ハルカトミユキ。ニューアルバムでどう成長したか(撮影・冨田味我)

 今年デビュー5周年を迎える2人組バンド「ハルカトミユキ」が6月28日に、通算3枚目となるアルバム『溜息の断面図』をリリースする。大学で出会ったハルカ(Vo、Gt)とミユキ(Key、Cho)は、2013年11月にフルアルバム『シアノタイプ』でメジャーデビュー。ライブ活動を精力的におこない、2015年には47都道府県ライブを成功させ、パフォーマンス力をさらに磨いた。今作では、前作『LOVELESS/ARTLESS』から10カ月という短い期間でのリリースとなる。ハルカはアルバム制作にとりかかった当初は作曲のスランプから抜け出せずにいたという。しかし、ひたすらアコースティックギターを弾き続けることで、みごとにそのトンネルを抜けたと話す。その状態の中、ミユキは彼女に寄り添いながらも、自分の独自性を活かすようになったという。一つの山を越えた2人に、ニューアルバムを通してどのような成長をとげたのかを語ってもらった。

悩みながらのスタート

ハルカ

――お2人は大学の同級生だそうですね。

ハルカ 大学で出会ったのですが、2人とも人付き合いが苦手で、バンドサークルなのに2人だけでの結成になりました(笑)。結局、卒業まで2人きりのままで活動していたのですが、バンドがやりたかったのでバンド形態にコンプレックスがあって。そこに少し対抗意識みたいなものがあったまま「アコースティックスタイルだけど、バンドみたいなことがやりたい」という思いでスタートしました。そこから2人で楽器を歪ませてみたりしながら、卒業・デビューして今年で5周年です。

――当時、好きなアーティストの傾向は似ていたのですか?

ハルカ それは別に被っていなかったです。私はレディオヘッド(英バンド)と銀杏BOYZ、森田童子さんという、ちょっと不穏なサウンドとか毒気のある言葉が好きで、まず歌詞に惹かれて、大学に入ってから初めて曲を作りました。ミユキは小さい頃からピアノをやっていたのですが、初めて会ったとき「何が好きなの?」と聞いたら、「カート・コバーン(米バンド・ニルヴァーナのフロントマン)」と答えて。「この雰囲気でカート・コバーンが好きだなんて、変わった子だな」と思ったのが最初です。

――ミユキさんから見てハルカさんは当時どんなイメージ?

ミユキ 一匹狼なイメージでしたね。100人はいる大きなサークルでしたが、そのどこにも属さずに1人でいる、みたいな感じ。夏休みに合宿があって、ハルカはそこでTHE BACK HORNを歌っていたんです。その声にすごく惹かれて「一緒に組みたい」と思ったことがきっかけでした。好きな音楽は本当に違います。私はカート・コバーンの顔が好きで(笑)。ただずまいだったり、声にも憧れていて。 、それに近いものをハルカに感じました。とても人間らしく歌っていて、自分の感情がすごく声に出ている。もちろん顔も好きです(笑)。

――今回3枚目のアルバム『溜息の断面図』が完成しました。2枚目から10カ月という短いタームでリリースされますが、どういう制作状況でしたか?

ハルカ 自分の中で今、何を歌いたいとか、何を書いたらいいかをちょっと悩んでしまった時期でした。27歳になるのですが、子どもでもない、かと言って完全に大人でもない年齢だから、昔と同じような悩みを曲にすることができない。とにかく作品を作りたいけれど、2枚フルアルバムを出して、3枚目で何を伝えられるか、何を訴えたらいいか、みたいなことをかなり悩みながら制作がスタートしました。

――ミユキさんはどのような心境でしたか?

ミユキ 私はそもそも去年までスタート地点に立てていませんでした。ハルカトミユキはハルカが主軸であって、ハルカから出てきた言葉やメロディにどんなものをのせるか、ということにこだわっていたので、根本的に私は自分を出すことをしなくなってしまっていました。でも、ハルカはそれを求めているわけではなかったみたいです。

 でも、それが出せないまま3年間続いていたんですが、一昨年に、47都道府県ツアーをやらせていただき、いろいろな人の前でやることで、自分はどんなことをやりたいのか見えて、それをそのままハルカトミユキの音楽の中に入れていけばいいんだと思ったんです。

 だから去年の作品(2ndAL『LOVELESS/ARTLESS』)でようやくスタート地点に立てました。でもそのときは自分の個性を出すことに精いっぱいで、あまり言葉を意識せずに曲を作っていたので、ハルカには歌詞を書く上でかなり悩ませてしまいました。だから今回の作品は、怒りやフラストレーションがハルカトミユキにとって、すごく大きな軸となるものなので、そこをより表現できる曲を作ろうと考えていました。

――前作はミユキさんが解き放たれたけれど、歌詞との整合性で苦労されたということですか?

ハルカ それまではほとんど作詞作曲も1人でやっていて、そこにミユキが半分曲を手がけて、やっと2人のハルカトミユキとしてのアルバムができたという感じはありました。でもその分、人が書いたメロディにのせる経験が全然なかったので難しかった。とくにミユキは不思議なメロディを書いたり、鍵盤で作ったりするので。メロディとしては強くて印象的なのですが、いざそこに日本語をのせようとすると非常に大変だったというのが、前作の1つの課題ではありました。

途中から明らかに作る曲が変わった

ミユキ

――そういう状態から制作が始まり、最初にできたのはミユキさんが作曲した、絶望の中でもがくような「終わりの始まり」だそうですね。

ミユキ アルバムを作る前に2月のツアーが決まっていて。そこが5周年を迎えるスタートでした。5周年だからこそ、攻めていかなきゃいけないと思っていたんです。どんな曲を作ろうかと。改めてツアーの初日を確認すると、2人が初めてライブをおこなったライブハウスだったんです。

 初めてやったライブは2人の怒りだったりフラストレーションを音楽にしようと思ったのですが、それが歪んだ音だったりディストーション(エフェクターの一種=ギターの音を歪ませる)に直結してしまい、ただノイズを鳴らすみたいなことを25分間くらいやりました。あの時は音楽にはなっていなかったけれど、聴いてくれていた人が「怒りは感じたし、伝えたいことがあるのは分かった」と言ってくれて。

 今ならそれを音楽にできると考えて「終わりの始まり」を作りました。私はハルカに対して、フラストレーションを爆発するみたいな言葉のロックの部分をすごく感じていて、ライブでギターを持って立っている姿でも、すごくかっこいいと思っています。それをすべて表現できるような音楽を作りたいと思い、できたのがこの曲でした。

――かなり攻めた曲がいきなりできましたね。

ハルカ たぶん私では書けない曲です。2月のライブに向けて新曲を作っていたとき、自分の中で何を書いたらいいのか、という思いの中にいたので、ミユキが「終わりの始まり」を書いてきたとき、「こういうことをやってもいいんだ」という吹っ切れた気持ちというか、その曲によって自分が抑え込んでいた言葉や気持ちをひっぱり出してくれた、という感じはありました。だから、アルバムにつながる強い言葉が出てきそうだなという予感がして、やっと光が見えてきた曲でした。

――最初はベースから淡々と始まり、言葉がシャワーのように降り注いできます。

ハルカ デモのときはもう少しAメロが短かったのですが、言葉を書いていくにつれて、これは言葉で勝負だから、もう畳みかけるように、ひたすらずっと抑えたベースの方がいいし、突っ切ってみようということで書きました。

――その後、ハルカさんは復活されますが、どういうきっかけだったのでしょうか。

ハルカ たぶん技術的なことに走っていて、ちょっと感情が置いてきぼりになっていたと思います。出てくる曲も形にはなっているけれど、表面的で何も心が動かないようなものしか書けなかった。でも、そのときにプロデューサーの野村陽一郎さんが「どんなに暗い曲でも、どんなに同じような曲でもいいから、書きたいように書いてみれば」と言ってくださって、ちょっと吹っ切れました。「私はこれしかできないけれど、これがいいんだ」と思えるようになりました。

 あとはパソコンとか放り投げて、ひたすらアコギを弾きながら歌っていたら、手癖はあるし暗い曲ばかりなのですが、自分がやりたかったことが自然に出てくる感覚を久々に思い出しました。それまでは、無意識のうちに頭でっかちに制御していた部分が絶対あったのですが、それがなくなって。「これが今、歌いたいことかもしれない」というのが、そこで見えた瞬間がありました。

――そういったハルカさんの変化について、ミユキさんは気づいていましたか。

ミユキ 今回、制作期間が丸1カ月あったのですが、明らかに途中の段階から曲が変わりました。それまでは明るくもなく暗くもなく、どっちつかず、みたいな曲だったのに、いきなり攻撃的な曲とか、土着感のある曲とかができていって。「ふっきれたんだな」とは思いました。

ハルカ 客観的に聴いて、そう思うということは、明らかに何かがそこで変わったと思います。

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