海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」(写真:防衛省)


 南シナ海、そしてインド洋方面に長期にわたって展開中の海上自衛隊のヘリコプター空母「いずも」が、先週、ASEAN諸国の若手将校を乗艦させて南シナ海を航海した。

 中国が一方的に「主権的海域」と主張している九段線内海域へは乗り入れなかったようではあるが、中国による軍事的コントロール態勢が強化されつつある南シナ海情勢を睨んで、日本とASEAN諸国との協力関係を少しでも促進するための努力として大いに評価されるべき軍艦の運用であった。

南シナ海に中国が設定している九段線(太い点線)


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揺れ動くトランプ大統領の対中姿勢

 中国による南シナ海の覇権確保政策に対して、これまでアメリカは軍事的威嚇を含んだ強圧的な対抗策を実施してこなかった。本コラムでも繰り返し触れてきたように、中国に対して融和的であったオバマ政権時代に中国による南シナ海支配態勢は飛躍的に進展し、もはや戦争以外に突き崩すことができない状態に立ち至っている(公に口にされることはないが、国際常識になっていると言ってよい)。

 トランプ大統領は、大統領選挙期間中から政権発足後しばらくの期間は、南シナ海問題を含めて中国に対して強硬な姿勢を示していた。しかし、北朝鮮問題が急浮上したため、習近平政権に対して融和的な姿勢を示さなければならなくなってしまった。マティス国防長官やティラーソン国務長官は、中国の南シナ海での拡張主義的行動に対して警鐘を鳴らしてはいるものの、オバマ政権後期の対中牽制的ポーズと五十歩百歩といったレベルに留まっている。

 ただし中国は、トランプ政権が期待していたような効果的圧力を北朝鮮にかけていない。そのことに対してアメリカ側ではいらだちが募っており、ある程度は中国に対して強硬な立場を取らないと、北朝鮮に対する圧力も反故にされかねないとの懸念も高まってきている。そこで、米国はようやく南シナ海でのFONOP(公海航行自由原則維持のための作戦)を再開し、FONOP以外にも軍艦や偵察機なども派遣するようになったのである。

FONOPしか手がないアメリカ

 しかし、たとえトランプ大統領が再び中国に対して強硬な姿勢を取るようになったとしても、南シナ海(それに東シナ海)を巡ってのアメリカによる対中牽制行動は、現在のレベルから飛躍的に強硬になることは考えにくい。

 なぜならば、アメリカには「第三国間の領有権紛争には直接関与しない」という外交原則が伝統的に存在しているからだ。

 そのため、これまで実施された南シナ海でのFONOPも、対象国が関与している領域紛争に介入したり、領有権の主張を真っ向から否定することは決してない。あくまでも「国際海洋法の重要な原則の1つである『公海での航行自由原則』を侵害している(あるいは脅かす恐れがある)国家に対して、航行自由原則を尊重させる」ために軍艦や軍用機を派遣して示威活動を行っているのである。

 実際に南シナ海でのFONOPでは、中国が人工島化したり武装を固めつつある島嶼環礁の周辺海域に軍艦を派遣してはいるものの、それらの海域での中国、フィリピン、ベトナムなどによる領域紛争に関して触れることはない。

外交方針を転換しても効果は見込めない

 今後、もしもトランプ政権がアメリカ外交の伝統を打ち破って、「アメリカの国益を守るために第三国間の領域紛争にも関与する」という立場へ方針転換するならば、中国が建設した7つの人工島などでの中国領有権を否定することができるようになる。

 しかし、南沙諸島は中国とフィリピン、あるいは中国とベトナムといったように2カ国間での領有権紛争ではない。いずれの島嶼環礁も、中国、フィリピン、ベトナム、マレーシア、台湾、そしてブルネイによる多国間で領有権紛争が続いているため、アメリカが中国の領有権を認めないといっても紛争が収束するわけではない。

 さらに、南沙諸島に軍事拠点を築いているのは中国だけではなく、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシアも拠点を確保している(規模の大小は様々であり、いずれも中国の足下にもおよばないが)。したがって、アメリカが南沙諸島での中国だけの領有権を否定するということは、国際法的には全く説明がつかない対中国挑発行動に過ぎなくなる。

 このように、アメリカが中国に対して融和的姿勢を取るにせよ、強硬姿勢を取るにせよ、中国の南シナ海政策に対して取り得る牽制行動は、結局のところこれまでどおりにFONOPの域を出ないということになってしまうのだ。

海自の予算増加は必然

 かねてよりアメリカ政府は、南シナ海でのFONOPに、日本の海上自衛隊やオーストラリア海軍などを参加させたい意向を表明してきた。

 しかし、すでに中国が南沙諸島に7つもの人工島を建設してしまい、それらの人工島や西沙諸島などでの防衛態勢を強化しつつある状況では、アメリカ海軍によるFONOPの効果はゼロに等しい。ただ単に「アメリカは南シナ海問題に関心を持っている」というポーズを示しているだけの状態と言っても過言ではない。

 そのような効果が見込めないFONOPに海上自衛隊艦艇を参加させるのは、日本国民の血税の無駄使いにもなりかねない。

 とはいえ、南シナ海はアメリカ以上に日本にとって「生命線」とも言える重要な海上航路帯が横たわっている海域だ。中国の横暴に対して、アメリカだけに牽制行動を任せておくわけにはいかないのは当然である。

 そこで、今回の「いずも」の“ASEAN取り込み作戦”が大きな意味を持つ。日本の外交的協力関係を南シナ海周辺諸国へ拡大強化していくこうした努力は、効果がほとんど見込めないFONOPへの参加よりも、はるかに賢い軍艦の運用法であると言えよう。

「いずも」と同行した護衛艦「さざなみ」(写真:防衛省)


 ただし、このように軍艦を南シナ海など外洋に派遣するには、当然のことながら燃料をはじめとして莫大な費用がかかる。

 日本の国民経済にとって生命線ともいえる南シナ海での日本の国益を維持するためには、今後ますます海上自衛隊艦艇や航空機を南シナ海やインド洋などに展開させる機会が増加するのは必至だ。そのためには、国防費(とりわけ海上自衛隊)を飛躍的に増加させなければ、日本周辺警備や基本的訓練などに関連する費用などを削減せざるを得なくなり、自衛隊自身が弱体化してしまうという本末転倒の結果となりかねない。

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筆者:北村 淳