ウインブルドン開幕を数日後に控えたある日……。会場近くのレストランで『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者と食事をしていたとき、偶然、土居美咲に遭遇した。髪をおろし、私服に身を包んだ彼女はあまりに”普通の女の子”の佇(たたず)まいだが、『ニューヨーク・タイムズ』の記者氏は土居の姿をすばやく認める。


土居美咲が思い出の地「ウインブルドン」で現在の心境を語る

「彼女の攻撃的なテニス、好きなんだよね。特に2年前の全仏オープンのアナ・イバノビッチ(セルビア/元世界1位。土居との対戦時は7位)との試合はすごく面白かった」

 記者氏はそう述懐すると、159cmの土居がいかに小柄な身体でパワフルなショットを放ち、多くのウイナーを決めたかを熱っぽく語り始めた。

 勝敗やランキングにかかわらず、見る者に心地よい興奮と鮮烈な印象を残す――。それが、土居美咲のテニスだ。

 ただ、爽快にして豪快なプレースタイルは、ミスのリスクと表裏でもある。今季は開幕から「感覚がよくない」状態に悩まされ、勝ち星に見放される時期が続いた。そのスランプから抜け出し、5月上旬には世界10位のマディソン・キーズ(アメリカ)を破るなど快進撃の兆しも見せたが、その矢先に腹筋を痛めてしまう。迎えた5月末の全仏オープンでは、ケガに阻まれ力を出しきれず、初戦敗退後には悔し涙を流しもした。

 それでも、テニスの調子が上向いているとの手応えからか、あるいはツアー生活も10年目に差しかかった経験ゆえか、「大好き」なウインブルドンに戻ってきた彼女の表情は柔らかい。昨年はベスト16に勝ち上がった”聖地”に向かう心境を、日本女子テニスのエースに聞いた。

―― 全仏で痛めていた腹筋の状態はいかがですか?

土居美咲(以下:土居) 今はほとんど大丈夫です。本当は芝コートの前哨戦に出たかったんですが、まだ完璧ではなかったのと、腹筋は同じ場所を痛めることが多いと言われたので、しっかりと休み準備してきました。

―― そしていよいよウインブルドン。土居さんがもっとも得意なメジャー大会だと思いますが、同時に昨年活躍した分、負けられないというプレッシャーもありますか?

土居 正直、どれだけのプレーができるかわからない部分もあるので、結果に固執するよりは、どれだけコート上で自分のプレーができるかを考えています。それでうまくいったらいいし、ダメだったらダメと割り切るしかないです。

 テニスは年間通してそういう生活なので、いちいち気にしていたら大変ですから。気にせずやったほうが、いいプレーができると思います。

―― そのような割り切り方ができるようになったのは、いつごろから?

土居 う〜ん……常にそういう考え方を心がけてはいました。もちろん、目先の結果を気にしたり、ランキングポイントを追ってしまうこともありますが、それをどれだけ自分の頭から消せるかが大切。いつからというより、徐々に……という感じです。

―― 以前の土居さんは、負けた後の落ち込みが人一倍激しい選手だったとも聞きます。そのあたりは変わってきました?

土居 そういえば、3〜4年前にサイモン(・ウォルシュ/オーストラリア人コーチ)とやっていたときに、「お前は負けるたびに世界の終わりくらいに落ち込むけれど、別に誰かが死んだわけでもないぞ」と言われたことを思い出しました(笑)。きっとあのころは、落ち込み方が激しかったんでしょうね。今でも落ち込むことはありますが、そのときによって……ですね。

―― 欧米の人は、選手もコーチもよく「テニスはテニス。負けても人生の終わりではない」という言い方をしますよね?

土居 しますね。クリス(・ザハルカ/現在の土居のアメリカ人コーチ)からも、そういうことはよく言われます。

―― 土居さんは海外のコーチをつけることも多いですが、考え方の部分で日本人との違いを感じることはありますか?

土居 ありますね。そういう部分がもしかしたら、一番大きいかもしれません。日本人はそれがいいところでもあるんですが、ひとつのことに打ち込む感じになりがちですよね。欧米人のほうがメリハリが効いているというか、オンオフの切り替えがうまい気がします。ツアー中や大会期間中でも、楽しむときは楽しもうよ……という感じで。

 それが、今の私には合っているんだと思います。私も日本人的な価値観のなかで育ってきたので、こういう楽しみ方もあるんだ……と。

―― クリスとは取り組み始めて3年目。常に目標は「プレーの質を上げること」と言っていましたが、ランキングにはこだわらない?

土居 こだわらない……こだわっているけれど、こだわらない(笑)。もちろん上に行きたいし、それは「ランキングを上げたい」にもなるけれど、上に行くには自分がいいプレーをしなくてはいけないので。いいプレーを目指し、そこにランキングが乗ってくるのが理想です。

―― その意味でも、今季は苦しい前半戦でしたか?

土居 正直あまりよくなかったし、苦しいは苦しいけれど、それがテニスですので。1年を通して、いいときもあれば悪いときもある。その悪いときをいかに抜け出すかが、ある意味課題です。今季のここまでは結果を見ればうまくはいかなかったけれど、無駄ではない。その先を見据えて……ですね。

―― 調子がよくなったと感じたのは、やはりマドリード大会のキーズ戦から?

土居 正確に言うと、その前の週のプラハ大会で(キャロライン・)ウォズニアッキ(デンマーク/元世界1位。土居との対戦時は11位)とやった試合です。0-6、0-3と劣勢だったんですが、そこから挽回して。結果的には第2セットも5-7で負けたんですが、巻き返すチャンスもあり、そこで手応えを少し感じられました。

―― そしてキーズに勝ったのが、土居さんにとって対トップ10初勝利。それは大きな意味を持ちますか?

土居 正直「トップ10初勝利」というのも、人に言われて初めて気づきました。トップ10に勝てたというのは純粋にうれしいですが、ただ「勝てる」と思いながら試合していた部分もあったので。大きい出来事だけれど、そこまで大きいわけでもないという感じです。

―― 土居さんが自分にかける言葉は「振り切れ!」だと以前に言っていました。キーズ戦もそうでした?

土居 そうですね、あの試合は最後まで腕が振れていましたね。彼女はサーブのいい選手で、その相手に対してしっかり振り切り勝てたのはよかったです。それに、3セットで競り勝てたのも大きい。競った試合ほど「最終的には強い選手が勝つよね」みたいなところ、あるじゃないですか? そういうなかで厳しい試合を競り勝てたのはよかったです。

 7月3日に開幕するウインブルドン本戦に、日本女子はシングルス5名、ダブルスでも全豪ベスト4の穂積絵莉/加藤未唯や青山修子ら、多くの選手が参戦する。そのように日本女子テニスが厚みを増すなかで、土居は今年3月に「土居・奈良(くるみ)で話題を作っていきたい」と宣言した。同期のライバルにして友人でもある奈良とともに活躍したいと公言した、その真意とは?

土居 真意……ですか?(笑)。やっぱり、くるみとはずっと一緒にやってきたので、「ふたりでがんばりたいよね」という思いはあります。

 くるみとはライバルという見方をされるけれど、彼女に対して抱く思いは、ライバル意識……というのとは、また少し違うのかな? 彼女は本当にやるべきことをやり、努力を重ねてきた選手なので、尊敬するし、一緒に世界でがんばりたい。かといって「彼女より上に行きたいからがんばっています」というのではないし、彼女も、私がどうとかは思っていないだろうし……。私は、その関係性がいいと思っています。もちろん刺激は受けます。それはそうです。

―― その奈良さんとは、ジュニア時代にウインブルドンJr.ダブルスで準優勝しました。ウインブルドンの印象や、ジュニア時代の思い出は?

土居 ウインブルドンの印象は……あまりにありきたりですが「聖地」。特別過ぎる場所です。

 ジュニアで初めて来たときは、感動でした。「芝が絨毯(じゅうたん)みたい、ふかふか〜!」ってはしゃいでいて。初めてジュニアのシングルスで勝ったときには、手が震えていたのを覚えています。

―― 初々しいころですね?

土居 そうですね。ダブルスで準優勝したときも、ベスト8の時点でくるみとふたりでメチャメチャ喜んでいました。ジュニアは本戦の2週目開催なので、大人(シニア)のほうではトッププレーヤーしか残っていないじゃないですか? そのなかでやれることの感動がすごくて。「ベスト8ってウチら自慢できない?」とか、「すごいすごい! ベスト4だよ!」って。

 しかも勝つたびに、控室からコートにエスコートしてくれる警備員の数が増えていくんです。選手も試合数も減って、みなさん暇になるから(笑)。最初のうちはひとりだけだった警備員が、ベスト4や決勝に行ったときは20人くらいに囲まれて! あのころは、ただ単にはしゃいでいましたね。

―― その準優勝から10年。どんな10年でしたか?

土居 10年……長いですね。でも早かった。早かったけれど、濃かった。うん……濃かったですね。

 16歳から26歳にかけての”ひと昔”の年月を、彼女は噛みしめるように「濃かった」と言い表す。そんな土居に、取材の最後に自然と「まだまだ、モチベーションは高いですか?」と聞いていた。

「高いですね。うまくなりたい!」

 返ってきたのはストローク同様に、迷いなく切れ味鋭い、まっすぐな言葉。

 彼女にとっての「うまくなる」とは、今取り組んでいるプレーを突き詰め、目指すテニスでの最高になること――。つまりは、見る者を興奮させ、鮮烈なインパクトを残す土居美咲のテニスの、”その先”へと進むことだ。

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