【欧州の新潮流】ブンデスリーガが携わる中国政府の壮大な国家プロジェクトとは?

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 2016年11月、中国とドイツがサッカーにおけるパートナーシップを締結した。調印式には中国の副総理である劉延東氏とドイツのアンゲラ・メルケル首相も立ち会い、国家レベルでの提携が動き出した。

 協定の詳細は明かされていないが、ドイツサッカー連盟(DFB)やドイツフットボールリーグ(DFL)がピッチレベルやリーグ運営レベルのノウハウを提供し、中国国内のサッカーレベル向上と中国代表の強化のために協力する模様だ。その一方で、中国側はドイツからの提案を受けながら出資や市場進出をサポートすることが見込まれている。契約は5年間だが、順調に行けば、延長され続けるという。

 ブンデスリーガの機関誌『ブンデスリーガマガジン』2017年第5版によれば、このアイデアの発端は2013年に習近平が国家主席に就任したことだった。元々サッカー好きの習近平主席は、中国をサッカー大国にすること、そしてワールドカップを開催することを夢見ている。その野望達成のために、6万のサッカーコートを新築し、5万校の学校でサッカーを授業に導入し、5000万人をサッカー選手にするという、壮大な国家プロジェクトを立ち上げた。

 この一連の流れに反応して、広大なマーケットを持つ中国へいち早く参入したイングランドやスペインのビッグクラブに対し、ブンデスリーガは遅れを取っていた。バイエルンのカール・ハインツ・ルンメニゲ会長は、今年3月にクラブの中国支部を開設した際に「私たちは他国のトップリーグと別の道を選びたい」とコメントしている。「よりシンパシーを得ながら、持続的な活動をしたい。それに加えて、バイエルンから影響を受けることで、中国サッカーにとっても利益が得られるようになればと思っている」。

 この「別の道」こそ、国家レベルの協定締結であり、中国の国家的なサッカー育成プロジェクトへの参画だった。すでに人気を集めていた他国のビッグクラブが、マーケティング以上の関係を築くまでには至っていなかったところに目を付けたのだ。DFLのラインハルト・ラウバル会長は、サッカー面だけでなく、政治のトップ間での提携の意義を強調する。「(サッカーについて国家間で政治的に提携することは)今までどこの国でも行われたことのない試みだ。まだ実践するには詳細を詰める必要があるが、政治界からの追い風を受けられれば、とても速く、とても多くのことが進展するだろう」。

 国家プロジェクトとしてサッカー大国化の野望を抱く中国政府にとって、2014年ブラジル・ワールドカップに優勝したドイツとの協定は、タイミング的にも納得できるものだったに違いない。ドイツ政府にとっても、中国は人権や環境問題などで政治的には同意はできない部分も多いとはいえ、経済的には無視できる相手ではない。サッカーや教育を「外交的なオプション」として関係を維持できるのなら、喜んでプロジェクトをサポートするだろう。「中国サッカー協会の言葉を借りれば、2000年の大失態(ユーロのグループリーグ敗退)後、再び世界王者に上り詰めたDFBおよびDFLの成功はお手本になっている」。全方向に対して、Win−Winの関係を築いたDFLのクリスチャン・ザイフェルトCEO(最高経営責任者)は昨年12月のドイツ紙『シュポルト・ビルト』でそう語った。

 この流れを受けて、2017年3月にはバイエルンが上海に、ヴォルフスブルクが北京に支社オフィスを開設した。中国国内のマーケティングと育成部門の統括が彼らの任務だ。両クラブの国際部門の担当者は「長期的で持続的な業務提携」と口を揃える。バイエルンの上海オフィスには6人のスタッフが常駐するほかに、4人の編集部員がクラブの中国国内メディア担当として情報を配信している。青島市にあるバイエルンのサッカースクールでは、180人の体育教師がすでにバイエルンの育成部門のカリキュラムを基にコーチングの指導コースを修了しているという。さらに政府主導による企業誘致のインフラ整備と急速な経済発展が進められている深セン市に、全寮制エリートスクールの建設を進めている模様だ。マーケティングの一環としてスクールを開設し、長期的にファンを増やそうという試み自体は目新しいものではない。しかし、DFLのラウバル会長の言葉通り、中国政府がサポートに付けば、規模もスピードも変わっている。

 デジタルメディアの領域では、約5億人のサッカーファンがいるという中国において、すでにブンデスリーガが他の欧州リーグを抑えて最も人気を集めている。最近の調査によれば、豊富なコンテンツを提供していることがその理由だという。中国は政府によって認められたSNSツールしか使用できず、FacebookやTwitterの代わりに、WeiboやWeChatが主流だが、最も活発に動いてフォロワーを獲得しているがブンデスリーガだ。DFLは20年以上にわたって中国国営放送局に放映権を譲渡していたが、SNSやアプリなどのコンテンツの充実によって視聴率も上がっている。政府レベルのアドバイスを受けながら、ヨーロッパ主要リーグで唯一中国国内向けの公式サイトを開設するなど、ローカライゼーションを徹底させている。

 中国で人気を集めるブンデスリーガは、政府とコネクションを得たことで将来的に投資される可能性が高くなった。実際に中国の投資家が徐々に視線を向けている。4月にはイタリアのインテルを買収した蘇寧電器がDFLとマーチャンダイジングおよびマーケティングの戦略パ−トナーとして、5年で2億5000万ユーロの契約を締結。本来ならローカライジングのためにDFLが資金を捻出してもおかしくないところを、日本円で約310億円もの収入に変えてしまっている。マーケットに対して最も発言力や影響力がある政府に目をつけ、直接パートナーシップを結ばせたDFLのしたたかさは見事と言うしかない。逆に、それでも元が取れるほど、中国側もブンデスリーガの将来性に魅力を見出しているのだろう。何よりもワールドカップ開催やアジアのトップレベル入りを目指すこの長期プロジェクトに中国政府が本腰を入れている意味は大きい。

 サッカー大国化を目指す上で最も重要な分野は、自国選手の育成だ。今年1月から中国政府はクラブに対して高額な外国人選手獲得の制限に動き出した。この規制にはサッカー界を賑わせている“爆買い”に歯止めをかけ、「国内の資本が他国に投資されるのではなく、国内選手のレベルアップに投資されるべきだ」という政府の意向が伺える。世界王者ドイツとの提携も、自国選手を育成して中国代表を強化したい思惑があるからだ。習近平主席の夢の実現に本腰を入れる中国が、ワールドカップを開催し、大躍進する時がくるだろうか? 中国代表監督を務めたことがあるクラウス・シュラップナー氏は「中国は日本や韓国に並ぶポテンシャルはある」と言う。

 とはいえ、すでにブンデスリーガで活躍する選手を「輸出」している日本サッカーはまだ中国の先を行っている。欧州リーグがそうしているように、この「時間的な優位」を活かし切る必要がある。すでにJリーグも東南アジア諸国では海外マーケティングに動き始めている。それに加えて、韓国や中国のようなマーケットが身近にあるのなら、それを活かさない手はない。

 DFLが示しているように、ビジネスの世界は総力戦だ。その際には、好悪の感情を抜きにして「敵を作らない」戦略も必要になるはず。ドイツが今回、“別の道”として強調している「シンパシーを得ながらの持続的な関係」を徹底したローカライジングと定義するのなら、グローバル企業が存在する日本のJリーグにもそれを可能にできるだけのノウハウは持ち得るはずだ。そのためには、サッカーという極めてニュートラルな人気「商品」を使って各国の市場にスポンサー企業を根付かせる、という発想で動く必要があるだろう。バイエルン州首相のホルスト・ゼーホーファー氏が言うようにサッカークラブは「重要な輸出品」だ。サポーターも含めて、クラブ(のイメージや持っている資産)がそのまま「輸出品」であるという自覚を持てれば、Jリーグの海外での事業展開も加速していくはずだろう。

文=鈴木達朗