『続・哲学用語図鑑』(プレジデント社刊、田中正人著、斎藤哲也編集・監修)

写真拡大

11万部超のベストセラーとなった『哲学用語図鑑』から2年。ついに『続・哲学用語図鑑』(田中正人著、斎藤哲也監修)が発売となります。目玉は「中国編」と「日本編」。書籍に収録した全70人の哲学者のうち、今回は「中国編」から、孔子、老子、孫子、墨子、荘子、孟子の6人を紹介します。その哲学がギュッと詰まったイラストをご堪能ください――。

■中国思想の源流にある「諸子百家」

「哲学」という用語は、philosophy に対する日本語がなかったため、明治期に思想家の西周が作り出した訳語です。その後、中国は日本を経由して、「哲学」という訳語を使うようになりました。中国にも日本にも、物事の原理を問う思想の営みは古くからあります。しかし西洋とは違い、哲学(論理)と宗教を明確に分ける枠組みはなく、「宗教」という概念もありませんでした。

考え方の枠組みが違うのですから、西洋の概念である「哲学」を中国思想にあてはめることは、本来はできません。ただし、中国には、孔子や老子といった、日本にも計り知れないほど大きな影響を与えた「諸子百家」と呼ばれる学者たちが存在しました。彼らの言葉や思想は、西洋とは異なるスタイルで、世界や人間の根源的なあり方について考えるものでした。それらは、中国独自の「哲学」といえるものです。

中国思想の源流には、諸子百家の思想があります。本書では諸子百家の思想を「中国哲学」として紹介します。

▼孔子

春秋時代の思想家。儒家の祖。名は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)。魯国の昌平郷陬邑(現在の山東省曲阜)生まれ。50代で魯の政治改革に関わったが失敗。その後、弟子とともに諸国を遊説するも、抜擢されることはなかった。晩年は魯に戻って、弟子の教育と著述に専念。73歳で死去。その教えは、弟子たちによって『論語』にまとめられた。

▼老子

道家の祖と位置づけられる戦国時代の思想家。司馬遷の『史記』によれば、孔子と同時代の人物であり、姓は李名は耳、字はタン*。楚の国出身で周(東周)の蔵書庫の役人をしていたとされるが、実在を疑う説もあり、多くの謎に包まれている。『老子』(『道徳経』)の成立期も確定はしておらず、現在も研究が進められている。

▼孫子(孫武)

斉の生まれ。春秋時代の武将・兵法家。呉王の闔閭(こうりょ)に仕え、多くの戦功をあげた。兵法書『孫子』は、現在に至るまで、多くの経営者や指導者の愛読書として読み継がれてきた。なお、司馬遷の『史記』孫子列伝には、孫武の子孫ともいわれる孫ピン*(そんぴん)が登場する。孫ピン*も斉の威王に仕えた兵法家で、兵法書を残しており、司馬遷はそれぞれを『呉孫子兵法』『斉孫子兵法』としている。

▼墨子

諸子百家の1つである墨家の祖。戦国時代初期の思想家。名はテキ*。墨とは入墨の刑のことで、「墨子」は卑しみを込めた呼び名であるとの説もある。身分についても諸説あるが、手工業者の出身と考えられている。経歴はほとんど不明。魯に生まれて宋に仕えたという。儒家とは対照的に、礼楽を軽視し、勤労と節約を尊んだ。

▼荘子

本名は荘周(そうしゅう)。老子とともに道家の思想家とされる。『史記』によれば、宋の蒙(現・河南省商丘市)の生まれで、紀元前4世紀末から3世紀初頭にかけて、孟子と同時代に活動したと考えられている。一般的には老子の思想の継承者とみなされているが、老子に関しては実在したかどうかも含めて謎が多く、その継承関係も定かではない。

▼孟子

戦国時代の儒家。本名は孟軻(もうか)。魯の鄒(現・山東省鄒城市)に生まれる。孔子の孫である子思の弟子から孔子の教えを学び、その理想を実現するべく、梁、斉、宋、魯などの諸国を遊説したが、芳しい成果は得られなかった。晩年は郷里に戻り、弟子の教育と著述に専念した。彼の言行を記録した『孟子』は、『論語』『中庸』『大学』とともに四書として儒教の経典とされる。

*文中の一部の漢字は正しく表示されないため、カタカナに置き換えました。書籍では正しい漢字で表記しています。

----------

著:田中 正人(たなか・まさと)
1970年生まれ。ロンドン芸術大学ロンドンカレッジ・オブ・コミュニケーション卒業。
MORNING GARDEN INC.において、グラフィックデザインを中心に書籍の企画、製作を行う。
監修:斎藤 哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。編集者・ライター。
哲学・思想から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集や構成を手がけるとともに、書評・ブックレビューなども執筆。

----------

(田中 正人、編集者・ライター 斎藤 哲也)