ジャネット・イエレンFRB議長(撮影:AP/アフロ)

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 FRB(米連邦準備制度理事会)が、バランスシートに計上してきた資産の縮小を進めようとしている。6月13日、14日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)で、0.25ポイントの利上げに加え保、有資産の削減開始から1年間のバランスシート縮小のペースが公表された。それに基づくと、開始から1年後には、一月当たり500億ドルのペースで資産が削減される予定だ。

 主要国の中央銀行が、明確な数値を示して先々の金融政策の内容を具体的に示したケースは稀有といえる。ある意味、FRBは急いでバランスシートの縮小を進めようとしているようにも読み取れる。

 それでも、6月14日以降、世界の金融市場には大きな変化が現れていない。5月のFOMC議事要旨でバランスシート縮小開始を“年後半”とする記述が修正された。これを受けて、大方の投資家にとって、今回のFOMCの内容は想定の範囲内だったのかもしれない。

 ただ問題は、足許の市場の落ち着きが続くか否かだ。先行きを考えたとき、不安材料となりうる要因は散見される。米国の景気回復のペースが徐々に鈍化しつつある可能性も高まっていると考えられる。多くの投資家が先行きを楽観していると考えられるだけに、米国の金融政策がどのように運営されていくかは注意深く考える必要がある。

●FRBがバランスシート縮小方針を示した理由
 
 今回のFOMCで最も重要なポイントは、FRBがバランスシートの縮小に関する踏み込んだ方針を示したことだ。記者会見の場でイエレン議長は、バランスシートの縮小は比較的早期に着手する可能性があると述べた。そうすることで、FRBは金融市場や景気の過熱を防ごうとしている。

 FRBは、足許のインフレの低下は一時的なものとしており、おおむね景気は緩やかな回復ペースを維持していると判断している。特に、FRBは労働市場の改善を評価している。雇用の増加が続けば、徐々に賃金も増加すると考えられる。賃金が増えれば、家計の可処分所得も増加するだろう。このようにして雇用の改善が消費を増加させ、物価は目標とする2%の水準にまで緩やかに上昇するというのがFRBの見通しだ。

 米国の株式市場では、ナスダック総合指数をはじめ主要な株価指数が史上最高値を更新してきた。この背景には、IT技術への期待もさることながら、米国経済の状態と比較した場合にFRBの金融政策がいまだ緩和的と考えられることも影響していると考えられる。

 リーマンショック前、0.8兆ドル程度だったFRBのバランスシートは、三度にわたる量的緩和策(QE)の実施により4.4兆ドル程度にまで膨張した。現時点で、償還された国債などは再投資され、利上げが進むなかにあっても金利の上昇を抑制する措置が取られている。
 
 すでに専門家のなかには米国の株式市場でバブルが発生していると指摘するものが多い。そのなかで、FRBが償還された債券の再投資を段階的に削減し、バランスシートの縮小を進めれば、金利には上昇圧力がかかりやすくなるだろう。投資家の資金調達コストは増えるはずだ。それによって、理論的には株式などのリスク資産への資金流入を抑え、金融市場と景気の安定性を高めることができると考えられる。

●伸び悩みつつある米国経済

 一方、年初以降に発表されてきた経済指標をみると、米国経済の先行きに関する不透明感は少しずつ高まりつつあるようだ。徐々に緩やかな景気回復のペースが鈍化していく可能性は高まっているのではないか。

 軽視できないのが、年初から5カ月続けて米国の新車販売台数が前年同月比で減少していることだ。大手メーカー各社は値引きを行っているものの、需要を喚起できていない。2009年後半以降、米国の自動車市場は回復し、15年には1747万台、16年は1755万台の販売台数を記録した。自動車は耐久消費財の代表である。この販売が伸び悩んでいることは、高額のモノを中心に、米国の需要回復が一巡しつつあることを示しているのではないか。

 この見方が正しいとすれば、雇用の改善が賃金の増加につながったとしても、それが需要を刺激し物価が上昇するとは限らない。足許では、住宅着工件数の減少など、住宅市場の回復にも息切れ感が出始めている。トランプ氏の大統領当選後、先行きへの楽観論の台頭によって押し上げられてきた消費者のマインド指数などを見ても、今後の景気に対する強気な見方は徐々にしぼみつつある。

 米国の経済は徐々に景気のピークに近づいている可能性がありそうだ。すぐに景気が減速する展開は想定しづらい。同時に景気が現在の回復ペースを維持し続けるとも考えづらい。

 このなかで、多くの投資家はリスクに対して鈍感になっている。北朝鮮問題や米国の政治への不安などに対しても、投資家は“無視”を決め込んでいるかのようだ。それが、市場の落ち着きを支え、株価の上昇トレンドをサポートしていると考えられる。少なくとも、景気全般が安定し投資家のリスクテイクが支えられている状況とは異なる部分が、今の金融市場にはある。

●金融政策の正常化は市場を混乱させないか
 
 問題は、FRBがより詳細なバランスシートの縮小に関する計画を提示したとき、金融市場の安定が維持されるか否かだ。早ければ7月のFOMCにてFRBはバランスシートの縮小に関する、一段と踏み込んだ方針や計画を公表するだろう。その上で、9月に資産削減の開始が決定される可能性がある。

 保有資産の削減は将来の金融緩和の余地を確保するためには避けて通れない。6月のFOMCの内容からは、ある意味でFRBがそれを急いで進めようとしていることが読み取れる。
 
 その時々の景気の状況にもよるが、基本的にはバランスシート縮小が開始される可能性が高まれば、米国の金利には上昇圧力がかかるだろう。それに景気が耐えられるかが焦点だ。国債利回りの上昇は、オートローンや住宅ローンの金利上昇にもつながるだろう。

 これまでの景気動向を振り返ると、雇用は増えたが、米国の賃金は増加していない。家計の可処分所得が増えづらい状況の中で金利が上昇し始めると、消費は抑制されるだろう。この展開を防ぐためには、米国の政府がIT技術などの研究開発をサポートし、社会全体でのイノベーションを促進することが必要だ。ただ、トランプ政権がそうした政策を進めるとは期待しづらい。

 また、米国内外の金融市場では、株式などの金融資産の価格変動率が低下し、相場がこう着している。この結果、投資資金はより高い利得を求めて新興国にも流入している。米国の金利に上昇圧力がかかれば、世界の投資資金はドル買いに向かうだろう。それは新興国の株高、通貨高の逆回転につながり、世界的なリスクオフを引き起こすかもしれない。

 このように、バランスシート縮小に向けた議論の進行は、市場参加者の楽観を揺さぶりかねない。結果的に、景気が軟化するなかで、FRBはバランスシートの縮小を進めることになるおそれもある。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)