ハッブル望遠鏡が撮影した火星。(写真:NASA, ESA, and The Hubble Heritage Team(STScI/AURA))


 実業家のイーロン・マスク氏が人類の火星移住の必要性を主張し、この10年で火星への飛行が実現する可能性もあると述べている。火星移住計画が現実味を帯びてくれば、「宇宙における農業の確立」が、より現実的な課題となるだろう。

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人類は「複数の惑星の種」に

 民間宇宙開発企業「スペースX」の最高経営責任者でもあるマスク氏は、雑誌『New Space』2017年6月号に「Making Humans a Multi-Planetary Species」(人類を複数の惑星の種にする)という記事を発表した。2016年9月にメキシコで演説した同社の火星移住計画の内容を論文にしたものだ。

「この世の終わりとなる出来事が起きることを歴史は暗示している。そうならぬための方法は、宇宙におよぶ文明と、複数の惑星の種の実現だ」と述べ、移住にふさわしい天体として、超高圧大気の金星でも、太陽に近すぎる水星でも、小さすぎる月でもなく、火星を挙げている。さらに、地球と火星を行き来する輸送システムの計画を示し、「事が極めて順調に行けば、(実現化は)10年以内かもしれない」と述べている。

 一方で、この計画に対して、「いったい食料をどうするのか」と指摘する声も上がっている。マスク氏は現時点で、食料確保の具体的方法を明確には示していない。火星に達することを考えるのが先決であり、食料などの課題の解決策は後からついてくるという考えのようだ。

運べなければ作るしかない

 マスク氏が食料確保の方法を考えているかは分からないが、世界の研究者たちは、火星以遠の天体に人類が到達する未来を想定して、食料確保の方法を真剣に考えている。

 研究者たちの共通認識となっているのは、人類が月で活動する場合の食料確保の方法は、火星の場合には通用しがたいということだ。月まで約38万km。宇宙船では3〜4日ほどなので、食料を地球から届けたり、人が地球に帰ったりすることは可能といえる。

 一方、地球と火星の距離は、直近(2016年)の最接近時で約7528万km。さらに困難なことに、地球と火星が最接近するのは約2年に一度のみのため、「ローンチウィンドウ」と呼ばれる宇宙船の打ち上げ最適時期も2年に一度に限られる。マスク氏は論文で、過去には火星まで6カ月はかかるとされていたが、今後は80日で火星到達を目指せるとしている。それでも地球と火星の往還は簡単なことでなく、食料あるいは人間の輸送は月との往還ほど簡単ではないだろう。

 運ぶのが難しければ、作るしかない。火星に到達した人類は、現地で農業を営み、「自給自足」により食料を確保する。これが現実的な選択肢となる。

NASAと大学が水耕栽培ハウスを共同開発

 火星の大気圧は、地球の1%にも満たず、組成についても95%が二酸化炭素であり、地球の環境とは大きく異なる。火星での農業は、地球と似た環境が保てる閉鎖的空間で行われることになるだろう。

 火星での植物栽培として、大きく2つの形式が考えられる。水耕栽培と土壌栽培だ。

 水耕栽培は、土を使わない栽培のこと。養分を溶かした水、それに光を与えるなどして作物を育てる。

 米国航空宇宙局(NASA)は、国際宇宙ステーションを、宇宙での水耕栽培の実験場とする。「ベジー植物成長システム」と呼ばれる装置を搭載し、宇宙飛行士がレタスの試験栽培・試食するなどして、宇宙での水耕栽培のノウハウを培ってきた。

国際宇宙ステーション内の「ベジー植物成長システム」(写真:NASA)


 さらにNASAは2017年4月、アリゾナ大学と共同で進める「月・火星グリーンハウス」プロジェクトの状況を公開した。このハウスは「開拓者たちの深宇宙での作業を持続させるための手段」だという。試作のものは、長さ約5.5m、高さ約2.2mの円筒状。植物栽培のほか、空気活性化、また水やごみ資源のリサイクルなどの機能も兼ね備える。実際に、どんな植物や種、物質を用いるのが火星での栽培に向いているのかは、試験で検討中という。

火星の土「レゴリス」を使って土壌栽培

 一方、土壌栽培は名の通り、土壌を利用する栽培法だ。ただし、火星の地面は砂や岩などの堆積物「レゴリス」で覆われていて、地球の土壌とは異なる。映画『オデッセイ』では、火星に残された主人公が拠点内に土を敷いて、地球から持ってきたバクテリアを加えてジャガイモを育てた。現実でも、レゴリスに手を加えて人間にとっての栄養源を得るための手法が研究されている。

レゴリスに覆われる火星の地面。NASAの火星探査車「スピリット」が2005年11月に撮影。土壌栽培を確立できるか。(写真:NASA/JPL-Caltech/Cornell)


 作物が良好に育つようレゴリスに有機物を加えるのは手法の1つだ。オランダのヴァーヘニンゲン大学の研究チームは、レゴリスを模した土に草や肥料などの有機物を加え、10種類の作物を育てることに成功した。

 いまひとつの課題は、火星のレゴリスにはカドミウムや銅などの人体に有害な重金属が含まれていること。同チームは栽培した作物のうち、エンドウマメ、トマト、ライムギ、ハツカダイコンの4種類では、多量に摂取すると危険な重金属の含有量が、正常範囲内に収まったことを確認したという。

 一方、藻類の有効利用で、火星のレゴリスを土壌化させて、人間の栄養源を得るという手法も考えられている。筑波大学の研究チームは、ラン藻のネンジュモ属の一種を火星の地面に繁茂させて、ほかの食用植物の栽培に適した土壌にしたり、そのラン藻を食用に利用したりする研究をしている。このラン藻は、栄養の乏しい疑似レゴリスで140日を超えて生存したという。また、単位重量あたりのエネルギー含量はコメと同様で豊富だ。土壌化の研究は理論と実験の両面で進められている。

無駄になるものを出さずに物質循環

 火星における資源利用では、無駄になるものを可能な限り出さずに物質を循環させることが基本的に重要となる。

 例えば、人の排泄物などで疑似海水を作り、カリウムなどのミネラルが豊富な海藻を育てて食材や堆肥として利用し、さらに海藻から作られたナトリウムを濃縮して塩までも得る、といったモデルが考えられている。極限環境である宇宙を舞台にした農業は「究極の技術」とも言われている。

 宇宙における農業の研究は、これまで地球における効率的な農業に応用できるという文脈で語られることも多かった。だが、宇宙農業の確立を目指してきた研究者たちの多くは、「いつか人類が火星に行くときのために」と研究を続けてきたはずだ。

 マスク氏が描くように、人類が火星に首尾よく到達できたとしても、生きるためのエネルギー供給源を確保できなければ、長く生存することはできない。この分野の研究が実用化のステージに進む日は、そう遠くないのかもしれない。

筆者:漆原 次郎