、俊介さんと、こちらが慎太郎さんよ」

普段より少し高めの声で、慶子が男たちを紹介する。二人の男は、自己紹介するまでもなく、育ちの良さが内側から滲み出ているようなタイプだった。

俊介は品よく整った優男風の顔立ちをしていて、慎太郎の方もまた、少々ガタイは大きめだが、濃いめの綺麗な顔をしている。何となく狡賢そうな、こちらを品定めするような目つきが印象的だ。

「こんばんは」

しかし、慶子の恋人の紹介という建前の食事会は、無難な会話と共に行儀よくスタートした。

『茶禅華』はコース1種類のみで、少量の前菜の数々と、名物であるお茶のペアリングから始まった。




「いい香り......!」

ひな子はまず、ワイングラスに注がれた東方美人のスパークリング仕立てに衝撃を受けた。見た目もシャンパンに似たその1杯は、口当たり爽やかで香りも豊かだ。

料理も一皿一皿が中国料理とは思えない繊細さで、食感や味の濃淡、スパイシーさが絶妙に組み合わされている。

前菜から口直しの“雉(キジ)のスープ”を挟み、メインは“ふかひれ姿煮”、“金目鯛の炭火焼き”などの高級食材が続き、そしてスペシャリテである”脆皮鴿子ァ蔽眤鳩の炭火焼き)の胸肉と腿肉が登場した。




「こんな美味しいハト、初めて...!」

ひな子は絶妙な火加減で調理されたこのスペシャリテに、しばし心を奪われた。そして思わず溜め息をこぼしたとき、慎太郎が言った。

「ひな子ちゃんの食べてる顔って、すごく可愛いね。この店、勝手に決めちゃったけど、お気に召してもらえたかな?僕の実家が近くて、オープンしたときから気になってたんだ」

慎太郎のセリフに、ひな子は心の中で「ほう」と呟く。この一言に、彼の人となりがすべて凝縮しているように思えたからだ。

“僕の実家が近くて”など、普通であれば嫌味ぽく聞こえるはずなのに、慎太郎の態度にはどこか突き抜けたような自信があり、むしろ小気味よく響いた。彼が店を選んだと言うのも意外だった。

「うん、気に入ったわ。慎太郎さんは、素敵なお店を知ってるのね」

「よかったら、またお誘いしてもいいかな?」

慎太郎は、挑むような目つきでじっとひな子を見つめる。慶子のお墨付きだけあり、確かにこの男が嫌いではない気がした。

「慎太郎さん。ひな子を誘うときは、ちゃんとメニューを吟味してくださいね」

ひな子の代わりに、慶子が答える。

「もちろん」

慎太郎が不敵な笑みを浮かべたとき、ひな子は面白いシーソーゲームが始まりそうな予感がした。

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