「習お父さん」「可愛(かわいい)!」――習氏の大衆人気

 二〇一五年九月三日、北京の天安門で行われた抗日戦争勝利七十周年記念の軍事パレードは最新鋭兵器が多数初公開され、周辺国に対して軍事的脅威を煽る結果となった。天安門の楼上でこぶしを振り上げる習近平中央軍事委員会主席を見て、多くの日本人は強権を振るう独裁者のイメージを強めたに違いない。

 私はあの時、北京市内のホテルのラウンジで中国中央テレビ(CCTV)の実況中継を見ていた。オープンカーの習氏が長安街に整列する兵士を観閲するシーンで、ラウンジに居合わせた二十代半ばの中国人女性が「可愛(クアイ)(かわいい)!」と叫んだ。何事かと聞くと、彼女は携帯のチャットアプリ・微信(ウェイシン)で友人から送られてきた画像を見せた。「くまのプーさん」を模したクマがおもちゃの車に乗っている写真だった。習氏をプーさんに見立てているのだ。

 いかめしい表情の軍最高指導者と私的なチャットで流れる親しみやすいイメージとの落差はちぐはぐな印象があるが、権力の源泉が軍(ハード)と世論(ソフト)にあることを思えば納得がいく。

 軍事パレードの三日後、北京の目抜き通り・王府井(ワンフーチン)で露店の土産店をのぞいた。その半年前、習氏の写真をプリントした絵皿が一枚、毛沢東グッズと一緒に並んでいるのを見つけたが、今回は彭麗媛夫人とのツーショットも含め十枚近くに増えている。狭い店舗にしては破格のスペースだ。興味深げに眺めていると女性店主が、

「人気の習大大(シーダーダー)だ! よく売れているよ!」

 と声をかけてきた。「習大大」はネットで広まった習氏の愛称だ。郷里の陝西省方言で「習お父さん」といった親しみがこめられている。「プーさん」に通ずるイメージだ。

 トウ小平、江沢民、胡錦濤ら過去の指導者をしのぐ習近平グッズ現象は、習氏の大衆人気を物語る。彭夫人は人民解放軍の歌手で、旧正月の春節に放映される人気歌番組の常連だった。日本で言えば、美空ひばりや島倉千代子といった演歌のスターだ。ファーストレディーの存在も習氏と庶民との距離を近づけるのに一役買っている。


中国国民にとって「可愛(かわいい)!」らしい「習お父さん」こと習近平 ©getty

単純な“パフォーマンス”で“農民層”を掴む――“毛沢東レベル”に近づく習近平の“承認度”

 共産党による一党独裁国家に政権の支持率を計る世論調査は存在しないが、「言論・思想統制下における承認度」を推計してみる。文化大革命で全国民を洗脳した毛沢東の最盛期は間違いなく九九%だが、行き過ぎた個人崇拝で国民を災難に巻き込んだ。死後、「功績が七分、過ちは三分」と歴史的な評価が下されたことを踏まえれば、晩年は七〇%に落ち込んだ。習氏はそのレベルに近づいていると見てよい。

 その理由を説明するには、習氏が政権を引き継いだ二〇一二年十一月の状況を振り返る必要がある。トウ小平を“総設計師”として進められた改革・開放政策は、GDPで中国を世界第二の経済大国に押し上げる一方、社会に拝金主義を蔓延させ、権力を握った者が富を支配する現象を生んだ。党・政府の腐敗、道徳の荒廃、貧富格差の拡大など危機的な社会問題が噴出したが、歴代政権は有効な対応ができず、庶民の不満は高まるばかりだった。

 総書記に就任するまで低姿勢を貫いた習氏の手腕は未知数で、評価は半々だった。だが習氏は就任直後、バラバラになった国民をまとめるためのスローガン「中国の夢」を語り、こぶしを振り上げるパフォーマンスを見せた。侵略を受け半植民地となったかつての大国が力を取り戻し、偉大なる中華民族が復興を遂げるとの物語だ。習氏はこう訴えた。

「我々は歴史上、いかなる時期よりも中華民族の偉大な復興の目標に近づいている。歴史上、いかなる時期よりも自信を持ち、目標を実現させる能力もある」

 過去の難解な社会主義理論の標語とは全く異なり、子供でも分かる言葉だ。インテリは白けたが、多数を占める素朴な農民は胸を躍らせた。外国人が中国を見るときに注意しなければならないのは、自分がどう思うかではなく、まず中国人がどう思っているかを肌で感じることだ。中でも多数を占める農民の目線を理解できなければ中国は分からない。

有力者を次々に摘発――“有言実行ぶり”に庶民は“畏敬の念”

 スローガンだけで社会は変わらない。目に見える刀が前例のない規模の腐敗撲滅運動だった。トカゲの尻尾切りに過ぎなかった過去の摘発とは決別し、「ハエも虎も分け隔てなくたたく」とこれまた分かりやすい口上で決意を表明した。

 多くの国民は半信半疑だったが、習氏は有言実行した。ハイライトは、政権の要である公安・安全部門を牛耳り、莫大な石油業界の利権を支配した元党中央政治局常務委員の周永康・前党中央政法委員会書記を収賄、職権乱用、国家機密漏洩罪で無期懲役に追い込んだことだ。最高指導部の常務委員経験者は「法に問われない」とする不文律があったが、習氏の腕力はこれを打破した。悪者退治はいつの時代でも大衆受けする。悪者が大物であればあるほどその効果も絶大である。

 まさかと思ったが、人民解放軍の元制服組トップ二人、徐才厚、郭伯雄元中央軍事委員会副主席も摘発した。一時は周永康氏らによる習近平暗殺計画が発覚するほど緊迫したが、習氏は軍を掌握し政治クーデターのリスクを回避した。伝統的に強い指導者を好む中国の一般庶民は、集権化を進める習氏に畏敬の念を持ち始めた。東シナ海や南シナ海での強硬な主権主張は、強い指導者の演出も計算に入れている。

農民の支持を取り戻す“原点回帰”

「畏敬」や「畏怖」といったハードの力だけでは多様化する現代社会で根強い支持は得られない。習氏は各地で庶民と直接接触し、親しみやすいイメージを作るソフト戦略を重視した。

 二〇一五年の春節前には陝西省北部の寒村、延川県梁家河村を訪れた。習氏が文化大革命期、都市の学生に肉体労働を経験させる下放政策で七年間、農耕生活を送った土地だ。山腹に幅二メートル、高さ三メートルの横穴を掘った「窯洞(ヤオトン)」と呼ばれる横穴式住居で農民と共に暮らした経験があるだけに、農民との接し方は十分身についている。

 習氏は歓迎に集まった二百六十人の村民を前にハンドマイクを握り、「みんなに会えてとても親しみを感じる。一九六九年一月、私は人生の第一歩を踏み出すためこの梁家河にやって来た」と話しかけた。当時の知り合いは七人に減っていたが、彼らと手を取り合いながらごく自然に昔話をする様子がテレビで流れた。夫人を帯同し、「これは妻の彭麗媛です」と地元方言で紹介もし、飾らない姿を印象付けた。

 中国共産党は地主に虐げられた貧しい農民を組織することで、都市に拠点を持つ国民党を打破した。ところが建国後、党は既得権益集団と化し、大衆から遊離した。今や最も弱く、苦しい生活を強いられているのが農民である。農地は汚染され、都市への出稼ぎ農民は劣悪な生活状態に置かれている。習氏の農村視察は、党の基盤である農民の支持を取り戻す原点回帰の意味が含まれている。

「総書記と同じ肉まんが食べたい」客が殺到

 インターネットでのPRにも力を入れている。よく知られているのは、「肉まんを食べる総書記」の動画だ。習氏は二〇一三年十二月二十八日正午、側近を伴い北京市内にある老舗肉まんチェーン店「慶豊包子舗」の月壇店を訪れた。ミニブログ・微博(ウェイボー)を通じて広まった映像には、側近のほか護衛と思われる長身の男性が一人そばに寄り添うだけの警備だった。習氏はカウンターの列に加わって雑談をした後、豚ネギ肉まんとレバー炒め、からし菜を注文し、ポケットから代金二十一元(約四百円)を取り出して支払った。プレートを受け取ると席まで運び、一般客と一緒に食べる様子が一部始終、動画で流れた。

 民情視察パフォーマンスは官製新聞やテレビの記者を同行するのが通例だが、メディアはネット上で転載される動画を引用して一斉に後追いをする形となった。権力者の作為を感じさせず、自然に伝わるよう練られた宣伝だ。中国誌『南都週刊』(二〇一四年一月四日)の取材によると、習氏らの一行は日産のワゴン車「CIVILIAN」で乗り付け、約二十分、頼んだ料理を残さず食べて立ち去った。付近も車両規制や通行規制は敷かれなかったというのも異例のことだ。

 宣伝の効果があって同店には総書記セットのメニューが登場し、各地からの観光客が殺到した。私は一か月後、同店を訪れたが、なんの変哲もない肉まんを食べるのに、一時間の行列を作っている光景は驚きだった。並んでいる人たちは「総書記と同じものが食べたい」とお構いなしだった。他の国では想像できない現象かも知れないが、これが現実である。

 ネットでは習氏を含めた指導者をキャラクター化したアニメ動画も登場している。二〇一五年二月の春節前にはネットで、党が大衆を重視し、腐敗撲滅に努めているとする政治宣伝のアニメ動画三本が流され、中でも習氏のキャラクターが金棒を持って虎を殴りつけるシーンが話題を呼んだ。言うまでもなく、「ハエも虎もたたく」反腐敗を虎退治に例えたものだ。

 だが習近平政権下では、自身のPRに余念がない一方で、党内世論だけでなく、メディアやネットでの規制強化、人権派弁護士の弾圧など強権的な手法が目立つ。

 習氏の父親・習仲勲は農民の出身で、文化大革命期を含む十六年間、政治的迫害を受けながら自らは政治闘争とは一線を画した。その高潔な生き方が多くの党員に親しまれ、民主改革派知識人にも支持者が多い。習近平氏は父親の人脈や遺徳を背景に、革命世代の二代目「紅二代」として広範な支持を得ている。

 習仲勲は苦い政争の経験から「異なる意見を保護する法」の構想を抱いていた。個人に権力が集中し、多様な意見が反映されないことが不幸を生む悲惨が二度と起きないよう願ったものだ。

 習近平氏が父親の教えをまだ覚えているのかどうか。現段階では悲観的にならざるを得ない。

出典:文藝春秋2016年2月号

著者:加藤隆則(ジャーナリスト)

(加藤 隆則)